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きっかけ

この話は、ほぼ理央視点で書いております。

最後の部分だけ、智宏視点に戻ります。


 言ってしまった……。


 あの雨の日の子犬のように、私の身も心も震えている。


 離任式……。

 もうこれで会えなくなるかもしれない。

 そう考えたら、自然と教室に足を運んでいた。


 智宏先生。


 あなたのことは、この学校に入る前から知っていました。

 3つ上の兄からあなたのことをいつも聞いていました。

 兄の事を覚えていますか?


 最初はただ、あなたが普通の人とは何か違うと思って見ていただけなんです。

 それがいつの間にか私の目は、あなたを探すようになりました。


 勇気を出して相談しに行ったこともあったんですよ?

 少しだけど、お話ししたこともあったんです。


 あなたと話をしていると、私の心は軽やかに踊り出すのです。

 私はあなたに、恋をしたんです。


 でも、あなたは先生、私は生徒。

 もし私が好意を寄せているとバレたら、あなたはとても辛い思いをしてしまう。


 だから私は、卒業するまで思いを伝えるのを我慢しました。

 そして、あなたはここからいなくなろうとしている。

 教師を辞めようとしている。


 どうかあなたの返事を、聞かせてください。


 私の脳内では、智宏先生に会うまでをフラッシュバックする。


 ◇◆◇


「理央。おまえ中3だよな。どこの高校に行くか決めたのか?」


「うーん。実はまだ迷ってて……。」


「おいおい、もう秋だぞ?」


「でも……。」


「なんなら、俺の通ってる学校に来るか?」


「遠慮しておくよ。だってお兄ちゃん、先生と学校の悪口しか言わないんだもん。」


「まぁなぁ。」


「市民工学科だっけ? 何するとこなの? というか、どんな学校なの?」


「ん? 『この国の中枢を担う人材育成の叡智が集まっている!』『その中でも我が市民工学科は他者への思いやりを持って国と人を育てる場所である!』とか言ってるけど……。ろくな教師がいねぇ。中でも斎藤先生ってのはどうにもいけすかねぇ。言うこと聞く生徒にしかいい顔しないんだ。」


「ほうほう。それはずいぶんと立派な教育者がいらっしゃる学校なんですね。」


 私達には両親がいなかった。

 私が小学生に入る前に、両親は他界した。

 母は、血液の病気で亡くなり、間もなく父は心臓を悪くした。

 両親の遺産を私たちが引き継ぎ、二人でささやかに暮らしていた。


「あ、でもなぁ。一人だけ異質な教師がいるんだよ。」


「え? 誰? どんな人?」


「智宏って先生でな。分け隔てなく生徒の話をよく聞いてくれるんだよ。ほら、俺って大人の事信じられないじゃん?」


「そうそう。それで先生を殴って何度も学校から指導されてるんだよね。もう一回やったら退学だっけ?」


 兄が私の頭にチョップを入れる。


「うるさい。まぁ、それは置いておいてだ。その智宏先生ってのはそんな俺に対しても一生懸命なんだよな。この前の実習でもさ、『俺が見てやるから少しだけでも頑張ってみろ』なんて言ってよ。そしたら俺、周りの連中よりもうまくできちゃってさ! いやぁ……あの時は嬉しかったなぁ…。」


 そう言うと、恥ずかしそうに微笑んだ。

 あんな表情なんて、これまで見たことがなかったな。


「へぇ。そんな先生いるんだね。」


「おう。あの人がいるからこの一年頑張れたな。まぁ、最後の高校生活だしな。進路も決まったし、後はしれっと卒業するさ。」


 兄は卒業後、地元の建設会社への内定が決まっていた。

 その会社の試験に向けた面接練習も、その先生が相手になってくれたらしい。

 兄はいつも智宏先生の話ばかりしていた。

 よほど感謝しているのが、口調から感じ取れる。

 そんな話を聞いているうちに、私自身その先生がいる学校に興味を持つようになった。


「ところで理央。お前の能力、誰にも話してないよな。」


「うん。」


「絶対に誰にも言うんじゃないぞ。お前の力は特別なんだから。ただし! お前が心から信頼できる人にだったら話してもいいけどな。」


「……。でも、そのせいで私友達いないけどね。」


「いいんだって友達いないくらい。一人信じられる人がいればいいんだよ。それに、俺がいるじゃないか。大丈夫。何があっても、俺がお前を守ってやるから。」


 そう、私には誰にも言えない能力が二つある。

 これは兄が両親から聞いていたことらしい。

 その一つが、人を見るとオーラが見える力。

 これを、『真実の目』というらしい。

 基本的に人間を見ると、そのオーラは黒く、鈍くその人を取り囲む。

 よからぬことを考えていそうな人を見ると、その黒さはより濃くなる。

 だけど、犬や猫といった純粋な生き物であれば、それは綺麗に輝くオーラが見える。

 たまに違う色が見えるときがあるが、基本的に人間は黒いオーラばかりだ。

 ちなみに、兄は水色のオーラが見える。


 兄が純粋な生き物? まぁ、素直ではあるが……。

 色に何か意味があるのかな……。

 学校とか大人数が集まる場所では、めまいがするくらい黒いオーラが重なって見えてしまう。

 だから私は、極力人と関わらないようにしていた。

 もう一つは……。


「やっぱり。俺が通っている学校、市民工学科に来い。」


 兄が急に真剣な表情になって私に話しかける。


「え? なんでよ?」


「智宏先生なら、お前を正しい方向に導いてくれる。なんでかわかんないけど、俺はそう思う。」


「だって、その人も黒く見えるかもよ? 基本的に、人間は皆黒く見えるもん。大人だったら特に。慕っている人が黒く見えたら、お兄ちゃんだって嫌でしょ?」


「いや、あの人は違う。俺を信じろって。」


「はー……。はいはい、わかりました。一応、候補に入れておきます。」


 私はなぜか兄のその言葉が頭に残り、同じ学校を受験することにした。


 ◇◆◇


 結局、兄と同じ学校に私は入学した。

 両親がいないので、卒業したばかりの兄が入学式に来てくれている。

 式が終わり、各科のクラスに分かれ、ガイダンスが始まっていた。

 担任の紹介、副担任の紹介、これからのスケジュール、次回の登校時に準備をする物。

 一通り説明が終わり、科の先生方の紹介が始まる。


「えー。では新入生の皆さん。今から皆さんの授業を受け持つ市民工学科の先生方を紹介します。」


 担任も副担任も、クラスの中も黒いオーラが見えている。

 私はその黒く淀んだオーラに、めまいがしそうだった。

 さらに黒いオーラに包まれた先生方が一人、また一人と教室に入ってくる。

 兄の慕う人まで黒く見えてしまったらどうしよう。

 緊張する。怖い。逃げ出したい。

 私は机に顔を伏せるしかなかった。


「理央。」


 小さく、けれど優しい声が聞こえた。

 私は前を見ない様にして、後ろで見ている兄に目を向ける。

 前を向けと指を指している。

 私は唇を噛み締めながら顔を上げた。


 白く輝いて見える。そして、何か別な色が混ざっている気がする……。

 この人は、鮮やかな色に、包まれている……。


 驚いてもう一度兄の顔を見た。

 兄はニヤッと笑い、小さくガッツポーズをしてどこか喜んでいる様子だった。

 私もなぜか嬉しくなり、周りにバレない様に微笑んだ。


「えー。私は橋田 智宏と言います。皆さんとはあまり関わりが無いかもしれませんが、気軽に声をかけてください。どうぞよろしくお願いいたします。」


 その人は深々と頭を下げる。

 私や他の生徒達も、それに返事をするように頭を下げた。

 30代半ばくらいだろうか?

 見た目は普通。身長は兄より少し高いくらいだ(177センチくらい?)。

 これといって特徴が無いように見えたが、妙に胸が騒ぐ。

 私の心臓の音が、いつもよりも大きく聞こえた気がした。


 ◇◆◇


 高校3年の秋。もうすぐ受験のシーズンが本格化する。

 大学の受験が控えていた。


「理央。おまえもうすぐ受験だよな。どこに行くか決めたのか?」


「このやりとり、前もあったよね。」


「ん? そうだっけ?」


 兄は地元の建設会社で辞めずに務めている。

 だが、王都外への泊りがけの出張が多く、中々家に戻ってこないことが多かった。

 今は近くの建設現場らしく、家から通うことが出来ているらしい。

 高校時代問題ばかり起こしていたあの兄がねぇ……。


「お前ももうすぐ高校生が終わるのか……。俺が忙しくてあまり会話もせずに申し訳なかったな。で、どうだった?」


「どうだったって?」


「高校生活だよ。青春をエンジョイできたのか?」


「そうですねぇ。先生方からは『愛想が悪い』って陰口叩かれたり、生徒同士変なグループができてどこにも入れなかったりと、勉強と家事に追われた素晴らしい高校生活でしたよ。」


 皮肉交じりに兄に返答した。


「何!? 智宏先生もそう言ってたのか?」


「智宏先生……は……言ってない。いつも気にかけてくれてた。といっても、授業担当することが無かったから全然話はできてないけど、ちょくちょく相談は……してたかな……。」


「そうか……。やっぱりあの先生はそうだよな。」


 兄は安堵の表情を浮かべた。


「理央。もし何かあったら、智宏先生を頼るんだぞ。いいか。」


 安堵の表情から一転して、真剣な表情をした兄に少し驚いた。


「はいはい。わかりましたよ。」


「じゃあ俺は、ちょっと歩いて買い物行ってくるわ。何か欲しいものあるか?」


「あ、私チョコアイス食べたい。」


「甘いものばっかり食べると、太るぞ。」


「うるさいっ。甘いものは別腹なの!」


 他愛も無い会話で笑いながら、兄は雨の降る外へ出ていった。

 この雨はしばらく続きそうだ。


 太る……かぁ。

 そうなったらあ見向きもされなくなるのかな。

 でも、外見では判断しないよね。

 うん。先生はしない。


 雨が、何度も窓を叩いている。

 窓に映る自分を見つめて、頬をつねってみた。


「私のこと、どう思っているんだろう……。」


 自分でも驚く言葉が口からもらたことに驚いた。

 すると、アパートの扉が開く音が聞こえた。


「いやぁ、すごい雨だった! ほら! ご注文の品買ってきたぞ。」


 よりによって兄は、特大サイズのチョコアイスを買ってきたのだった。


 ◇◆◇


 その日は快晴だった。

 傘も必要ないだろう。

 憂鬱な気分にさいなまれながら重い腰を上げた。

 兄は数日前、県外への長期出張が決まって数年間は帰ってこないという。

 話し相手がいなくなった私は、寂しさに押しつぶされそうになっていた。


 兄が通った学校は、最後まで行こう。

 それが、私にできる最低限の事だ。

 たとえ一人でも。友達がいなくても。先生から嫌われていても。


 上っ面ばかりの大人。


 口先ばかりの同級生。


 愛想が悪いと言われようとも、表面上の付き合いなんかしなくていいと思ったら、気が楽だ。

 淡々と授業が進み、気が付くと放課後になっていた。

 いつもの学校。いつもの空虚な時間だった。


「え……うそ……。」


 帰り際、突然雨が降り始めた。

 ため息をつき、静かに雨が降る空を見上げる。


 このまま、雨に濡れて私も消えてなくなってしまえばいいのに……。


 力なく歩いていると、電灯の下から鳴き声が聞こえる。

 犬の鳴き声だ。

 思わずその犬に近づいた。

 雨の中、心細く震えるその犬は、今の私を現しているかのようだった。

 首輪がある。そうか、もしかしたら迷っているのかもしれない。

 ゆっくりと手を伸ばし、子犬を抱きしめた。


 どうしよう。


 そうか、私のもう一つの力をこの子に使えばいいのか。

 私のこの力を使えば、私は存在ごとこの世界から消えてなくなることができる。

 その代わり、この子は助かる。

 きっと、幸せになれる。

 それもいいか。


 目を閉じ子犬に力を注ごうとした、その時だった。


 雨が、止んだ?


 ふと目を開ける。

 いや、降っている。


 じゃあどうして私に雨が降ってないの?

 ふと上を見ると、傘が私を雨から守っていた。


「あれ? 市民工学科の……確か……理央か?」


「あっ……。さ……智宏先生……。」


 その時、兄の言葉が頭によぎった。


『理央。もし何かあったら、智宏先生を頼るんだぞ。いいか。』


 私は目からあふれ出るものを智宏先生にバレない様に、子犬を強く抱きしめた。

 子犬のぬくもりが、より強くなった気がした。


 私、まだこの世界にいていいのかな。


 ◇◆◇


「私。先生の事が……好きです。」


 突然の理央からの告白に、俺は動揺していた。

 これまで生徒によく思われていなかったのに、なぜ最後の日にこういうことを言うのだろう。


 俺は理央の気持ちに応えることができるのだろうか。


 それとも、高校生特有のノリで言っているだけなのだろうか。

 最後に俺をからかいにきているのだろうか。


 もう一度理央の顔を見る。


 真剣な眼差しだ。

 明らかに俺の返答を待っている。


 だが、俺と理央は年齢が離れすぎている。

 それに、俺はもう無職になる。

 どう考えても、俺といるメリットは無いだろう。

 でも、理央が本当にそう思ってくれているならば、これほど嬉しいことは無い。

 それに返す言葉があるとすれば、この言葉しか浮かばない。


「ありがとう」


 理央を見ると、さらに顔が赤くなり、目から涙が溢れだしそうになっていた。

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