クラウディア_7
「何故できないの?!」
「どうして間違えるの?!」
「まだ理解できていないの?!」
「そんなことでは、王妃になどなれないわよ!!」
クラウディアの記憶にいる母・シャルリーヌは、いつも怖い顔をして怒鳴り散らしていた。
自分にも、使用人にも。
屋敷の居間に飾られた先代侯爵とその妻、そしてシャルリーヌの肖像画では、母は妖精のようにふわりと微笑みかけているのに、クラウディアが知る母はいつも怒っていて自身に微笑みかけたり褒められることなどは一度もなかった。
そして、侯爵一家の肖像画の隣に飾られていたシャルリーヌとレオナードの肖像画は、いつの間にか無くなっていた。
数学や歴史の問題を間違えれば食事は抜かれ、ダンスやマナーのレッスンで間違えてしまうと容赦なく鞭で足を打たれる。
まだ5歳のクラウディアには物心つく前からこんな生活が続いており、この日常が当たり前だと思っていた。
自分が良い子ではないから母は褒めないのだと。母親は叱るものであって、決して優しくしてくれる生き物ではないのだと思っていた。
自身の家庭環境がおかしいものだと気づいたのは6歳のころ、レッスンも兼ねて子どもだけでお茶会を開くことになったとき、ロータス伯爵夫妻とその娘の仲睦まじい姿を見てクラウディアは大きな目をさらに大きく見開いた。
お世辞にも上手とは言えないカーテシー、茶葉が混じった紅茶、紅茶を嗜むよりもお菓子を頬張る天真爛漫な姿に、シャルリーヌは不在にもかかわらずクラウディアは彼女が怒られてしまうとヒヤヒヤした。
だが、ロータス伯爵や夫人は「上手にできたな」などと言って娘の頭を目一杯撫でた。
その光景を見て、クラウディアは思わず「え?」と小さく声を漏らした。
自分の方がお辞儀もお茶を入れるのも、食事のマナーも遥かに上手なのに、自分は一度も褒められたり撫でられたりしたことがない。
自身より年上なのに、あんなに下手な子が何故「上手にできた」などと褒められるのか。
その光景を見て、クラウディアは初めて涙を流した。
静かに、静かに涙を流した。
悔しかったのか、悲しかったのか、妬ましかったのか、苛立ったのかわからない。
ただただ、涙を流さずにはいられなかった。
その日、ロータス伯爵にはお茶会で泣いたことを母には言わないでほしいとお願いしたが、入れ違いで他に参加していた貴族の夫人を通してシャルリーヌの耳に入ってしまった。
「人前で泣くなど、情けない。」
「侯爵令嬢としての自覚が足りない。」
そう言ってひたすらにクラウディアの足を鞭で叩いた。
その日はとくに虫の居所が悪かったのか、足だけではなく背中までも鞭で叩き、寒い日にもかかわらず地下牢に一晩クラウディアを放り込んだ。
ヒリヒリと熱を帯びた脹脛を両手で包み、凍りそうな手を温めた。
お茶会以来なにも飲み食いできておらず喉が渇くたびに口の中で唾を溜め、飲み込んだ。
今、こんなに辛いのに不思議と涙は出てこなかった。
昼間の、幸せそうな”家族”を見たときが一番悲しかったのだ。
鉄格子の窓から冬の澄み切った濃紺の夜空にちらほら見える星を見つめ、胸の前で両手を組んでクラウディアは小さな小さな声で祈った。
「ここから、出られますように。」