クラウディア_2
「お父様と話がしたいの。どうせ別邸にいるでしょう、呼んで頂戴。」
馬車を降り、出迎えた執事に淡々と伝え父を呼び出した。
執事は父親を呼びつけるなど、と苦言を呈すことなく慣れた様子で頭を下げた。
「別邸に寄っても良かったのだけど、”あの子”がいると厄介でしょう?落ち着いて話もできないわ。」
そう付け加えて、クラウディアは屋敷に入り自室へ向かった。
侍女のソフィーが部屋の扉を開け、クラウディアの着替えを手伝う。
「これからお父様と会うから、かしこまったドレスでなくて良いわ。」
「かしこまりました。」
このフランチェスカ侯爵家では、娘が父親に対する無礼を働いても不敬には当たらない。
なぜなら、複雑な家庭環境が絡んでいるからである。
クラウディアが着替えをし、お茶を嗜んでいる間に父・レオナードが屋敷に到着した。
到着を知らせた執事に応接室へ通すように指示をし、自身も軽く身だしなみを整えて応接室へ向かう。
「おぉ、クラウディア。久しぶりだな。」
クラウディアと同じくキラキラと輝くプラチナブロンドの髪に、宝石のようなエメラルドグリーンの瞳を持つ、レオナード。
ソファに座ったまま娘ににこやかに挨拶をし、数週間ぶりに会う娘に微笑んだ。
一方クラウディアは他人行儀なカーテシーをし、お久しぶりですとだけ返事をし向かいのソファに座った。
少し寂しそうな表情を見せたレオナードを他所に女中がお茶の準備を始めると、クラウディアが一言、すぐ済むからお茶はいらないわ、と放った。
「クラウディアが私に用があるだなんて、どうしたんだ?」
レオナードは改めてクラウディアに微笑みかけ、声をかけた。
「お時間を取らせてもなんですので、単刀直入に申し上げます。」
そう言って、先ほど王城に呼ばれ陛下より賜った命について簡潔に話した。
「わたくし、クライシス王太子殿下の婚約者ではなくなりました。来月、ナフィタリスの皇弟であるフェイト・エル・ナフィタリス殿下へ嫁ぎます。」
レオナードは驚きを隠せず、落ち着くためにも女中へお茶を用意するように指示した。
「ナフィタリスだと?!本来なら来年の成人を迎えてクライシス殿下と結婚するはずだっただろう?!なぜそんなことに・・・」
「お父様もご存じでしょうが、先日のナフィタリスとの定期協議会にてサイレンス宰相がナフィタリスの侯爵令嬢に無礼を働いたこと。」
「あぁ・・・噂には聞いているが・・・。」
「・・・もう少し政治や情勢に関心を持つことをお勧めしますわ。」
そう、元々クラウディアはローラピュア王国・王太子のクライシスと婚約を結んでいた。
だが、先日行われたナフィタリス帝国との定期協議会に於いて、ローラピュアの宰相であるサイレンス公爵がナフィタリスの侯爵令嬢に対し無礼を働いたことで、戦争が勃発しても可笑しくない状況にまで陥った。
そこで、国王陛下から皇帝陛下へ直々に交渉をし、息子の婚約者をそちらに嫁がせるからこれを以て和解しようと提案したのだ。
ナフィタリス側も、皇帝の弟が未だ妻を娶らず、婚約者もいないと頭を抱えていたこともあり、10年以上妃教育に励んだクラウディアであれば、と満場一致で決まったのだ。
「来月には国を出てナフィタリスへ移ります。式を挙げるのはまだ3ヶ月後になりますが、向こうの環境に早く慣れた方が良いだろうと国王陛下のお計らいにより決まりました。」
「そうか・・・。国を跨ぐとなると、そう簡単に会えなくなるな・・・。」
寂しそうに話すレオナードを見て、クラウディアは自身の両手を強く握り締めた。
「まさか、お父様がわたくしに会いたいと思うとは夢にも思いませんでしたわ。」
「当たり前だろう、お前は私の娘なんだぞ!」
そう言うレオナードに対し、薄く笑みを作っていた口の端が引くつくのを感じながらも女中が用意したお茶を一口飲み、呼吸を整えた。
「そうですか。まだ準備もありますので、今月中は屋敷に留まります。ですので、”もう一人の娘”にはこの件内密にいただくようお願いいたします。口が軽くてはしたないので。」
そう言うとレオナードは苦虫を嚙み潰したような顔をして、カップに入っていたお茶を飲みほした。
溜息をひとつ吐き、クラウディアを見やった。
「私は娘のお前に何ひとつ父親らしいことをしてやれなかったが、これだけは信じてほしい。お前は私の大切な娘だ。だからせめて、旅立つ日には見送りをさせてくれ。」
その言葉に、今度はクラウディアが苦虫を嚙み潰したような顔をしたが、お茶をもう一口含みソファを立った。
「急なお呼び立て、失礼いたしました。お気をつけてお帰りくださいな。」
レオナードにそう言って、応接室を出た。