第39話 キングオブ死亡フラグ
ビーチパラソルの下には、お互い水着姿の俺と緑川さんの二人きり。周りでは大勢の人が思い思いに海を楽しんでいるけど、今はそれが全く気にならない。
「あの、一条さん。お話し、しませんか?」
俺の右隣で体育座りをしている緑川さんが、そんな言葉を口にした。
「そうだね、俺も緑川さんと話したいな」
俺はそう返した。そして沈黙。てっきり緑川さんが話題を用意してるものだとばかり思っていた俺は、想定外のことに焦ってしまう。
「えっ……と、そういえばちょっと前になるけど、お父さんへの誕生日プレゼント喜んでもらえた?」
「はいっ! とても喜んでくれました!」
「それはよかった!」
「マグカップは家族みんなで使ってるの?」
「フフッ、今では毎朝あの時のマグカップで家族みんながコーヒーを飲んでるんですよ!」
「じゃあ俺は家族だんらんのお手伝いができたってわけだ」
普段は物静かな子なほど、たまに見せる笑顔に惹きつけられるような魅力がある。
「あの……、あの時は付き合ってくれてありがとうございました……!」
「お礼ならあの時にも言ってもらったから、気にしないで」
「あの、その、それでですね……。一条さんがよければ、ですけど……。夏休みにもどこかお出かけしたいなって……」
「そういえば桜野さんもそう言ってたよ。四人は本当に仲がいいんだね」
「私と小夏さんは幼馴染なんです。桃華さんと氷奈さんは、とある縁があって知り合いました」
アニメを観てる俺にとっては、どちらも知っていることだ。陽山さんの緑川さんに対する思いは、他の二人に向けるものとはどこか違っている。
それはやはり積み重ねてきた年月が長いほど、深くなるのだろう。
そしてとある縁が魔法少女だなんて、普通では絶対に分からないし、人には言えない。
だから俺はそれについては何も聞かないことにした。
「そうなんだね。それで四人で遊ぶところに俺も混ぜてもらえるんだ?」
「それもありますけど、その……あの……、二人で……というのはどうでしょうか……?」
意外な展開に俺は言葉が出てこない。言葉を失うとはこういうことなのか。
前に二人で出かけた時は、桜野さんのアドバイスで俺を誘ったということだった。だけどこれはきっと緑川さんの意思だ、そう思いたい。
「あ、えっと、二人でっていうのは俺と緑川さんの二人ってこと?」
俺は緊張しすぎてワケの分からんことを聞いてしまった。もしこれでそうじゃなかったら、声を出して驚く自信がある。
すると緑川さんは俺の方を見て、小さく頷いた。
「ダメ……でしょうか?」
もちろんダメなわけない。ただ俺も男としてというか、緑川さんにだけ言ってもらうのは、なんだか申し訳ない気がした。
「全然ダメじゃないよ。むしろ嬉しい。それなら俺から連絡するから、具体的なことはその時に決めようか」
「はいっ! 私、待ってますねっ!」
そう言って一際大きな声を出す緑川さん。ズルいなぁ……。だってめちゃくちゃ嬉しそうな顔をするんだから。
そんな会話をしているうちに、海に入っていた三人が戻って来た。
「いやぁー、やっぱ夏の海って最高だよねー」
「私、ちょっと海水を飲んじゃいましたー」
「桃華、子供みたいにはしゃいでいたわね」
三人は座っている俺達の前に立つと、陽山さんが何かに気づいたようで口を開く。
「あれ? なんだか若葉ニヤニヤしてる? なんかいいことあった?」
「ホントだー、若葉ちゃん、なんだか嬉しそうだよ」
「そうね。私から見ても今の緑川さん、いい顔してるわよ」
「えっ!? そんなことない……と思います」
「ホントにー? 一条君、若葉と何かあった? ほら、お姉さんに言ってごらん」
陽山さんはニヤッと笑いながら、イタズラっぽく俺をからかう。
「ただ話してただけですよ」
「ふーん、それならいいんだけど。あ、そうだ一条君。若葉はとってもいい子だからね!」
「もちろん知ってますよ」
俺、この戦いが終わったら緑川さんと——。おっと、自分からよくないフラグを立ててしまいそうだった。
でもそれはきっと遠くない未来。なぜなら物語はこれから佳境を迎えるのだから。