第26話 デートの途中で
「一条さん、マグカップありましたー!」
雑貨屋にあるマグカップのコーナーを見つけた緑川さんが、どこか嬉しそうに俺を呼ぶ。
俺が少し足早に駆けつけるとそこには、様々な色やデザインの物が並べられており、確かにこれは迷うよなと思うほどだった。
「思ってたより種類が多いな」
「ですよね! どれにしようかなー!」
楽しそうにマグカップを眺める緑川さん。気がつけば緑川さんはいつの間にか、ハキハキと話すようになっていた。
「私、これがいいかなって思うんです」
そう言って指差したのは、スタイリッシュでデザイン性に優れた青色のマグカップ。不思議と安物ではないということは分かる。
値段を見てみると、思った通り高校生が気軽に買えるようなものではないけど、誕生日プレゼントということなら奮発してみるのもいいなと思えるものだった。
「実は俺もパッと見で、それが一番気になったんだよ」
「そうなんですね! 私たち、気が合うのかもしれませんねっ!」
やっぱり実際に話してみないと、どんな人か分からないものだ。俺だって話してみると意外と喋るんだぞ! ……はい、その前に自分から話しかけに行けということですね。それができれば苦労しないよ、本当に。
「あっ! このマグカップ、色違いで三個セットになっているんですね」
青色の他に、同じデザインでピンクと緑色の物がある。きっと三人家族を想定しているのだろう。
「これなら家族みんなで使えますっ! 家族みんなで色違いの同じ物を使うのって、なんだか憧れますね。これにしようかな?」
それは人一倍、家族思いな緑川さんらしい言葉だった。
「一応、他のも見てみようか」
「そうですね、一個ずつじっくりと見てみましょう」
それから二人で、「あれもいいかも、でもこっちのもいいよね」なんて言いながら、マグカップ選びだけで結構な時間を過ごした。
そして買ったのは結局、最初に選んだ三個セットの物だった。まさか買い物がこんな楽しいものだとは。一人でアニメショップに行くのも楽しいけど、誰かと行くとまた別の楽しさがあるんだな。
とりあえず目的は達成したので、俺の提案でフロア内にあるベンチで少し休憩することにした。
「お父さんの誕生日プレゼントなのに、家族全員分の買っちゃったね」
「フフッ、ほんとですね! お父さんには何か別の物を買わなきゃ」
「そうだね。時間はたっぷりあるから、何がいいか考えよう」
「そうですね! 一条さんが一緒でよかったです!」
「俺は何もしてないよ」
「そんなことないです。私って優柔不断なところがあると思ってますから、背中を押してくれる人というか、そういう誰かがいると安心できるんです。でもそれじゃダメですよね、一人でも平気にならないと」
緑川さんはそう言って少しだけ目を伏せた。
「俺は一人のほうが楽だと思うことが多いけど、でもこうして誰かと過ごすのもいいなって思うよ。だから誰と過ごすのかが大事なのかなって。それに一人でできたから偉いってわけでもないだろうから」
俺なりに励ましたつもりだけど、俺は偉そうなことを言えるような立場じゃないから、その言葉が緑川さんに届いたのかは分からない。
「ちょっと飲み物を買って来るよ。何がいい?」
「そんな、私が買いに行きますよ!?」
「いいから任せて。少しは年上らしいことをしないとね」
俺は緑川さんが負担に思わないよう、ワザとらしく冗談っぽく言った。
「ありがとうございます。それならオレンジジュースをお願いします」
「了解、じゃあ行って来るよ」
多少強引だったかもしれないけど、俺が緑川さんのそばを離れたのには理由がある。
最近は怪異の出現が落ち着いていたと思っていたけど、怪異は状況を選ばない。
アニメ第五話の内容がすぐそこまで来ているのだ。平穏な日々だと思っていても、アニメ最終話は着実に忍び寄るのだった。