第23話 俺史上初の……
緑川さんからの着信。連絡をもらうような心当たりは全くない。考えても仕方ないことだし、考える時間もないし、とにかく出ないことには始まらない。俺は意を決して通話ボタンを押した。
「もしもし、一条です」
「あ……、あの、私、緑川です」
「えっと、うん。元気? みんなで過ごした日以来だね」
「そ、そうですね」
「今日はどうしたの? 俺に何か用事があるのかな?」
「は、はいっ! 実はですね、あの、その……」
緑川さんの声が少しだけ大きくなった。まるで何かを決意したかのような。
「あの……! 付き合ってくださいっ!」
それは俺が初めて聞いた緑川さんの大きな声。基本的に小声の緑川さんなので、スマホに耳を強めに当てていた俺は、思わずスマホを耳から遠ざけた。
それにしても意味が分からない。もちろん言葉自体の意味じゃなくて、なぜそれを俺に? ということだ。
確かに緑川さんは可愛い。肩まである美しくゆるふわな緑系の髪をしており、どこか幼さの残る顔立ちで、身長は150センチもないだろう。ちょっと子供っぽいところもある。
もしも彼女になってくれるというのなら、「喜んで!」と即答しそうになる。
しかし待つんだ、俺。これは本当に告白か? 一回みんなで会っただけなのに、そんなことがあり得るのだろうか? そんなわけない、俺は勘違いしないぞ!
「ひゃあっ……! わわ、私、何を言って……!」
「緑川さん、とりあえず落ち着こう。最初から説明してもらえるかな」
「あっ……、ごめんなさい……。すぅー、ふぅー……」
スマホ越しに、緑川さんの深呼吸が聞こえる。ほのかな吐息に、ちょっと耳が幸せになった。
「あ、あのですね……、一緒にお買い物に付き合ってください!」
「そうか、買い物、か……」
(勘違いしなくてよかったあぁぁーっ!)
いきなり告白なんて、そんなわけないって。危うく「末永くよろしくお願いします」って言いそうになったじゃないか。
「こんなこと聞くのも変かもしれないけど、どうして俺を誘ってくれるの?」
「あの、えっと、もうすぐお父さんの誕生日があって、その、プレゼント何がいいかなって。でも私、男の人のセンスがよく分からないから……。それで一条さんに手伝ってもらえたらなって……」
そうだった、緑川さんは人一倍、家族思いなんだ。家族に誕生日プレゼントを渡すくらいは普通のことだけど、緑川さんが魔法少女になった理由、それは自分の病気を治すためだ。
桜野さんと蒼月さんの場合は、家族の大病を治すためだった。
そこだけを比較すると、緑川さんが自分が助かりたい一心で魔法少女になったように思えるけど、それは違う。
緑川さんがそう願ったのは家族のため。緑川さんは、もし自分がいなくなってしまった場合に、残される家族のことを一番に案じた。
もしも最愛の一人娘を失ってしまったら、残された家族の悲しみは計り知れない。生きる気力すら失ってしまうかもしれない。
そんなのダメだ。私が……、私さえ元気でいれば、これからもきっと笑っていてくれる。
自分のことよりも、家族を大切に思う優しい女の子。それが緑川若葉という女の子。
魔法少女になったことにより病気は完治したけど、その代わり魔法少女として怪異と戦い続ける人生を送ることになってしまった。やっぱりどこか釈然としない。
「俺でよかったら、ぜひ手伝わせてもらうよ」
「よ、よかったぁ……。あっ、あの! 次のお休みはどう、でしょうか?」
ハッハッハッ、俺に予定などあるわけないじゃないか。……なんてことは一切口に出さず、俺は次の休日に緑川さんと会う約束をした。
「あとは誰が来るの? やっぱり陽山さんとか?」
「誰も来ないです……。一条さんだけです」
「えっ……と、それだと俺と二人きりってことになるんだけど」
「そ、そうですね……」
「自分で言うのも変だけど、いいの?」
「先輩達はみんな都合がつかなくって……。それで桃華さんに相談したら、一条さんに聞いてみてもいいかもって、アドバイスをもらいました。桃華さんや氷奈さんが仲良くしている人なので、安心できるかな……って」
桜野さんと蒼月さん、すごく信頼されているんだな。きっと普段からの接し方がそう思わせるんだろう。
そういうことならあの二人の信用を壊さないためにも、誠実な態度でいよう。もとより女の子を相手に変な気を起こすつもりはないし。
(これはデートに……なるんだよな?)
そんなわけで、俺の人生初のデートの相手は緑川さんに決定いたしました。