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「目線が高い……。」
視界一杯になりそこないが映る。意識が落ちたことでようやく乗っ取りに成功した。僕が封鎖の魔法を解いてしまったせいで起きた事態だ。僕が収拾をつけなければならない。
「無駄に汚染に強いし、魔法の感度が低すぎるし。全く。」
悪態をついている場合じゃない。乗っ取りのために消費する魔力を体内の汚染で代えるのにはなんとか成功した。が、動けるのは2分が限界。それ以上動いたり、魔法を使ったりすればクレフの生命を削って殺してしまうだろう。今、僕の魔法は不安定すぎて使えない。さっきもただ目の前の扉を開けたかっただけなのに、全部砂にしてしまった。エウクライドを壊してから、夢は再構築されていない。もう祝福は使えない。それを言いそびれていたから、自死を選ばない様に思考に介入していた。判断力が低下していたはずだ。僕が何とかしなければ。
「手間のかかる……。」
体の中身のあちこちがズキズキ鈍く痛んでいるが、魔力汚染による機能障害さえ解消できれば、組み付きは何てことなくて拍子抜けする。思ったほど大変じゃなさそうだ。掴まれていない左手で短剣を握って、胴を掴んでいる腕に突きさすと、「ぎゃあ」と鳴いて目の前のなり損ないはクレフから手を離した。
落ちる勢いを利用して、腕を引っ張っている個体に体をひきつけて逆上がりでなりそこないの暴れる肩にまたがる。別の剣を抜き、クレフがいつもやっているのを真似して首をはねた。高さを利用して、近くにいた2体を同じように処理する。体の中に色々あってすごく奇妙な感じがする。中身が動いているぶん、ルキの時より変に思えた。
「勝手に体が動く。立っていてもふらふらしない。……。」
あと2体。まだ30秒くらいしか経っていない。すごく強くなったように思えた。まあ、僕の方が強い。人間を、非魔法使いをうらやましがるなんてありえない。
「君たちもそう思うだろう。」
残った2体が顔を見合わせた。
「やっぱりそれ、君の人間だったか。なんかいい感じだよね。僕らも欲しい。でも、なんでそんなに必死なんだい?エンデュミオン。」
声は響いたが、口は全く動いていなかった。
「いいよもう人間なんか。僕らや魔王が何かしなくたってきっと勝手に滅ぶ。君の悪あがきは僕らを苦しめるだけだしさ。君は誰の味方なんだい?」
「……。なり損ないに聞いた僕が馬鹿だったよ。僕たちのうちの誰でもない君たちが、僕らの言葉を語るな」
あの子たちなら、内心どう思っていようと僕にそんなことは言わない。2体のなり損ないが、膝をついた。
「でも僕たちは、混ざった君たちからできている!」
嘲るようにそう言った。
「刎ねなよ。僕らは簡単に死ねるんだ!人間と同じようにね。」
挑発的な視線がこちらを見上げた。「君たちよりよくできている」と言われているように思えた。
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「俺は何をしていたんだ……?」
頭を抱えた。服についていた白い破片を払って、何をしていたのか思い出そうと首をかしげるが、一向に思い出せない。振り返ると、部屋の内側に5体の発狂者が地に伏しているだけで、他には何もなかった。元々倒れていたんだろうか。ここはプールから最も近い部屋だから、白化後の負荷に耐えきれずにああなったのかもしれない。
中に入ろうと思ったのだが、直感が警鐘を鳴らした。なぜか吐きそうになって、やや喉が痛んでいるのに気が付いた。見たところカイエはいないし、昇降機はこの階に戻ってきているので動力プールに人がいることも多分ない。ここに入る必要はないだろう。
なぜかわからないが、喉以外に関しては妙に調子がいい。首を傾げた。
少し部屋から離れて、階段に腰かける。なにか考え途中だったことがある気がする。
気になって靴についている封鎖扉だったものの粉を払う。毒沼が拭いてもなかなか落とせなかったから、思い切って靴を買い替えようと思っていたのに、それどころではなくなってしまった。発狂者の出す粘性の何かをいつの間にか踏んでいたのか、粉もなかなか落とせなかった。指にねとついた何かが付着してしまった。ハンカチで拭ったが、拭ったハンカチを再びポケットにしまう気にはなれない。
どうしようかと、ハンカチを手に持ったままうろついていると、積みあがった扉の粉に、俺の足跡が残っていることに気が付いた。
つまり、扉が粉になってから俺がそれを踏んで中に入ったということだ。中で何かあったのかやはり思い出せなかったが、なんとなく悪寒がした。
それでも行動の前後関係を思い出したことで少し頭がすっきりした気がする。
「扉……そうだ。扉だ。」
思い出した。封鎖扉が閉まったタイミングのことを考えていた。俺がこの扉について知っていることは、封鎖を解きたい場合、魔法を解除してからこじ開ける必要があるということだけだ。城内の様子から、恐らくは封じ込めのために閉まっているのだろう。だったら、プールで事故が起きたとき、早々に閉まらなければ意味がない。
唇をかむ。人差し指の先で階段を叩いた。
……プールの事故が起きれば都市全体の魔法がダウンするのではないのだろうか。理論上漏洩事故など起こりえないとは常々言われていたが、管理者であるローレンツ殿が事態を想定していなかったとは個人的に思えない。扉はプールとは別の動力で作動するように設定されていたのではないだろうか。だが、動力らしきものが思考に浮上することはなかった。エンデに解除できるものなのだから、魔法には違いないのだろう。
首を傾げながら息を吸った。
なにか違和感があった。矛盾する状況が起きているような、違和感があった。進展のないことへの苛立ちに蓋をして、時間を浪費することを厭わず、目をつぶって思考を続けた。その方が近道になるように思えた。
階段の横にある先行隊の痕跡を見上げる。下の階にくらべて人数が多いのは、単純に階と仕事が多いということもあるだろうが、それにしたって多すぎる。恐らくは護衛対象がいたのだろう。鐘で増幅されたカイエの魔法を解析するための人員。……戦闘魔法以外を専門としている人間はしばしば非力だ。先行隊については、その人物が扉の魔法を解除し、護衛の人間が扉をこじ開けたというのが考えやすい。カイエには魔法はどうにかできてもこじ開けるだけの力はないだろう。もしかしたらその辺の発狂者を操って可能にしたかもしれないが、やや不可思議だ。違和感は扉についてのことだ。
階段を数段登って、数段降りた。
まず動力プールの事故が起きる。ある程度の避難が完了した後、封鎖扉が閉まる。
ここまでは間違いないだろう。先程の廊下では歌の影響を受けず、逃げ惑ったのだろう人々が扉に折り重なっていた。
次にカイエが城に入る。鐘のあるこの棟の最上階に向かった。少なくとも彼女の通り道の封鎖扉はこの時点で開かなければならない。
そして、調査隊が城に入る。フェルミは、動力プールにほど近い場所以外の捜索は完了したと言っていた。
カイエの通り道に痕跡があればそれを追うだけでよい。リスクを伴う城内をくまなく探す必要はない、愚行だ。フェルミが不必要にそれをするとは思えない。
だから、彼女の痕跡はどういうわけか残らなかったと考えた方が良いのではないだろうか。違和感の正体はこれだろう。フェルミがもう少し会話を続けられる状況だったらと思わずにはいられなかった。
奴はいつもなら俺が城に行くのを止める側の人間だ。壁には撤退の印が刻まれていることから、先行隊に鐘と魔法の調査以外はさせなかったらしい。妥当だ。適当だが、いたずらに被害を拡大させるような人間ではない。鐘調査以降のカイエの捜索は多分、奴が個人で行ったんだろう。彼は魔法にもそれなり以上に詳しく、扉の解除魔法についても事前に知っていた可能性が高い。当然こじ開けることもできる。そして、見つけたのは城内に取り残された正気の人間だった。
……ともかく一番奇妙なのは、カイエがどうやってか封鎖扉に痕跡を残さずこの棟の最上階まで到達したということだ。
ポケットに手を突っ込んだ。指先に触った指輪で手遊びをする。
「……」
なにか、思いついた気がする。ポケットから手を出して、人差し指にはまったそれを眺める。あまりにも白い。
絡まった思考が言葉によって整列するのを待っているような、気持ちの悪いような、全ての合点がいったような、昂りを感じた。手帳を取り出して、空白を探す。書ければどこでもよかった。
彼女がこの棟の最上階で魔法を発動したあと、多くの人間が城外に逃げ延びたらしいではないか。先程の城への出入りの情報には、彼らの行動が抜けている。当然、彼らが逃げるには扉が開いていなければならない。
それから、城内にまばらに残った歌を聞かなかった正気の人間の行動も抜けている。どうして彼らは自ら逃げ出さなかったのか。単純に逃げ出せなかった、扉が閉まっていたんだろう。寝ていた、気絶していたなどの理由で歌を聞かず、タイミングのずれが発生していたのであれば、他の人間と一緒に逃げ出さなかったのも頷ける。
この二つが大きな違和感の正体だったのだ。扉は奇妙な動きをしている。出来事の正しい順番は、
1事故が起き、封鎖扉が閉まる。
2封鎖扉が開き、カイエが城内に入る。歌を行使し、人を逃がした。
3扉が閉まり、その後フェルミを含む調査隊が城に入る。
記述して、おかしな箇所がないか整理する。
2で扉が開いても発狂者が外に出なかったのは歌で沈静化されたからだろう。そしてこれなら彼女の痕跡は残らない。
気になるのは、城に入った時点で扉が開いていたのなら、扉を開けたのは彼女ではないということだ。
だが、この都市には、先程エンデがして見せたのと同じように扉をどうにかできるかもしれない存在が、……彼女に関係する魔法兵器がいる。予備のプールに。
ヘレネという名前が付いた、アシュハイムの主が。行くべきはそれのいる場所だ。
手帳を閉じて、歩みを進めた。




