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現状:地元に戻ってきたら災害が起きていたので何がどうなったのかと右往左往している。とりあえず幼馴染が偉い人と対策中だと言うのでそれについていくことにした。
殆どただの民家だ。(確実に誰か死んだであろう量の血痕のある広めの民家だ。)すえた血と油、発狂者が発する特有の油粘土のような匂いがふとした瞬間に鼻腔をつっつき、集中を削いでくる。
「動力プール漏洩事故から75時間経過。漏洩復旧、動力復旧するも、原因は公開できない状況。市民の死者数不明。重傷者数不明。行方不明者数不明。執政官1名行方知れず。機関内の死亡者数はみなし16000名。詳細不明。現状搬送および収容可能な医療施設なし。いずれも受け入れ拒否状態。本日12時をもってここヴェルギリアは閉鎖され、西方と北方各都市に非汚染が確実な人間のみ避難することになっている。非汚染者かどうかの判断は現状不可能」
「アレルシュタルトの僕ちゃんさ、漏洩復旧は確か?というかそれ何時?記録している?そーんな簡単になおるもんじゃないと思うけどね。何をしたのさ。」
直前の発言者は技術研究部門長だ。(執政官だが、以前の名残か技術研究部門長と呼ばれている。)場違いな白いドレープたっぷりのドレスを着て机に頬杖をついている。
否。彼女はドレスを着てはいない。装いがおかしいのであればよかったのだが、ドレスに見えるのは下半身そのものだ。
よく肥えた蜂の巣のような白いドレス状の何か(発狂者特有の肥大化し、白化した有害物質)が腰から下にかけて広がっており、彼女は床に縫い付けられている。誰もそのことについて言及しないので、俺も控えている。この家は技術部門長の家で、意見を求められている執政官たる家主は発狂しかけており、動けない。それがこんな街中のただの民家が会議室に選ばれてしまった原因であり、召集された面子が大したことない理由である。
アレルシュタルトの僕ちゃんは少し苦々し気に顔をしかめてから、付け加える言葉はないといった風に黙ってしまったので、俺が代わりに動力復旧についてと今までしていたことについて伝えた。部門長はふーんとだけ言って考え込んでしまった。
みんな黙ってしまった……。
「ん。これは部門長黙りのターンだな。存分に黙るだろうしちょっと違う話するか。……下町の様子も見たけど、やっぱり一番打撃を受けたのは城ってか魔法棟かな。南門側は状況把握ができないが、何かは起きたらしいって程度の認識の住人が大半。避難不可能となったら相当荒れるぜ。正直。」
新規発言者。技研の人間だ。にやにやこちらを見るのをやめて欲しい。
「下町の様子を見た……?地区の隔離網を超えたのね?一人のそういう軽率な行動が全体の混乱を生むんですよ。レインハイムさん。どうせ彼女ちゃんたちにでも会いに行ってたんでしょう?!」
「違うってぇ。……へっへっへ。それから、レインハイムはこの部屋に二人いるんだ。名前で呼んでくれよな。俺の真面目な弟が要らん濡れ衣着せられかねないからさ」
「この流れで誰が勘違いするんですか!」
室内にいる部門長ではない方の女性が机を強くたたきつけてから不服そうに腕を組み、はっとしたように俺に向き直った。
「弟……?あ、ごめんね、え?弟さん?先輩弟居るの?君がこれの弟さん?似て……似てるね?」
その後ろで……兄……が「これ呼ばわりか~い!」とわざとらしく突っ込んだ。
「兄がお世話になっております」
とりあえず会釈。なんで兄貴がいるんだろうか。今すぐ席を立ちたい。
「いやいやいや、お世話してるのは俺だから!こいつは後輩で!俺が先輩なワケ。で、名前で呼んでくれないの?」
「ちょけてる場合か?」
フェルミがほとんど俺にしか聞こえない声で愚痴を言い、俺に肘鉄を食らわせた。「俺はちょけてない」と反論しようとしたところで、兄がフェルミに目をつけちょっと立てとジェスチャーをした。
「や~、フェルミドールくんもでっかくなったよな~ハハハ、兄ちゃんと同じくらいじゃねえの?」
フェルミが逆らえなさそうにおずおずとおとなしく立ち上がって背比べに応じた。何歳のつもりだ。
「あ、はえーこれがフェルミドール・アレルシュタルトですか。え?本気で言ってる?じゃあ、弟君ってクレフ・レインハイム……?うわーしくじった。あーそういえばレインハイムだわ。はーん……。殺してください。先輩、命だけはお助けを。執行官代理席と親族なんですか先輩。なんで言わなかったんですか!?殺しますよ!」
「ハハ。あ、部門長考えるの終わりましたか?」
兄がそういって初めて部門長が俺を凝視していたことに気が付いた。俺は今すぐ窓から出て行こうかと思っていたところだった。
「……」
返事がない。目をかっぴらいたままの部門長が微笑を浮かべてこっちをみている。
「すみません。」
いたたまれず謝罪する。
「いいよ。」
良かった。
「……この状況じゃ次会う時には全員発狂死しているかもしれないからねえ。レインハイム弟君も肩の力抜いたら?暗いよ顔が。いつでも暗いか!」
頬杖を突いたまま、赤髪の女性、技研部門長がヘラヘラ笑った。依然として居心地が悪い。
「それで、うーん本題だけど。」
部門長が切り出して、各自席に戻った。
「隔壁壊しちゃったんでしょ?君が。君と憧憬の魔法使いが。大変だったんだよ?閉鎖するの。どうするつもりかな?」
「漏洩が復旧したのなら、城内はそれほど危険じゃないのではないですか?発狂者が沢山なら皆好んで入ろうとしないだろうし。隔壁がなくなったことってそんなにまずいんですか?」
兄の後輩が納得いかなさそうに首を傾げた。
「それもわからないなら君ここにいる意味ないよ。」
部門長は微笑を浮かべたままそういって口を閉ざした。後輩の女性はしょぼくれた顔をした。俺も帰っていいだろうか。
「入ったら危ないから閉じたんじゃない。そもそも入られたくないんだよ。機密も、火種もそこら中にあるからな。城は死んでも機関は生きなくちゃいけない。まあ、だから都市ごと閉鎖するんだ。情報持って逃げる奴が出ないようにな。汚染対策とか言ってるけど、本命はこっちだろう。とんでもないフローがあったもんだぜ。あり得ない事故だからか、ろくな対策がされてねえ。こっちとしては従うしかないんだがね……」
と兄。
つまり、隔壁があれば城下ごと閉鎖する必要性はそれほどなかったと?いくらか違和感がある。中にいる指導者もろとも死んだらその後権力を引き継ぐ傘下都市にばかり利益がある。中央の人間がそんなルールを作るだろうか?絶対に要人は生き延びる仕様にしていそうなものなのだ。
いずれにせよ、今は都市を封鎖する事になっている。エンデ、出てきてくれ。お前が砂にした隔壁はかなり大事なものだったらしい。……フェルミだって幾らかの隔壁には穴をあけていた(本人がやったのではないにしろ指示はしただろう)それは問題にはならないのだろうか……。横目で見る。睨み返された。
「魔法で汚染されていたのだって、結構不幸中の幸いだったんだよ?ほら、死にたくないやつは城に入らないっていうのはその通りだし。どうしようね。復旧しちゃったよ。ちなみに君どうせ発狂者かたっぱしから始末してるでしょ。動くやつは殺さないと気が済まないよね。あれ?君って確かそういう人だったよね?君のおかげで今、城はとーても入りやすいわけだ。」
「……」
冷や汗出てきた。
「やらかしたな、わが弟。どんまい。まあ、希望があるとしたら認証機能とかだけど、結構長く動力停止してたし、正常に作動するかは確かめてみないことにはってとこかな。ん~、動くと思うぜ?多分?でも普通に破壊できるな。それに破壊しなくてもそこら中に認証用に使える抜き身の剣やらなにやら落ちてるわけだし。……兄ちゃんどうするか一緒に考えてやるからさ。元気出せよな」
背中をたたかれている。不用意に触らないでほしいが。
「これについては私も情報共有しなかった点で少し……悪かったかもしれない。隔壁を破壊することは想定内だったが、まさか、まさか全部だめにするとは。」
フェルミが気まずそうに口を開いた。思わず俺が何かやらかした時、どんなにこいつが悪かろうが自分に非があると発言するフェルミドールを見たことがなかったので非常に驚いた。
とにかく、まずいことをしたのは分かった。が……。
「俺ではどうにもできない、です。エンデの助力が得られなければ……」
「エンデ?ああ、憧憬の魔法使いね。なんで居るわけ?そもそも存在するわけ?ローレンツ君がなんか言い出した時は頭おかしくなっただけだと思ったけど。まあいいや。いることは認めてあげよう。話進まなさそうだし。それがいなきゃ隔壁砂にするなんてできないからね。で?」
「応答ありません。」
「応答がありませんじゃないよね?してもらわなきゃ困るよね。え、君はなんも出来ないんでしょ?」
席を立って窓から逃げたい気持ちでいっぱいだが、椅子に縫い付けられたように体が動かなかった。




