第42話 こんな所で二人きり
ドラゴン怪異が吐いた炎のブレスは、緑川さんの防御障壁でかき消された。
アニメでも緑川さんの防御障壁は幾度となく怪異の攻撃を防いでおり、魔法少女達の命を守っていると言っても過言じゃないだろう。
「若葉、ありがとね!」
陽山さんを皮切りに、他の二人も緑川さんにお礼の言葉を伝えた。もちろん俺も。
俺は怪異の様子を観察した。今のところは怪しい動きはないようだ。ならば今のうちにできることはしておく。
「お前達に言っておくことがある」
俺は魔法少女達にそう言った。魔法少女達も怪異を警戒しているため、五人が横一列に並んだ隊形になっており、俺はその真ん中にいる。なので彼女達の表情を見ることはできない。
俺の右隣に陽山さん、さらにその横に緑川さん。そして俺の左隣にはいつの間にか蒼月さんがいて、その横に桜野さん。
「言っておくこと? 遺言ならやめてよね」
「違う。この戦いに関係することだ」
「もしかして何か作戦を思いついたのかな? あの宝石を使わなくても、私だって戦うことはできるからね!」
「作戦とは少し違うかもしれないが、この戦いが終わるまでは絶対に覚えておいてほしいことだ」
俺がそう言った直後、怪異の頭が動いた。そして大きな氷の塊を含んだブレスが俺達めがけて迫り来る。
(くそっ、空気を読め!)
俺は防御障壁を展開しながらも、さっきの続きを話し始める。その間でも強力なアイスブレスの勢いは止まらない。
「いいか、この怪異は今までの怪異とは違う! 見た目や強さはもちろんだが、それよりも一番厄介なのはもっと別のことだ! それはだな——」
俺は魔法少女達に、あることを伝えた。
「マジ!? それホント?」
陽山さんが真っ先に驚きの声をあげた。
「私、それは嫌だな……」
桜野さんは悲しそうな声を出した。
「そう、そんなことが……」
蒼月さんも同じような思いなのだろうか。
「そんなの、ダメ、です……!」
緑川さんの声にはどこか力強さを感じる。
「いいな、さっきのことを忘れないでくれ!」
魔法少女達からの返事を全員分聞いた俺は、攻撃に転じることにした。こいつは今までの怪異とは違って、できるだけ早く倒す必要がある。
さっきは海面を凍らせるなんて言ったけど、確か海水は凍りづらいとどこかで見たような気がするな。それに氷の上に乗るのは危険だ。
だがそれは通常の方法での話。これから使うのは魔法。それはもはや奇跡と呼んでいいような現象だ。
俺は最大出力で氷属性魔法を海に向けて放つ。すると、みるみるうちに氷の地面が出来上がった。例えるなら海全体がスケートリンクになったようなイメージだろうか。
あわよくば怪異も凍らないかなと期待したけど、そんな簡単にはいかないみたいだ。
「これで怪異に近づくことができる。ここからは一気にいくぞ」
俺達は怪異に攻撃が届く範囲まで近づいた。その距離は10メートルほど。桜野さんの魔法弾も届く距離だ。
間近で見る怪異は本当に大きくて、ある程度離れているのに、常に見上げてなければいけないほど。
それから俺は怪異がブレスを吐くタイミングや攻撃できる隙を魔法少女達に教えながら、少しずつ怪異を弱らせていった。
(間に合ってくれ……!)
俺はそう願った。そして視界がフッと白くなったと思ったのも束の間、気がつけば不思議な空間に立っていた。
前に緑川さんと二人で戦ったダンジョン怪異と同じく、レンガを積み重ねたような壁があり、分かれ道があり、その構造はまるで異世界アニメで見るようなダンジョンのようだ。
アニメでもドラゴン怪異との戦いの最中、魔法少女全員が同じ空間にワープさせられていた。
怪異のしわざだけど、その方法とタイミングが分からないため、防ぎようがなかったんだ。だからこうなる前にカタをつけようとしていたんだけど……。
(こうなった以上は進むしかないか)
今、俺の周りには誰もいない。アニメでも魔法少女達はそれぞれ一人になっていた。
でもこの中は迷路になっているというだけで、他には特に危険は無い。
しばらく歩くと、コツコツと足音が近づいて来るのが分かった。
「あっ……! ナイト君!」
出会ったのは桜野さんだ。
「よかった、誰もいないからみんなが心配だったんだよ……!」
いきなりこんな所にとばされて桜野さんも不安なはずなのに、「一人で不安だったんだ」ではなく、「みんなが心配だった」と言った。
自分の不安が解ける喜びよりも、他の人が無事であることを願った、桜野さんらしい言葉だ。やっぱりこの子も応援したくなる。
「一緒に他のみんなを探そうね」
そういえば変身後に桜野さんと二人きりになったことはなかったような気がする。
そして二人でダンジョンを進む。なんだか緑川さんと一緒だった時を思い出す。
「ねえ、ナイト君は信じてもいいんだよね?」
「もちろんだ。信じてもらえる証拠は無いんだが、ただ信じてくれと言うしかない」
「うん、分かった。君を信じるよ」
「ありがとう」
俺がお礼を言うと桜野さんがフフッと微笑んだ。
「どうした?」
「あ、ごめんね。だってさ、君が『ありがとう』って言ってるの初めて聞いたなって。いつもは『礼を言う』とかそんなのばかりだから」
我ながら慣れないキャラなもんだから、ブレる時があるな……。
「気のせいだ」
「フフッ、そうだね」
今だけは仮面をつけててよかったと思った。
二人で進むと、足音が近づいて来るのが分かった。そして俺達の前に一人の少女が姿を見せる。
「氷奈!」
それは青の魔法少女、蒼月さんだった。
「桃華……!」
「よかった! 氷奈も無事だった! さあ、私達と一緒に他の二人も探そうよ」
桜野さんが明るく言ったけど、蒼月さんの表情はどこか寂しそうだ。
「桃華、ごめんなさい。あなたとは一緒に行けないの……」