第28話 魔法少女と触手
ダンジョン怪異とでも呼ぼうか。今、俺と緑川さんは怪異の腹の中にいるようなもの。……やっぱ腹の中って表現は嫌だな、怪異が作り出したダンジョン内って言い方にしよう。
つまりこの中では怪異の意思が常に働いており、ここにいる限り気の休まる時は無いということだ。
(なんとかして緑川さんと一緒に行動しないと)
少しだけ近づいてくれたとはいえ、俺と緑川さんとの距離は五メートルほど。これは心の距離なのか? 遠いなぁ……。物理的にも早くお近づきになりたいものだ。
「今はこの建物全体が怪異と化している。つまりこの中にいる限り、常に危険だということだ。なので一刻も早く脱出する必要がある。ここはひとつ、共闘しようじゃないか」
そう説得すると緑川さんは俺と向き合いつつ、無言でジワジワと俺との距離を詰める。あと四メートル、三メートル、二メートル……。だが、そこでピタリと止まる。手を伸ばしても届かない距離だ。
ま、まぁこんなものかな。パーソナルスペースってものがあるらしいから。さっきはあんなに近くでマグカップ選んでたのに。
このデパートは七階まであり、俺達がいるのは三階だ。アニメでは一階にあるエントランスから脱出していた。なのでここは素直に一階を目指そう。
「一階にあるエントランスを目指すことになるが、それで構わないだろうか? 他に何か考えがあるなら聞くが?」
緑川さんはコクコクと首を縦に振りつつも、俺との距離は変わらない。
(なかなか強力だぜ、緑川さんのATフィ……、おっと、これ以上はやめておこう)
結界の中はモノクロになっているため、何がどこにあるかというのが分かりにくい。
だけど俺と魔法少女と怪異は普通に色づいて見える。
だからハッキリと分かる。天井にある目玉のようなものが俺達を見ていることが。
その大きさは三十センチほどだろうか。それが数メートルおきに等間隔で配置されており、まるで監視されているようで不気味さを加速させている。
アニメでは桜野さんがそれに魔法弾をぶつけて破壊していたけど、またすぐに再生していたので、攻撃しても無意味だ。特に何をしてくるわけじゃないので、気にせず進む。
さらにアニメのことを言うのなら、桜野さんが緑川さんの手を引いて、まるで守るかのようにして進んでおり、桜野さんの頼もしい一面が見られる回になっている。
俺もそうしたいところだけど、手が届かないものは仕方ない。
「俺がお前の盾になる。だから俺のそばから離れるな」
俺がそう言うと緑川さんは俺の後ろに回り込んだ。だけどその距離は二メートルほどで変わらない。
「そうだ、それでいい。安心しろ、お前に手出しはさせないから」
それを聞いた緑川さんはコクンと、ゆっくり頷いた。
フロアの内装はもはやデパートのものではなく、レンガを積み重ねたような壁で仕切られており、迷路のようになっている。
ならばと思い壁を破壊しようとしてみたけど、魔法が吸収されてしまい手応えがない。
飛び越えられる隙間もないため、素直に迷路を進むしかなさそうだ。
時々振り返って緑川さんがついて来ていることと、何か異変が無いかを確認する。
結界の中では怪異の気配と居場所を察知できるので、後ろからの攻撃にも対処できる。
とはいえ、この時ほど後ろにも目があればいいのにと思ったことはない。
それでも横並びにしないのは、前に進む以上はRPGの如く前衛が最も危険だと判断したからだ。
デパートの階段があった方向だけを頼りに進むと、拍子抜けなくらいあっさりと階段が見つかった。エスカレーターは見当たらなかった。
エレベーターを使わない理由は、機能しているとは思えないことと、密室になることを避けたいから。
「よし、降りるぞ」
二階に降りてから後ろを振り返ると、緑川さんとの距離は一メートルほどに縮まっていた。
ところが一階への階段が見つからない。通常は階段は隣接されているものだけど、代わりに迷路が広がっているのみだ。
今度は階段の場所の見当もつかない。なので迷うかと思ったけど、アニメでは怪異が階段を守るように配置されていた。なので気配察知で一番大きな反応を頼りに進む。
その途中、怪異が近づく気配がしたので身構える。すると表現できないほどに異形のものが、いくつも来て行く手を阻む。
「邪魔だっ!」
俺はそれを魔法弾で蹴散らしながら前へと進む。途中で緑川さんに「怪我はないか?」と聞く度に、緑川さんは小さく頷いてくれる。
迷路はそこまで複雑じゃなく、階段が見つかった。ただやはり怪異が守っている。
その姿はまるでクラゲのようで、大きさこそ数メートルといったところだけど、触手のようなものが無数にあり、ウネウネとうごめいている。
アニメでは桜野さんと緑川さんの二人で戦い、傷付きながらもなんとか倒していた。
この怪異はどういうわけか緑川さんばかりを狙っているようで、ロクなことにはならない予感しかしないため、伸びようとする触手を全て俺が魔法剣で斬り伏せる。
「安心しろ、お前には指一本触れさせない!」
怯える緑川さんにそう声をかけ、そうしているうちに、怪異の触手が全て無くなった。だけど再生しようとしているようで、少しずつ生えてきている。
「させるかっ!」
俺は魔力を溜めた魔法弾を放ち、本体ごと焼き尽くした。
「大丈夫か? 何か体に異変はないか?」
俺が改めて聞くと、今まで黙っていた緑川さんが口を開いた。
「あの……、ありがとう、ございます……」
俺はその一言がたまらなく嬉しかったんだ。
「気にするな、俺がやりたくてやってることだからな」
一階に降りると、緑川さんとの距離はさらに縮まっていた。さらにローブが少し引っ張られるような感覚があったので見てみると、緑川さんが俺のローブをちょこんと掴んでいた。
そんな緑川さんを見て、俺はそのことには触れずに先に進むことにした。
一階はデパートの内装そのものだった。ただ尋常じゃない数の怪異がいて、俺は大切な女の子を守りながら、それらを全て一撃でねじ伏せていく。
やがてエントランスにたどり着くと、ついに入り口が見えてきた。あとは脱出して回収すればいい。だけど入り口に誰かがいる。
「若葉っ! 大丈夫? どこにいるの?」
そこにいるのは魔法少女に変身した陽山さんだった。