第50話 嬉しくなる
なんだかとても長い時間を過ごした気がする。ドラゴン怪異との戦い、ハラグロとの遭遇、闇堕ちの危機。
つい忘れそうになってしまうけど、水着回なんだぜ、これ。
時刻は夕方。あの後は解散して、全員が変身してない状態で合流。そして今から帰るところだ。
「いやぁー、今日は楽しかったねぇー! 桜野ちゃん、誘ってくれてありがとね!」
「いえいえ、来てくれてありがとうございます! 若葉ちゃんもありがとう!」
「こちらこそです。私も桃華さんや氷奈さんと一緒に居て楽しいです!」
「今度は私の家で泊まりで女子会なんてどうかしら? 桃華はよく私の家に来てるけど、せっかくの夏休みだし、ぜひ陽山さんと緑川さんにも来てもらいたいわ」
「いいね、蒼月ちゃんの家かぁー! 久しぶりだなぁー!」
「お邪魔でなければ、ぜひお願いします」
今度は蒼月さんの家でパジャマパーティーかぁ。参加はできなくていいから、ただただ近くで見ていたい。
どこかから「こいつはやべぇ奴だ」なんて声が聞こえてきそうだけど、パジャマ美少女達のてぇてぇ光景をそっと見守りたいという願望は、むしろ高二男子として健全であるともいえる。
それが魔法少女であるなら尚更だ。異論? もちろん認めます。あ、それと当然俺は誘われませんでした。「もしかして俺も……?」なんて思ってた自分に左右同時ビンタをお見舞いしてやりたい。
海水浴場の最寄り駅に到着した。ここも大きな駅で、小さな子供が一緒の家族連れや、俺より少し年上くらいの男女グループの姿が多くみられる。おそらく俺達と同じで海からの帰りの人達なんだろう。
そして壁には、夏祭りの開催日時を知らせるポスターが何枚も貼られている。
(夏祭りか……。緑川さんを誘ってみようかな? 夏休みに二人で遊ぶ約束を緑川さんから提案してくれたから)
これは確か脈ありっていうんだっけ? 少なくとも嫌われてはいないはず。もしかしたら、それ以上に思ってくれていると信じてみてもいい……よな?
陽山さん、桜野さん、蒼月さんの三人が先に改札機を通った。続いて緑川さんが改札機に向かう。でもその前に俺に向かって、なんだか緊張した様子で口を開く。
「あの……、今日お話ししたこと、私、楽しみにしていますね」
それが夏休みに二人で出かけるという約束のことを言っているのは、さすがに分かった。
だから俺は、「俺も楽しみにしてるよ」という言葉と共に精一杯の笑顔で返す。
そして俺達も改札機を通り三人と合流した。電車を待つ時間も、魔法少女達がいるからあっという間だ。
むしろ電車来なくていいとすら思う。だってそれはまるでみんなと一緒にいられる時間の終わりを告げているかのようだから。
電車に乗った俺達は空いている席へと向かい腰を下ろす。魔法少女達の間に入って擬似ハーレム王を堪能するという度胸は無かった俺は、一番端に座る。すると緑川さんがごく自然にスッと俺の隣に座った。
誰一人として寝るわけでもなく、ここでも話に花が咲く。海水浴にくわえて怪異とも戦った後だとはとても思えない。
俺は魔法少女達を応援したいと同時に、そんなところを尊敬もしているんだ。
やがて陽山さんと緑川さんが降りる駅に着いた。
「じゃあ三人とも、またねっ!」
「今日は楽しかったです、ありがとうございました」
そう言って電車を降りた二人。再び出発しても二人は窓の向こうで見送ってくれている。
大きく手を振る陽山さんと、控えめに手を振る緑川さん。そういうところでも性格の違いが出るんだなと思った。俺達を見送りたいという気持ちは二人とも同じだろうから、俺はそれが嬉しかったんだ。
そして電車は俺達三人が降りる駅へと到着。人の数はまあまあといったところ。そして改札機を通り駅の外に出ると、綺麗な夕焼けが街を染めていた。
「あーあ、もう終わっちゃったよー」
「そうね、でも随分とあそこで過ごしたという印象もあるわね」
うん、分かる。だって怪異と戦ったんだから。俺に至っては闇堕ち体験までしたからな……。
「じゃあ一条くん、またね」
「私も桃華と同じ帰り道だから一緒に行くわね」
「あ、待って。途中まで俺も一緒に行っていい? ちょっとそっち方面に用があって」
「そうなの? なら一緒に行こっか」
桜野さん達に付いて行くと俺の家までは遠回りになる。
なのでこれは一応、二人を家の近くまで送るという俺としては思い切った行動だ。
二人の家はここからわりと近いらしいし、まだ夜じゃない。それにこの辺りは人通りが多いから、危険は少ないといえるだろう。
でももしも迷惑じゃなければ、俺がそうしたいと思ったんだ。
見慣れた街を三人で歩く。三人でいることに、もうすっかり慣れた。
「それじゃ私達の家、この近くだからここでお別れだね」
「また学校で会いましょう」
「今日は俺まで誘ってくれてありがとう。その、なんというか……嬉しかったよ」
「どういたしまして! そう思ってもらえたなら私も嬉しいよ」
桜野さんはそう言ってくれて、蒼月さんは優しく微笑んでくれる。
そんな二人を見てると、俺もいつの間にか笑顔になっているんだ。