第19話 対立か?
「氷奈?」
蒼月さんに右手を掴まれた桜野さんが、戸惑いを含んだような表情と声で問いかける。
「桃華、それはもう使わないで……」
蒼月さんの声は震えていて、顔を見なくてもどんな表情をしているか分かる。
そして蒼月さんは桜野さんの右手をあの宝石ごと、両手で優しく包み込んだ。
「でも私が回収しないと、せっかく倒した怪異が復活してしまうんだよ?」
「それは私だって分かってる。分かってるの……。でも、もしもあの人が言っていたことが本当だとしたら……」
「私が犠牲になるって話のことだよね?」
「私、桃華がいなくなるなんて耐えられない……!」
「氷奈……。ありがとう。でも私なら大丈夫だよ! これを使って体調が悪くなったりしたことは、今まで一度も無かったんだからね!」
桜野さんは努めて明るく振る舞う。アニメの第二話では、桜野さんが怪異を回収した直後にフラつくという一場面があり、それが闇堕ちが近いことを示す伏線になっている。
ところが第二話で登場する怪異を回収したのは俺だから、そのシーン自体が起きていない。だから桜野さんが問題ないと思ってしまうのは、無理もない話だ。
「今まではそうだったかもしれないけど、次の一回がダメかもしれないわ」
「うん、氷奈の言うこと分かるよ。だけどね、これは私にしかできないこと。義務とか使命とかじゃない。私がそうしたいの。だってそれがみんなのためになるんだから。これって私のわがままなのかな……?」
「桃華……。ええ、そうよ。桃華はわがままよ……!」
「氷奈……。そう、だよね……。それでもっ……! 私は自分にできる精一杯のことをしたい!」
「私が言ったわがままというのはね、そうやって全部一人で抱え込もうとするところなの。確かに怪異の回収は桃華にしかできないかもしれない。でもね、私は桃華のために何ができるかいつも考えているの。私だけじゃない、陽山さんや緑川さんだってきっとそう」
(おっと、このまま見ているだけじゃいけない)
俺は怪異に近づいて素早く回収した。桜野さんに回収させないという目的は、とりあえず達成できたな。
「あっ……!」
桜野さんが俺を見て驚いた表情を見せる。
「どうした? 初対面ではないはずだが」
「うん、また助けてもらっちゃったなって」
「言っただろう? 行動で示すと。そしてこれからも俺一人で片付けるつもりだ」
「うん。そう、だね……」
桜野さんにしては珍しく、どこか歯切れの悪い返事。
「どうした?」
「やっぱりダメ。怪異との戦いだなんてそんな危ないこと、君一人に任せるわけにはいかないよ。私だって何か力になりたい!」
「それだ」
「えっ、それって……? どういうこと?」
「今お前が言った『何か力になりたい』という言葉。そこの青髪の少女も、同じようなことをさっきお前に言っていたじゃないか」
「あっ……!」
「人に頼らず、全てを自分だけでやり遂げようとする心意気は立派なものだ。だが時には誰かに頼ることも必要だ。頼ってもらえないというのも、案外不安になるものだぞ」
「頼ってもらえない不安……」
「そこの青髪の少女も、悪気があってあんなことをしたわけじゃないだろう。だから悪く思わないでやってほしい。……まあ俺に言われてもって感じだがな」
「うん、ありがとう! 氷奈もありがとね」
「桃華……! 私こそキツい言い方になってしまってごめんなさい」
「気にしないで!」
「やっぱり桃華は最高ね。……それからあなたも」
蒼月さんはそう言って俺を見ている。
(え、俺!? なんかめちゃくちゃ見てる! 大したことはしてないと思うんだけど)
それから俺達三人は、陽山さんと緑川さんのところへ行き、再びカフェに戻ろうと歩き始める。すると陽山さんが口を開いた。
「みんなゴメンねー、私ちょっと用事あるから、先行っててくれるー?」
「そうなんですか? だったら私達は先に行ってますね」
桜野さんがそう返事をしてから歩き出し、蒼月さんと緑川さんもあとに続く。
俺も行こうとした時、陽山さんが行く手を阻んだ。
「さ、説明してもらおっか」