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「つかれた……。ちょっと、俺は疲れた……。どう落とし前を付けたものか。」
「お前が分裂して侵入者全員叩きのめせ」
全員げっそりして、ようやく家から出られた。解決するまで話すことはないとのことでむしろ追い出されたのだが、どちらかというと解放されたという気持ちが大きい。通りを吹きすさぶ風に安堵するほどだった。まだ昼間だったが、このあたりにはあまり野次馬精神の強い住人がいないようで静まり返っている。建物出口でたむろしている俺たちの声と風の音以外何も聞こえない。
「すごい。名案だ。さすがフェルミドール・アレルシュタルト。エンデ、頼むよ。エンデュミオン、出てこられないのか?最悪何も解決しなくていいから顔を見せてほしい。起きてはいるんだろ?」
応答なし。
「ところで誰なんですか!?エンデュミオンって!?全部その人のせいじゃないですか!どうして的確に隔壁の弱点を突くんです?知っての通り、あれは残存数、攻撃された位置、そういった情報を元に自己修復、攻撃を行う、素晴らしい防犯システムなんですよ!」
「そうなのか……」
兄貴の後輩が目を丸くした。勢いづいていた口調がやや弱まる。
「ど、動力不足になったら重点部分以外を喰ってそっちに動力を回すなんてことも可能な……全部いっぺんに壊されでもしない限りは完璧に動作する壁、……’’完璧’’なんですけど。」
げっそり具合でいえばそれほどでもない兄貴の後輩の女性。うろたえていようが、言おうと心に決めていた洒落は言うらしい。
城にいれば普通知っていることを知らない俺が悪いだろう。エンデがすべて悪いわけではない。おそらく。
「エンデのことをあまり悪く言わないでくれ。」
少なからず俺の監督不行き届きだろう。
「なあ、クレフ。騙されてるんだよ。魔法兵器だろそいつ、人間の敵だよ。そのエンデとしゃべったことあるの、お前だけなんだよな?」
騙す?騙すとは何だろうか。何を目的として、どういう方向に俺を騙したというのか?兄を見てフェルミを見る。フェルミもエンデと会話したことはある。
「……私がしたのは挨拶だけだ。」
「エンデは、こんな小さい裏切りをするような奴じゃない。そんなのする必要もないさ。」
何せやろうと思えば世界を破壊できるやつだ。俺を騙しても面白いことはない。面白くないことを面白くないとわかりながら実行する奴ではあるが。
「小さい裏切り?このくそったれな事態が小さい裏切りだって?わからないな。なんで魔法兵器の肩を持つんだ?」
兄はひきつった笑を浮かべた。やや早口だ。苛立っている?隔壁を壊した以外のこともエンデのせいだと考えていそうだ。
「あいつらのすることに意味なんかないだろ?お前は結構戦ってきたんじゃないか?あれはただちょっとデタラメ喋って破壊を楽しむ化け物だよ。憧憬の魔法使いを名乗るのだって意味が分からない。」
魔法兵器について色々話には聞いているが、実際俺が今までにかかわった魔法兵器はヘレネとエンデと、ルキの3人だけだ。そして彼らは今までに聞いている魔法兵器のイメージとはあまり一致しない。一体どちらが正しいのだろうか。俺はどちらも正だと思っている。が、仮にどちらかが嘘なのだとしたらエンデの態度の方だろう。
「やめろ。疲れているから、俺がほんとにおかしいような気がしてくる」
全員まともに会話ができたのはエンデの影響下にある状態でのみだ。例えば彼らがエンデの操り人形で、エンデが俺を魔王だの1700年前だのなんだのという作り話で騙そうとしていたら?ずいぶん大がかりだ。そんでもって出来が悪い。救いようがない。あり得ない話ではないのかもしれない。が、正直もうそれでいい様な気がしている。俺に構ってくれてありがとう。俺は結構楽しい。それだけだ。
「じゃあ、おかしいんだよ!目を覚ませ、魔法兵器をアテにするのは……俺は、俺は絶対に反対だからな。」
兄貴が叫んだ。通りに声がこだました。うるさいな。
「エンデはそういう奴じゃないさ。」
全部嘘だったらエンデを切り殺そう、もしくはあいつの光線で焼かれて死のう。頭の中にやたらと楽し気に暴言を吐いて殺し合っている俺とエンデが浮かんだ。そんなに仲良くない。起きるなら後者の方がいいな。考えることがずっと少ない。
「じゃあ、兄ちゃんはお前に協力しない。」
「結構だ。」
まあ、エンデは嫌なやつの時もあるが信用している。彼はまだ人間が許されるべき存在だと思ってくれているから。それだけで俺は自分のことを許さなくて良くなるし、救われるのだ。
「どうせ俺はあいつなしでこの件について何もできない。あんたの協力も必然的に不要だ。それに、今更出てきて、兄ちゃんだ?誰だよ。気持ち悪いな。何年ぶりだ?10年?もっとか。使えないゴミを定期的に送ってくるだけで顔もほとんど合わせなかったじゃないか」
意外と恨み事が出てきた。ある程度兄貴に助けを期待していた時期があった。それを引きずっているらしい。俺が勝手に引き起こして、勝手に被害を受けた事態で助けを求めるのもどうかと思うが、幼かったのだ。
「おい……」
フェルミが慌てて止めにはいった。
「は、ハ!血縁より数か月仲良しごっこした魔法兵器が大事だって!?話にならない。せいぜい後悔しろよ。……知らねえからな。」
彼は叫んで、震えるこぶしをやり場がなさそうに振り下ろして踵を返した。殴りたきゃ殴ればいいのに。今となってはエンデのほうが大事だ。血縁なんてあってないようなものだし、どうでもいい。放っておいても何にもならない関係だ。今さら注意を払う必要はない。なるようになれ。
「わ、先輩待ってくださいよ。」
……追いかけるのを3歩程度で諦めたらしい女性がすぐに戻ってきた。
「ウケる。めっちゃ速足なんだけどあの人。あの……クレフくん、ごめんね。なんであの人あんな怒ってるのかわかる?」
返事をする気になれない。存外疲れていた。
「クレフくん?」
「……」
「レインハイム領の壊滅原因は魔法兵器だ。襲撃で生き残ったのがコレと、アレだ。大方それが原因だろう」
コレは俺のことで、アレは兄のことだろう。だからなんだ。助けてくれなかった兄と、俺を望んでくれている化け物だったら俺は化け物の手を取る。
……「助けてくれなかった?」奇妙だ。俺は助けなんか求めていない。助けなんて求めていないし、手を差し伸べて欲しいとも思っていない。それは今の話だ、昔はそうじゃなかったと思う。何があったんだったか。さっきから似たような感想が頭の中をめぐっていって気持ちが悪い。求めていない物を相手が差し出してくれると期待して待つのは実に愚かだ。兄貴を責める理由はどこにもない、大体何から助けて欲しかったのかさえ覚えてない。悪いのはどこまで行っても俺だ。いや、これは不毛な自責だろう。何を責めているのかすら判然としないのだから。でも多分俺が悪かったんだ。何に対して?自分で何とかするべきだ。そして、俺にはその力がある。
「おい」
実際なんとかなったらしい。助けなんて必要なかった。傲慢か?そうだろうか。俺は獲得した。多くの人間から色々なものを奪って、今ここにいる。分不相応な地位に。なぜ?こんなものが欲しいと望んだことはない。すべてを手放したいと考えている。どうしてこんなところにいるんだろうか。今は俺が悪いのか?こんなことを考えている場合ではない。誰かに許してほしいが、そんな風に考える自分が許せない。生きている以上適切な進歩があって、誰かの役に立つべきだ。俺が考えていることは何の役にも立たない。解決しようがない。だから忘れたんだ。だが覚えていないせいで、何を戸惑っているのかよくわからない。奇妙な部分に立ち止まって進まない俺を許してほしい。エンデはきっと許してくれる。俺の事情なんて関係ないからだ。そうでなくても人間全体を許してくれそうだ。
「おい、落ち着け。貴様、今かなりおかしいぜ。頭ん中以外も。とりあえずこっちを見ろ。おーい、ぼんやりするな。目の焦点を合わせろ」
「……」
フェルミが耳飾りをいじっている俺の手を乱暴につかんで降ろした。見えてない癖によくもまあ俺がぼんやりしているのを察知するものだ。……。なるほどそういえば頭の中覗かれてるのか……。視線をおろす。フェルミはごく不機嫌そうな顔をしていた。舌打ちされた。溜息までつかれた!よくあることだろ。
「一人にしてほしい。エンデと話しがしたい。」
「ああ。そうだな。置いていくなだの、一人にしろだのと忙しい奴め。ほっといてやるさ。だが、あの兵器を庇うならせめてお前が正常に見えるよう繕うことだ。……また後でな。」
「……ああ。」
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「え、あの人本当にひとりにするの?絶対ダメだよあれ。お姉さんダメだと思うな!えっと、アレルシュタルトさん……聞こえてますか?」
「煩い。」
「え、こわ。ほ、放っておきましょう。素晴らしいアイデアですね!えと、ど、どうしよっか。先輩と合流して何か考えないと」
「一任する。では」
「え?単独行動?嘘。だめだめ。危ないよ。うーん、執政官代理だって?すごいんだろうけどさ、君たち。それに勇者さんにいう事じゃないと思うけど!危ないよ。今非常事態なんだから……」
「黙れ。以上だ。さっさと失せろ」
「あ、はい。あ、ええ……?足はや……。そっちが失せるんだ……どうしようかなぁ……」




