第41話 それぞれの役割
楽しい水着回もほんの半日ほどで終わり、これから俺達は怪異と戦うことになる。
怪異とは人の負の感情が暴走したもの。なのでどうしても人の集まる場所ほど出現しやすくなってしまう。
アニメではその怪異は、今までのものとは比べものにならないほど強力で、魔法少女四人がかりで傷つきながらもギリギリ倒すことができていた。
そしていつものように桜野さんがあの宝石での回収を終えると、桜野さんが苦しみ始めたんだ。つまり闇堕ち。
俺が今までに回収した怪異はほんのわずかで、おそらくそれは今まで桜野さんが回収してきた量と比べると、足元にも及ばないだろう。
だからもし桜野さんがこの怪異を回収することになってしまうと、全てが終わる。
(ここが正念場だ……!)
実は今日、俺は水着姿の魔法少女達との海水浴を満喫している間、頭の片隅ではずっと怪異のことが離れなかった。
まったく、お楽しみの最後にこんな酷い予定なんていらないんだけど。
俺がビーチに駆けつけると、すでに四人の魔法少女が到着していた。
さすがに毎回すぐに駆けつけることに、正体が俺だとバレないかという心配はある。
でもそれでワザと到着を遅らせたとして、その間に魔法少女達が傷ついたり、桜野さんが怪異を回収してしまうと、本末転倒だ。
「今日も早いねぇ、ナイト君」
俺を見てそう言葉にしたのは陽山さんだ。陽山さんとは二人で戦ったこともあるけど、それにしてもずいぶんと慣れたもんだなぁ。ギャル恐るべし。
「俺にかかればお前達との距離がどのくらい離れているかは大した問題ではない」
一応俺の正体への疑惑を少しでも払拭するために、しれっとウソを……いや、フェイクのセリフを混ぜておく。うん、まあ実際にかなり速く走れるし、ウソじゃないよ。
「へぇ、なかなか言うじゃん。あんたのそういうとこ、嫌いじゃないよ」
「それは光栄だ」
そんな陽山さんとのやり取りをぶった斬るような鋭い視線を感じた俺は、そっちのほうを見た。……蒼月さんでした。無言はやめて……! せめて何か言って……!
と、そんなことを考えるのはここまで。ここからは真剣に行動しなくてはいけない。
魔法少女達が何もしていないのは、いや、何もできないと言ったほうが正しいだろうか。その怪異の大きさと姿によるものだろう。
今までに戦ってきたゴーレム型や死神型の怪異も10メートルほどで大きかった。それでも今、対峙している怪異の大きさはそれを超えるほどだ。
そしてその姿はまるでドラゴンのよう。さらに言うならヤマタノオロチのようで、八つの頭を持ち、その体は闇のごとく濃い黒色をしており、いったいどれほどの負の感情が集まっているのだろうかと、恐怖を感じるほどだ。
「大きい……、こんなの初めてだよ……」
「そうね……、それにとても太いわ……」
桜野さんと蒼月さんがそれぞれ口に出した。太いとは、怪異の首のこと。俺の魔法剣でも両断できるか分からないほどだ。
俺達が砂浜にいるのに対して、怪異は波打ち際から10メートルほど向こうにいる。結界内でも水は水なので、簡単には近づけない。
「あいつは八つの頭からそれぞれブレスを吐く。しかもブレスの種類が全部違うから、状況が瞬時に変わることもあるだろう。あいつの頭が少し後ろに動くとブレスを吐く予兆だ。それを見逃すな」
「なるほど、息を吸い込むからってわけだ」
陽山さんが確認するように言う。他の三人もそれに頷いている。
「とりあえず私はいつでも防御障壁を発動できるように準備しておきます……!」
緑川さんの力強い言葉に、俺は「頼んだぞ」と返す。
「でも困ったなぁ。どうやって近づけばいいんだろうね? 私の遠距離魔法でも届きそうにないしなぁー」
「お前の魔法で海面を凍らせるんだ。ルートは限られるかもしれないが、近づかなければ攻撃もできない」
「分かった。それでその後は——」
「待て! ブレスが来るぞ!」
陽山さんが言い終わる前に、もの凄い勢いで炎がこちらに近づいて来た。
怪異は俺達の会話が終わるまでなんて待ってくれないのだ。
「危ないです!」
即座に緑川さんが防御障壁を展開して、炎は緑色の壁でかき消された。俺も準備はしていたけど、緑川さんのほうが早かったようだ。
きっと攻撃に参加できない分、全意識を防御に集中させているからなのだろう。それともみんなを守りたいという強い意思なのか。
戦いはまだ始まったばかりだ。