第55話 釘を刺すギャル
「へえ、面白い組み合わせだね」
俺と陽山さんを見たハラグロはそう口に出した。
ハラグロがわざわざ強くもない怪異を呼び出した理由は、魔法少女達を全員同じ場所に誘い込むためだったのだろう。
「他のみんなはどこにいるの?」
「それは僕にも分からないよ」
「お前は俺達に何をしたいんだ?」
「僕としては君達に僕の邪魔をしてほしくないだけだよ」
「勝手なことを言うなよ」
「でも安心してね、そこのドアから外に出られるよ」
ハラグロが視線を向けた先には、確かにドアが一つある。ドアノブがついたごく普通のドア。
「そんなの信じられるわけないじゃん」
「疑り深いなぁ。それなら開けて確かめてみればいいよ」
俺は陽山さんにハラグロを監視するよう伝えてからドアを開けた。
ドアの向こうには確かに俺達がさっきまで居た駅が見える。結界もそのままだ。この空間の異様な空気感と比べると、本物で間違いない。
「ね、本当だっただろう?」
だとするとハラグロの目的が分からない。自分から出口を教えるなんて、そんな意味の無いことをするだろうか?
「それじゃ僕はこれで失礼するよ。それとそのドアはあと五分で消えるから早く出たほうがいいよ」
ハラグロはそう言うと、スーッと姿を消した。
「何あれ? 結局ハラグロは私達をどうしたいんだろうね」
「それは分からないが、とにかくそのドアから外に出られるというのは本当だ」
「そうなんだね」
そして会話終了。少しの間お互い無言になる。
「どうした? 早く出るんだ。あと五分で消えるらしいからな」
「他のみんなが見つかってないのに私だけ帰れるわけないじゃん!」
「それは俺に任せておくといい。もしかしたら帰れる機会はもう二度と無いかもしれない。だからお前だけでも先に帰っていてくれ」
「あのねぇ! 私はみんなを残して帰るくらいならずっとここにいるから! そして見つかるまでみんなを探すの!」
いつも優しい陽山さんが本気で怒っている。だけどそれは優しい怒り。決して負の感情なんかじゃない。
そしてそんなやり取りをしているうちに五分が経ったのだろう。目の前にあったドアが本当に消えた。
「さあ、みんなを探しに行くよ! それと私の名前は小夏だから!」
(陽山さんも俺を『あんた』って呼んでるんだけどね……)
興奮スイッチが入ったのか陽山さんは俺の手をつかんで、少し強引に前へと進む。変身してても陽山さんにリードされる俺って……。
陽山さんと手を繋いだまま駆け足で先へと進んでいると、陽山さんが真剣な様子で俺に声をかける。
「ねぇ、若葉のことどう思ってる?」
唐突に緑川さんの名前が出てきて、俺は少し戸惑ってしまった。だけどそんな素ぶりは見せずに答える。
「緑の少女のことか? そうだな、素直でいいと思うぞ」
俺はそこまでにとどめた。だってあくまで今の俺は『ナイト』なんだから。
「そっか。悪く思ってないならよかった。若葉は本当にいい子だからね」
陽山さんの手から緑川さんを思う温かな気持ちが伝わってきそうなほど、それは優しい声だった。
「なぜ俺にそんな話を?」
「んー、どうしてかなー? なんか聞いておきたくなったんだよ。二人きりだしね」
「そうか」
でも俺は知っている。陽山さんが魔法少女になった理由は自分の病気を治すため。
今の元気な姿からは想像できないけど、入退院を繰り返していた。やがて次第に病状が悪化していく。そこへハラグロがやってきたんだ。
そして陽山さんは願った。「病気を治してください」と。それは家族に心配をかけたくないという思い。それと緑川さんのためだ。
緑川さんは控えめな性格ゆえに、周りからの扱いが良くないこともあった。俺もそのツラさは痛いほど分かる。
陽山さんと緑川さんは幼馴染で、緑川さんがツラい思いをする度に陽山さんが元気づけていた。
陽山さんはもし自分に何かあった時のことを思うと、緑川さんが心配だったのだろう。だから自分がいなくなるわけにはいかない。
陽山さんもまた他の三人と同じく、他の人のことを案じて魔法少女になったんだ。
「そういえばさっき駅で俺に何か言いかけていたな?」
「あー、あれね。ちょっと思うことがあってね。それよりも、若葉を泣かせたらダメだからね」
「俺はこう見えても女の子と優しく接しようと思ってるんだ」
「フフッ、そんなことを考えてるんだね。いい? 絶対だからね! 絶対に若葉を大切にしてあげてね。もし泣かせたら……!」
最後の部分だけ、とんでもない圧だ。
(え? 怖っ……。ギャル怖っ……)
「なんてね、冗談だよ。友達になってあげてねってこと」
そんな会話をしながらも、俺達はしっかりと前に進んでいた。
永遠に続くとも思える闇の中を進んで行くと、またもや小さな光が見えた。
さらに進むうちに、その光がさっきのドアだということが分かった。そして今度は近くに人の姿も見える。
そこには三人の魔法少女が立っている。桜野さん、蒼月さん、緑川さん。
その三人を見て、俺は大きな安心感に包まれた。
「よかった、みんな無事みたいだね! それじゃみんなのところに行こっか、一条君!」