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「連れてきました……、指示通りここに置いておきます」
結局、連行されることにした。犯人の面をどうしても拝む必要があった。
容疑の内容には正式発表されていない「動力プールの事故」という情報が含まれていた。正式発表されていない筈の情報を罪状に入れてそれなりに信頼される情報源、そして、法外とも言える懸賞金を設定可能かつ、監視官の情報に通じている。となると、恐らく機関内部の人間。それも役職者だ。知り合いでなかった場合リスキーだが、騒動について詳しく知ることが出来るかもしれない。利がないわけではない。
冷たい床と接している膝が痛い。頭に麻袋のようなものを被せられ、両手を後ろに縛られたままここに連れてこられた。門番はさらに俺の両足を仕返しかと思うほど容赦なく結んだ。作業を終えたのか俺の背中に触れて、去っていったようだ。戸惑い気味な、後ずさりするような足音が遠ざかっていった。
ここまで厳重だと抵抗するのが少々難しいかもしれない。ここ最近拘束されることが多い気がするが、今のところ今回が一番きつく縛られている。軽く足を動かしてみるが、びくともしない。
歩いた距離からして、恐らく今東門か西門のあたりにいる。時刻と日当たりから考えて恐らく東門だろう。門番が俺を置いていなくなったのは、隔離地区に留まることを恐れたからではないだろうか。足裏にやや歩きにくさの伝わる石畳から、それほど都市の中には進んでいないだろうと見立てている。
放置されたまま周囲に動きがない。カラカラと、枯れ葉がその乾いた固い端で石畳をひっかいて鳴らした。つられたように数枚の落ち葉がつむじ風に煽られる音が続いた。いまだ、動きはない。
目をつぶって待っていたからか、すごく長い時間に感じられた。目の前で扉が開いた音がして、それから複数人の足音が俺の前で止まった。
靴底のような硬い何かが俺の頬に当たって、そのまま麻袋をずり上げた。ただでさえ目の粗い袋が強い力で顔にこすりつけられたので、皮膚がヒリヒリした。視界は半ば麻袋で覆われたままだが、それでも十分に前が見えた。今頭頂にある圧力は正しく、靴底のようだ。片足を俺の頭に乗せたまま、やけにぼんやりした薄暗い緑色の目がこちらを見下ろしている。
「遅い。」
不愉快な状況とは裏腹に、安堵感に胸をなでおろした。ほっとしたのをため息でごまかした。結局のところ、俺はこいつがいることを前提に動いているので、いなくなるなんてほんの少しも考えたくない。
「俺を呼び出すのに逮捕状を使うなと言うのは何度目だ」
「3度目だ。数も覚えていられなくなったか」
「足をのけろ。フェルミドール」
足音からしてフェルミの後ろに2名いたはずだが、居た堪れなくなって去ったか、姿が見えない。
とっ捕まった甲斐があった。再会を喜ぶ前に踏まれるとは思っていなかったが。
「監視をふり切った貴様が造反者にならないように、私がどれだけ手を焼き、そのせいで後手に回った物事がいくつあると思っている。」
「それは申し訳ないと思っているが……」
ようやくフェルミが足を下ろした。ずり落ちてきた麻袋が再び視界を覆った。
「あの灰色のちんちくりんは?どこに行った」
エンデのことだろう。フェルミが周囲に目線を配った。
「知らん。どっか行ったが、その辺にはいるだろう。そうだ、カイエはどうした。死なせてないだろうな」
流石のフェルミでも、面倒を見ておいてくれと頼まれた人間を死なせてここまで高圧的ではいられまいと安易な予測を立てた。
「まだ生きている。……その話をせねばならない。」
が、その予測は打ち砕かれたように思えた。
フェルミが背後に回って屈んだ。俺の腕を縛っている縄を掴んだまま立ち上がって歩き出したので、縛られた足を引きずったまま引っ張られる形になった。
「なんのつもりだ。お前も後ろめたいことがあるらしいな。ここまでされる謂れはないぞ。」
「話の途中で暴れられたら敵わねえんだよ。縛り直すのも手間だ。我慢でもしておけ」
「この状態でも暴れられるぞ」
「蹴倒されて寝てる間に話を済まされたいらしいな」
フェルミは扉を開け放つと、俺を乱暴に室内に押し込んだ。東門の出入り口付近に門番の詰め所があったことを思い出した。おそらく今はその建物の中だ。寝転ぶには広すぎるが、走り回るのには適さない程度の広さで、確か城壁の外を覗く窓が2つか3つほどあるはずだ。ごく最近まで仕事以外の用途で人が使っていたらしいことが、麻袋の匂いを貫通してくる燻製肉の独特の匂いでわかる。
「なぜ今焼肉を?」
「私に聞くな。ともかく、現状についてお前の関心事になりそうなことは以下の通りだ。カイエゲルダは封鎖区域で消息を断ち、動力プールは漏洩を起こしていて汚染への対策責任者であるローレンツが対策ごと消息不明、3本釘のうち2本が盗難され、いずれも行方不明だ。」
改めて愕然とする他なかった。何が起きているのだろうか。この都市を支える岩盤が全て粉々に砕けて、混ぜ合わせられているような、もう何も元には戻らないと囁き続けているものは何なのだろうか?
「……彼女がいなくなったのはいつだ。」
口でこそ疑問を述べることが出来たが、あまりにも突拍子がなく、全て嘘なのではないだろうかと夢想した。視界を覆う麻袋をとれば、何もかも元通りの世界になるのではないだろうか。
「4日前だ。城内の動力プールが異常を訴えた時、私と一緒にいたから城下に避難させたが、その日のうちに拡声器を持ち出して逃亡し、城に戻った。都市全体に歌が響いて、その後正気の連中が城から、避難所やらもろもろの施設に押し寄せた。この異常時に暴動が起きていないことも含め、状況から広範に魔法が行使されたのは間違いない。魔法の影響が途絶えていないことから、彼女はまだ生きているのは確かだが……それ以上のことはわかっていない。」
……拡声器は確か階級検査の時にも彼女が使った魔法具だ。あのとき、検査に出さなければこんな無茶は思い付かなかったに違いない。
途轍もない後悔が押し寄せた。いや、そんな魔法具がなかろうと駆け出していそうではある。彼女は正しいことをする。無謀が無茶になっただけ良しとするべきか。違う。目を瞑っている場合ではない。
「どこまで捜索した」
「歌の影響で発狂者も沈静化している。プール周辺以外は捜索済みだ。なんらかの理由で歌を聞かなかった連中を何人か救出した以外に収穫はない。魔力を使い果たしてしまっているのか、探知には引っ掛からなかった。あの魔法の効力の期限は」
「4日だ。」
「意味はわかるな」
彼女の生死がはっきりと把握できるのも、都市内で暴動が起こらないのも、発狂者が大人しいのも今日までということだ。
……城内には食料と水の蓄えはある。生き残れる見込みはあるが、問題は汚染だ。最悪、発狂していたら彼女を処分することになる。床に額を押し付けた。麻のゴワゴワした表面が顔に刺さるだけで何も良いことは起こらなかった。
「あの女は喧しい鐘の音を増幅させている魔法をも利用したらしい。刻限は0時だ。別の問題があって、私がお前に作ってやれる時間もそれまでだ。」
床になすりつけるようにして頭の袋を脱いだ。頭上に見えるフェルミがほんのすこし自失気味に笑ったように見えた。
「大丈夫か」
「魔法を浴びすぎた。発狂に関しては……多分手前で済んでいるが、視界のほとんどが欠けていて見えない。これ以上あの場所では動けんよ。」
フェルミは窓際の壁にもたれて崩れるように座り込んだ。項垂れたまま、気だるそうにナイフを床に滑らせ、蹴ってこちらに寄越した。こんなに憔悴したフェルミを見るのは初めてだ。喉につっかえて言葉が出なかった。俺が彼女をここに連れてこなければ、こいつが汚染の中で動くこともなかった。なんでこんなことに。悪いことじゃなかったはずだ。全部。
「ああ。何もできなかった。だが、……まっすぐここに来てくれると信じていたんだ。ともかく。帰ってくるなら私はそれでいい……」
フェルミが笑顔で天井を仰ぎながらぶつぶつ何かを言い始めた。
「なあ。やめてくれよ。発狂したら殺すからな」
くつくつと笑い声が返ってくるだけだった。縛られた後ろ手でナイフを手繰り寄せ、縄を切った。
焼肉をしたのはアルバルトです。




