クラウディア_1
誰もが見惚れるほど美しいカーテシーをして、クラウディアは静かに広間を去った。
広間から出て数歩進み、窓から見えた青く澄み切った空を見つめ、小さく息を吐いた。
まるで、肩に乗っていた重石が一瞬で降ろされたような気分だった。
新たに自身に課せられた責任は重いが、これまでの苦労を思うとなんともなかった。
廊下をすれ違う女中たちが、すれ違う度に頭を下げ、その美貌に圧倒されていた。
クラウディア様よ、クラウディア様だわ、そんな声があちこちから聞こえてくるが、当の本人はとっくに慣れていた。
「お待ちなさい、クラウディア嬢」
和やかな雰囲気を一掃するような、低く貫禄を伴った女性の声にクラウディアの足が止まる。
振り返ると、そこにはもう7年ほどの付き合いとなる教育係のマチルダ夫人が仁王立ちしていた。
華やかなレースの扇子で口元を覆っているものの、その表情は明らかに怒り心頭だ。
「マチルダ夫人、ごきげんよう」
「聞いていませんよ、クラウディア嬢。あなたが帝国に嫁ぐなど!」
「わたくしも先ほど陛下より伺いました。本当に驚いております。」
自身も今さっき聞いたことに対し、聞いていないと怒りを露わにされクラウディアはため息を押し殺した。
「何故断らないのです!あなたは王妃となる方ですよ!そのために今まで教育を受けてきたのでしょう!」
あまりにも身勝手な言いぐさにクラウディアは頭痛を感じながらも、口元に薄く笑みを浮かべてこう言った。
「あら、夫人ったら可笑しなことを仰るわ。陛下による王命を断れなどと、不敬ですよ。それに、ご心配なさらずとも、夫人から受けた妃教育はきっと帝国でも活きることでしょう。」
そう言い切ってカーテシーをし、夫人に背中を見せその場を後にした。
マチルダ夫人はそれでも引かず、城内にかかわらず大きな声でクラウディアを再度呼び止めた。
「お待ちなさい、クラウディア嬢!!!」
その声に再度足を止め、今度は夫人に聞こえるほどのため息を吐いた。
「そろそろ帰らせてくださらない?馬車を待たせているのです。これから父にことの詳細を伝える必要がありますので、これにて失礼いたしますわ。」
ひどく冷めた瞳でマチルダ婦人を見やり、夫人が怯んだ姿を見て口の端をにやりと上げた。
「改めまして、7年間大変お世話になりましたわ、夫人。もう二度とお会いすることはないでしょう。」
さようなら、と再度完璧なカーテシーを見せてクラウディアはその場を去った。
夫人に背を向け、再び歩き出し通い慣れた城を出た。
待っていた馬車に乗り込み、帰路を急ぐ。
車窓から見えた青空を見て、クラウディアはまた晴れやかな気持ちになった。
「大丈夫、神様は味方してくれているわ。わたしは幸せになれるのよ。」
小さな小さな声で、青い空を見つめてそう独り言をつぶやいた。