第44話 こんな場所じゃなければいいのに
蒼月さんのフリをしていた怪異が正体を現した。それは人型でドス黒く、顔が無い。きっとそれ故にどんな姿にでもなれるのだろう。
「答えて、氷奈はどこにいるの?」
桜野さんが怪異を問い詰めるけど、答えは返ってこない。
「無駄だ。もはやそいつは話すこともできないだろう」
例え人の姿をしていても怪異は怪異。だから桜野さんが蒼月さんから『あなた』と呼ばれることを不審に思うだなんてこと、夢にも思わなかっただろうな。
人の感情とは本当に複雑で繊細なものだと、改めて認識させられた。
「俺がやる。お前は下がっていろ」
「うん、ナイト君に任せるよ」
意外なことに、桜野さんはそう言うと俺の後ろに隠れるように移動した。
俺は以前、桜野さんに「頼ってもらえないのも案外不安になるものだ」と言ったことがある。あの時は桜野さんを説得するために言ったことだけど、今は俺がそれを実感している。
桜野さんが素直に俺の言葉を聞いてくれたことで、俺を頼ってくれているんだなと思うと嬉しくなったんだ。
怪異との距離は3メートルほど。さっきまで会話をしていたんだから、近距離なのは当然といえる。
俺はまず魔法弾を放った。それが怪異に当たると、その部分がへこんだようになったけど、またすぐ元に戻ってしまう。
すると怪異から手のようなものが生え、俺の首元へと伸びてきた。
「させるかっ!」
俺は少し後ろに下がると同時に、魔法剣で怪異の手首の辺りを斬った。ところが全く手応えが無い。手応えは無いが、怪異の手に該当する部分は消え去っていた。
次は魔法弾を連発してみると、連続して命中した部分に穴が開いた。しかしまたすぐに塞がっていく。
(なるほど、瞬時に再生してるわけだな。だとすると、これならどうだ!)
俺は魔法弾を間髪入れずに連発した。本当は魔力を溜めて一撃で仕留めたいところだけど、こうも距離が近くては魔力を溜める時間は無い。
するとどうだろう、瞬く間に怪異に穴が開いていった。そして残った部分めがけてさらに魔法弾を打ち、魔法弾で蜂の巣にする。
そうしているうちに、怪異は跡形もなく消え去っていた。この怪異はあくまで魔法少女達に姿を変えるためだけの怪異。なので戦闘向きではないのだろう。
「今さらかもしれないけど、ナイト君ってホントに強いんだね」
「なんだ、疑っていたのか? まあさっきの怪異は戦闘向きじゃないから、証明にはならないけどな」
「ううん、そういうわけじゃないよ!」
桜野さんはそう言うと俺の前に立って向き合い、ニコッと笑う。
「ありがとね! 守ってくれて」
「気にするな、使命のようなものだ」
「もう、ダメだなぁー。こういう時は『どういたしまして』って言うんだよ」
俺がさてどう返したものかと考えていると、女の子の声が聞こえてきた。
「桃華っ……!」
横にある通路から姿を見せたのは蒼月さんだった。
「桃華、よかった……。無事だったのね」
「氷奈! よかった、また会えたよ……!」
そう言って二人は駆け寄り、抱き合った。桜野さんを見る限り、本物の蒼月さんで間違いないみたいだな。そしてそのまま会話を続けている。
「あのね、桃華。私、桃華の幻に酷いことを言われたの……」
「うん、私もだよ。氷奈のフリをした怪異に甘いところがあるって言われちゃった」
「私、桃華が甘いなんて一回も思ったことない……! 桃華はいつだって明るくてみんなに優しいことを私は知ってる。それが甘さだなんて、私はそうは思わない」
「ありがとう。私もね、氷奈がいつも冷静にみんなのことを考えていて、優しいことを知ってるよ。だから自分のことを悪く思わないでね」
「桃華……。私はやっぱり桃華が好き」
「うん。私もだよ、氷奈」
女の子同士の友情ってなんだか美しい。男同士だと、きっとこうはならないだろう。
やがて二人は離れると、蒼月さんが俺の前に来て口を開く。
「アドバイスありがとう。おかげで疑心暗鬼にならなかったわ」
「気にしなくていい。お前達がやられるのは俺としても都合が悪いからな」
「もう、違うでしょ? さっき言ったばかりなのになぁー?」
桜野さんに怒られた。やっぱり魔法少女達と一緒にいるのは楽しい。これが怪異との戦いの最中じゃなければいいのに。
「あっ! やっと見つけた……! 桜野ちゃんに蒼月ちゃんにナイト君。みんないるね!」
そしてまた一際明るい声がした。陽山さんが俺達を見つけたんだ。その隣には緑川さんもいる。
これでまた五人がそろった。今度こそドラゴン怪異の好き勝手にはさせない。