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もう勇者やめる  作者: ぷぷぴ~
エウクライド
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カイエちゃん徒然記2

時系列的には徒然記1の後半部分の前日の話です。ややこしい。

 お手紙が来た。

宛がわれた広すぎる自室でとりあえず買った家具を配置しているときに一通の高そうな封筒が届いた。蝋で閉じられたそれの宛名は私で間違いなかったけれど、差し出し人が書かれていない。

ヴェルギリアで私にお手紙をくれる人に心当たりがなかったから、アシュハイムの人かなと思ってとりあえず開けることにした。ペーパーナイフなども持っていないから切って中を見る他なかった。


 ――――――――――

 

「茶会だ?」

「そうなの。日にちはまだ先なのだけれど、どうしようと思って」

 ゲールクリフさんがまだ帰ってこないから、フェルミドールが臨時で執政官代理なんて役を任されている。面倒くさそうに仕事をしている。本人はゲールクリフが保留にしている大事な仕事を保留にするだけの仕事、と言っていたけれど、絶対にそうではないと思う。勇者狩りの後処理で城の中では大混乱が巻き起こっている。

 他に人がいないのかしら、と疑念がよぎった。直属の部下とは言え、もう一人のクレフがアレなのだから二人はそこまでの要職ではないと思っていたし、代理にはもうすこし年が上の人が就くものだとも思っていた。

「はあ。面倒ごとに巻き込まれたな。」

 フェルミは興味がなさそうに返事をした。手紙に目を落とす。差出人不明、お茶会。これは「果たし状、劇場裏で待つ。」の類で、「調子に乗ってんじゃないわよ新人が」というお手紙かもと恐れていた。クレフはエウクライドというよくわからない場所に行ってしまったから、相談できる知り合いとなると残念ながらフェルミしかいない。

「誰からのお手紙かもわからないし、服も、作法もわからないわ……。」

「差出人くらいは突き止めてやる。手紙は今持っているだろ」

「あら。」

 相談に来たものの、協力してもらえるとは思っていなかった。

「んだよ。そのつもりで来たんじゃないのか?雑談なら帰りたまえ、見て分からないか。私は忙しいんだ」

 フェルミはこちらに向き直ると両手を広げてひらひら動かした。あまり忙しそうには見えない。

「あら。ありがとう」

 今日目が合ったのはこれが初めてだった。手紙を手渡す。

「ああ……なんだ。全く心配しなくていい。署名がないのはいつもの大ボケのせいだ。エルトアはわかるな?」

 封筒を見るや否やそう言った。念のためなのか特に断りもなく便箋を取り出して手紙の内容と、封筒の内側まで見始めた。デリカシーとか、そういった物はないのかもしれない。エルトアさんは、勇者狩りの騒動の時に少しお話をした人で、静かだけれど華やかで素敵な人だった。

「え、ええ。魔法部門1位の……」

「奴だ。服も作法も適当でいい。あの女はそういうのを気にする類じゃない」

 

 ――――――――――


 あくせくしている内に、当日を迎えてしまった。

 手紙に指定されていた場所は、機関の今は使われていないらしい古工房裏の庭園だった。古ぼけた印象の工房とは対照的に、お庭の方は手入れされていると一目でわかる。

それでも人が通常利用しない場所だというのはなんとなく寂れた風からも感じられる。工房は人が利用しない建物特有の暗さがあった。

 お庭は背の高い茎に青い花が沢山ついた香りの強い植物が植えられていた。建物も道も整然と直線の多いヴェルギリアの趣とは異なる感じの、こじんまりした、緑に沈んだような調和的な印象のお庭だった。

 時間よりも早く着いたつもりだったけれど、エルトアさんはすでにお庭にいた。奥まったところにある屋根と柱だけで出来たよくわからない建物(確か劇の大道具で作った覚えがある、パビ何とかだったか、ガゼボみたいな名前の、日除けのための……)に備えられた椅子に座っていた。遠くてよく見えないけれど、もう一人お客さんがいるみたい。

 エルトアさんが私に気づいたのか、ゆっくり立ち上がった。緊張を紛らわすために会釈をした。

「お久しぶりです。お招きいただきありがとうございます」

「ごきげんよう。突然お手紙を出してしまってすみません。署名を忘れてしまったように思うのです。ご迷惑をおかけしませんでしたか?」

 問題なかったことを伝えると、エルトアさんは安心したようにゆったり微笑んで私を席に案内した。

「ベルちゃん、こちらがカイエゲルダ様ですよ」

 様付けで呼ばれるのはこそばゆい。エルトアさんは私よりも立場も、多分歳も上だろう。ベルちゃんと呼ばれたのは、つやつやの黒髪の少女だ。以前に見たことがある。確かローレンツさんと一緒にクレフのお見舞いに来ていた子だ。

「ベルネフィッテです。お久しぶり、ですわね」

「ええ、お久しぶりです」

「あら、お知り合いでした?教えてくださればよかったのに」

「顔見知りという程度ですわ」

 エルトアさんが私のカップにお茶を注いだ。

「お菓子をたくさん用意しておいたはずだったのですけれど、ベルちゃんが結構食べてしまいました。ベルちゃん、後はカイエゲルダ様のよ」

「あの、エルトア様……。私、様付けは、恥ずかしいです」

「あら、ごめんなさい。私にも様は必要ないですよ。お菓子はお好きですか?自由に取って食べてくださいね」

 お菓子は食べたことがない。戸惑っていると、黒髪の少女がクッキーを3枚同時にとって「もぐしゃあ……」と音がしそうなほど唐突に食べた。口にぎゅうぎゅうに詰まって頬が膨らんでいる。ぽろぽろとクッキーの欠片が床に落ちた。

「ベルちゃん、お行儀が悪いし、食べ過ぎですよ。私がローレンツ様に怒られてしまいますからやめてください」

 と、ベルネフィッテちゃんが怒られたのを見て、気が抜けた。私も一枚貰った。

「魔法部門はそうでもないけれど、機関ってなんだかんだ言って女性が少ないですから。せっかく接点を持てたのだし、何かお手伝いが出来ればと思って、お誘いしたんです。」

 にこやかに笑って、淡い金の髪が揺れた。

 改めてヴェルギリアに来てからのことを考えた。困っていることはそれほどない。何不自由ないと言っても過言ではないように思う。エルトアさんは勇者狩りの騒動の時はお仕事だったからか、今は雰囲気が違うなと思った。緩やかにウェーブした長い金髪も豪華で近寄り難い印象だったけれど、今はやさしげで綺麗なだけに見える。恰好が制服じゃないからかもしれない。秋めいた落ち着いた茶色のドレスが似合っている。

「お姉さまをじろじろと見すぎじゃございませんこと?失礼でしてよ。」

 ベルネフィッテちゃんが、ようやくクッキーを嚥下したのか口を開いた。

「ごめんなさい。気にしなくていいからね……カイエゲルダさん」

「カイエで構いません」

「じゃあ、カイエさん。」

 ベルネフィッテちゃん怒られるとむくれたように頬を膨らませた。彼女はエルトアさんのことを慕っているようだ。

「私、魔物と対峙したことがないのですけれど、やっていけるか心配になってきました」

 エントから帰ってくる道中ではクレフが全部倒してくれた。正直、彼と同じように動けるとは思えない。

「怖いですか?」

「……はい。」

「怖いと思っている内は大丈夫ですよ。慣れてからが危険です。低級に逃げられてしまう私たちのような魔法使いだと襲ってくるのは強い魔物になってしまいますからね。不安だったら一緒に行きましょう。いつでも呼んでくださいね」

「お姉さま、甘やかすのはよくありませんよ」

「ベルちゃんは戦わないでしょう?甘く見られては困ります。」

 ベルネフィッテちゃんはしゅんと肩をすくめた。

エルトアさんの提案は魅力的だった。彼女は魔法部門の一位だし、実力は折り紙付きだ。

機関にとって厄介な魔法を持っていると戦闘経験の浅いうちに故意に強力な魔物のもとに送り込まれることがあり、だから仕事を選べる1級になる必要があったのだ、とフェルミに脅されたからかなり不安だった。

「……魔法が見えるのなら、私たちの手伝いを引き受けられましてよ。少しばかり報酬は下がりますけれど。微々たる差ですわ」

「ローレンツ様の手伝いですか?」

 ベルちゃんの発言にエルトアさんが返した。

「ええ。内容は古の魔法の解析ですわ。魔法兵器プローディトーレなどによる強力な魔法が行使されると、長く痕跡が残るんですの。それを解析して、近くに魔法兵器がないか調査したり、どれくらいの規模の何が起きたのか読み解いたりなどするのですわ。」

「私にできるかしら」

「魔法が見えれば役に立ちますわ。魔法がはっきり見える人間は貴重でしてよ。あなた見えるんでしょう?」

「あら、珍しいですね。私はあまり見えない方ですから。どんな風なんですか?」

 エルトアさんとベルネフィッテちゃんが同時にこちらを見た。エルトアさんに魔法が見えていないというのは少し以外に思えた。魔法は、魔法使いなら全員見えるものだと思っていたから。

「文字列の時もあれば、紋章や建物が浮かんでいるように見える時もあります。……言語化が難しくて」

「相当よく見えていましてよ。ローレンツが喜びますわ。」

 そう言うとベルネフィッテちゃんはカップを傾けた。

いいかもしれない。全く魔法が見えないクレフでも私の歌の影響下にある時は魔法が見えていたみたいだから、色々役に立てる気がする。

「ぜひお手伝いしたいです。魔法兵器についても知りたいので」

 アシュハイムを襲ったあの白い柱のような怪物も、クレフを脅しているあの灰色の髪の少年(もしかしたら少女かもしれない)も魔法兵器らしい。どの記述にも、遭遇しないこと以外に生きる道がない脅威としか出てこない一方、私にはそうは思えなかった。彼らに些か興味がある。


 ――――――――――


「ネイムドの方々って仲がいいですよね」

 もうすぐ日が暮れてしまうような時間になっているけれど、楽しくて時間が過ぎてしまった。ベルちゃんが持ってきていた魔法の灯りのおかげで明るく、暖かさも保たれている。

「そうかしら……?う~ん。険悪ではないですね。」

「上位は呆れるほど顔ぶれが変わらなくて嫌ですわ」

 ベルちゃんは包みに入れて持ち帰る予定だったのだろうお菓子に手を付け始めた。

「そうだカイエちゃん、フェルミドール様とお知り合いよね?びっくりすることを言っていいですか?」

「なにかしら」

「あの人、私の婚約者だったの」

「え!?……え?」

 婚約って、あの婚約?何歳?狭い、世界が狭すぎる。婚約?そうか、ここにいる人たちの多くはそういえば貴族なのだ。もしかして今度こそ私絞められる?フェルミがエルトアさんのことを知った風だったのにはこういう理由もあるのかしら。同僚に婚約者がいるってどんな気分だろう。色々な情報が頭を駆け巡ったけれど、あまり飲み込めなかった。

「だった、というのは……」

「最近はやりの婚約破棄よ」

 とエルトアさんが笑った。

「お姉さまに釣り合うわけがなくてよ。あの舐めた面いつかギッタンギッタンにしてやらねばなりませんわ」

 ベルちゃんが思い浮かべたフェルミの顔に憤慨したのか手足をばたばたさせた。私は絞められるわけではないみたいで少し安心した。安心できるような話でもないのだけれど。どう反応していいかわからない。

「1級上位になるまで私的に喋ったこともなかったのです。あの人のお家をご存じ?」

 苗字を聞いたことがあったかしらと、首をかしげる。

「いいえ……。」

「アレルシュタルトを知らないんですの?あなたどこで生きてきたのかしら」

 背筋が冷えた。アシュハイムというやや田舎めいた都市の劇場にいても流石にアレルシュタルトは聞いたことがある。数百年前は最も多くの貴族と領地をその支配下におさめていたという、「あのアレルシュタルト」だ。最も旧時代の王という地位に近づいた家が、今まで目の前にいたらしい。私も言ってしまえば王族だけれど、わけが違う。

「ヴェルギリア設立に関わる3大貴族です。教のアレルシュタルト、商のネツェリア、軍事のカハルジュストですね。」

 エルトアさんが補足してくれたけれど、その部分は知っていた。どうしよう。末端が冷えていくのを感じる。アレルシュタルトに舐めた口をきいていた。打ち首になるかもしれない。

「最近急速に衰えましてよ。いい気味ですわ」

「仕方ありませんわ。聖職者の守護者だったのが、根本の後ろ盾が虚構となってしまったのですから。我が家に縁談を持ち寄るほどになるとは誰も思わなかったでしょうね」

「アレルシュタルトに何があったのか聞いてもいいかしら?あまり歴史に詳しくなくて」

 知識の中のアレルシュタルトとフェルミドールは結びつかない。というかフェルミが貴族と結びつかない。本当に、あの何を考えているのかわからず人と目を合わせない不愛想な人物が貴族の権威の象徴ともいえるような家の人間なのだろうか。

「文献が出回らないので正確な情報かは自信がないのです。それでも良ければ話しますよ。」

 肯定して促すとエルトアさんは少し頭の中を整理するためか、話始めるまでに時間がかかった。

「帝国の分裂後、土地の支配に神の権威による正当性を得ようと、釘の所持者は神殿を立てて、その柱に釘を埋め込むなどしていたのです。好んで神の社を破壊しようとする人は少ないので、そういう意味でも利があったのでしょう。どこも同じようなことをやって、都市を守るものは神殿であるという認識が定着しました。それらをいいようにまとめ上げたのがアレルシュタルトです」

 ベルちゃんはあまり興味がないか、もう知っている内容なのかクッキーを食べていた。話すのに夢中だったから私の分と保護されたクッキーはまだ残っている。私も口を付けた。

「神殿、もとい釘の近くは最も安全ですから、農耕の知恵なども含め知識を集積する上でも神殿は役に立ったのです。それで神殿は学問機関としての性質も持ち始めて、アレルシュタルトは知識と聖職者の守護者という、単なる一貴族とは異なる新たな役割を得ました。」

 ここまで大丈夫ですか?と、エルトアさんが確認を取った。あまり自信はなかったけれど、続きを促した。

「時代が下って、人が活発に動くようになって、ここ50年くらいで急激に神殿の意義に疑問が生じ、神殿打ちこわしなども起きました。聖職者はだいぶ横暴を働いていたようですから、正しさがどうというよりも単なる恨みかもしれません。アレルシュタルトの権威も失墜したというわけです。文献や知識の守護者であったということは事実ですから、良くも悪くもそれが墜落を緩やかなものにしていますね。」

 乾いた風が香草を揺すって、思い出したように鼻をくすぐった。長い歴史の話を聞いていると、今という瞬間が果てしなく宙に浮いた奇妙なもののように思える。

「我が家は聖職者の関わりの端くれにあります。私たちの神は今、まやかし、物語であった憎むべき人間の悪であると否定されています。祈ることも表立ってはしません。ですが、私たちを形作った導きと守りであり、また私たちが守ったものは、啓らむべきくらさだったのでしょうか。」

 話が難しくなってきた。というか何を言っているか全然わからない。私の顔を見てエルトアさんが少し笑った。きっと全然わかってなさそうな顔をしていた。エルトアさんは「話がそれてしまったわ。ごめんなさい」と言って上品に取手をつまんでカップを持ち上げた。

「……ネツェリアとカハルジュストに嵌められた面もありますわね。」

 とベルちゃんがそれとなく話を逸らした。アレルシュタルトに興味がない一方で、エルトアさんの困難には思うところがあるのかなと思う。

「カハルジュストはもともと帝国の敵対者として軍事力を蓄えていた勢力で、釘への信奉によって秩序を保ってきた来歴を持ちますの。エント征服戦争、名前くらいはご存じかしら。」

 タイムリーに先日行ってきた土地の名前が出た。行ってなかったら知らなかったと思う。ベルちゃんほどの幼い子の方が歴史に詳しい現状は少しどうにかしたいな、とお茶会が終わってからのことに思いを馳せた。

「ええ。……名前だけは。」

「中央は権威付けに勇者だの、魔法使いだのと伝説を用いていますけれど、その伝説の大本である帝国の流れを汲むエントは、中央にとって衝突を避けたい相手であり、同時に最終的な打倒目標でもあったのですわ。」

「それで、征服戦争とアレルシュタルトにはどう関係するの?」

「せかさないでくださいまし?エントは釘がないからこそ神殿がありましたの。アレルシュタルトは機関に属していますけれど、神殿の保護者という立場は捨てていませんでしたから、あの家は征服は渋っていたのです。だから邪魔だったというわけですわね。」

「ヴェルギリアにも神殿や教会がありましたけれど、ネツェリアに属する人が暗黙の協調を破って神殿を破壊し、都市を守るのが神殿や教会ではないと証明して見せるなど……色々あったようですね」

 それでアレルシュタルトは凋落したらしい。神殿破壊は聞いたことがあった。どこで聞いたのか思い出そうと目を閉じる。その事件の後、聖職者の身分を安く売ったりする人が沢山いたとか、神殿の跡地に闘技場が出来たとか、そういうのを熱く語っている子がクジラ座にいたことを思い出した。

「エントは帝国の継承など全く性質として掲げてはいませんでした。それに、打倒しても釘がないのですから、得られるものはそれほど多くありません。当時からヴェルギリアは人口も土地も十分でしたから、戦う必要があったかについては……私は疑問に思います。権力者特有の恐怖心が何かを肥大化させたのかもしれませんね」

 とエルトアさんが話をまとめた。

 自分がしかめっ面をしていることに気が付いた。ヴェルギリアが世界の中央として君臨してから小競り合いが減って全体的に見れば平和になったらしいけれど、なんだか、ヴェルギリアってうさん臭い場所だと思った。

「話が変わってしまうけれど、フェルミが執政官代理をしているのはアレルシュタルトにとっては良いことなのかしら?」

「いいえ、逆ですわね。」

 ベルちゃんがぴしゃりと答えた。……全然わからない。

「アレルシュタルトにとって政治部門にいることは大変意義のあることの様です。私の婚約破棄にも関係のあることですが、フェルミドール様は10歳の時に受ける試験で落第して政治部門への最短の道を外れました。その後もやる気がなかったので勘当されていまして。」

 コメントしがたい。ごめんなさいフェルミ、勝手に聞いて……。エルトアさんが続ける。

「他貴族が現状を許しているのはフェルミドール様があの家の、いわば面汚しであるからに他ならないですし、最高執政官代理がアレルシュタルトであることを問題にされないことこそ、アレルシュタルトの恥と言っても過言ではありません。かつてのアレルシュタルトが勇者部門で力を持てば、三大勢力のパワーバランスがどうだ、とか色々言われるのは間違いありませんでしたから。彼が姓を名乗り続けているのは他貴族の圧力とフェルミドール様本人からの実家への嫌がらせの様ですが……。」

 全体的になんだか陰湿。

「政治部門は勇者を、考えることにも、物を作る機会にも能を与えられなかった、暴れるしかない哀れな生き物と見ていますの。魔物以外にもはや敵対者のいなくなった機関にとって、勇者は暴力に独占的価値を付けて危険因子を管理し、他都市をけん制するために作られた飾りのようなものなのですわ。軽んじている存在に自らの血筋がいることは許しがたいのでないかしら。」

 と、ベルちゃん。勇者狩りのあの騒動も見ているからか、この都市の確執と暗さが身に染みた。クレフは「機関の敵は人間ではない」というのが勇者部門の基本理念で、武力を行使していいのは魔物に対してだけだという意味だと教えてくれたけれど、とんでもない大嘘な気がしてきた。ベルちゃんの説明では機関は常に人間の勢力を敵対視して、機関が脅かされないことだけを憂慮しているように思える。

「……機関の中で市民から一番支持を得ているのは勇者部門よね。」

「まあ、魔物を倒せるのは勇者やってる狂人か魔法使いくらいですので。ほかに理由を挙げるとすれば、ゲールクリフ様の手腕ですわ。既存体制の崩壊を謳って、結局はそれを達成する気のなかったヴェルギリアで目に見える形で序列の破壊を成し遂げ、あまつさえ見世物にしたてたのが彼なのですわ。序列確認とごますりの場でしかなかった勇者部門に階級検査改正で風穴を開けてしまったのですから」

 そういえば貴族社会であの階級検査を行うのはかなり、驚くべきことなのかもしれない。まだ短い間だけれど勇者部門や魔法部門にお世話になっていて、お行儀がいい人が多いなと思うことは結構ある。でも顔色窺いとか建前とかの「らしい」ことをしている人にあまり会ったことがない気がする。よく言えばきっぷが良いのだけれど、悪く言うことももちろんできる。作法の怪しい私にとってはとてもありがたい環境だと思う。

「改正後の検査で異色の経歴を持つテネブリーズ様が1位になったのも、ゲールクリフ様のやりたかったことと相性が良かったですし、なんだかあの方がどこまで何を目論んでいるのか、あるいは考えなしなのか。わからないです。」

 と言ってエルトアさんがため息を付いた。少し前は実在の人物であるとすら知らなかった執政官様だけれど、彼を失うことは特に民間からの支持という意味で、機関にとっての大きな懸念なんだろうというのをひしひしと感じる。クレフによれば頻繁に引退宣言をするみたいだけれど、結局やめられていないみたいだし。本人がそれを繰り返すのは先を見ようとしない周囲を啓発するためなんじゃないかと思い当たった。

 そういえばあの人は快活な言動とは裏腹に、テネブリーズさんと同じような染みついた疑心暗鬼を感じる。常に何かを恐れている人特有の怖さがある。クレフとは対極にいるんじゃないかしら。

「そうだ。クレフは、エルトアさんから見てどんな人かしら。良くしてもらっているのだけれど、なんだかあまりここでの自分のことを話したがらないから、人となりがつかめなくて」

 思い出したので聞いてみる。

「クレフ様ですか?……あの方は、えっと。よくわからないですね。悪意のある人ではない、と……思うのですが」

 エルトアさんが急に言い淀んで、思い当たった何かに触れるのを避けた気配がする。

「私から言わせてもらえば、悲惨な人間ですわ。」

 と、ベルちゃんが目を閉じたまま語った。とても不評。

「最近は改善というのでしょうか、関われる程度になったのですが。……あの方に何があったのかはよくわかりません。」

 エルトアさんは視線を逸らした。クレフのこと苦手なのかもしれない。そんな感じがする。何をやらかしたのかしら。

「一応、執政官直属なのよね?」

「信じがたいことに。まあ、何にせよ。あの悲惨な人間も、落ちこぼれも、ゲールクリフ様がいなければ居場所のない人間ですわね」

「あら、私だってそうですよ?アレルシュタルトの婚約者であることくらいしか私に価値なんてなかったから、婚約破棄された時に家を追い出されちゃったのだもの。ここがなければ今頃どうなっていたかわからないのですから」

 と言ってエルトアさんが笑うとベルちゃんが雷に打たれたような顔をして手に持っていたクッキーを落とした。どういうショックを受けたのかはわからないけれど、しばらくあたふたしてから泣きそうな顔でエルトアさんを見上げた。首をかしげながらエルトアさんが腕を広げると、ベルちゃんはそれに飛び込んだ。

「……居場所」

 声に出すつもりはなかったのに、思わずつぶやいてしまった。

「そう。あなたの居場所にもなったらいいなと少し期待しているのです。ろくでもない都市かもしれないけれど、止まり木くらいにはなれるのではないでしょうか。……あなたがいてくれたら、私は嬉しいです。」

 ベルちゃんの頭を撫でながら穏やかな顔でエルトアさんはそう言った。何時間も話していて、楽しかった気持ちが一方通行ではなかったんだと思えて、ふいに心が弾んだ。

「すっかり日が暮れてしまいましたね。そろそろお開きにしましょう。すみません、長く拘束してしまって。」

「いえ、とても楽しかったわ。お菓子もおいしかったです。ありがとうございました」

「それはよかった。……今度歌劇を見に行く話、忘れていませんか?楽しみにしていますからね」

 と、エルトアさんはいたずらっぽく笑った。

「ええ。勿論。」

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