復讐
目玉焼きを焼いたら膨らみました。
「あ!クレフ殿!魔物はいましたか?こちらはクジラ座全員の搬送終わりました」
議会に戻るとベッケンがバリケードを補強していた。時刻は正午過ぎと言ったところだ。
「魔物はいなかった。」
「やはりそうですか。しかし無事でよかった。クレフ殿。劇場でとんでもないものが見つかりましてね」
ベッケンがバリケードの補強をやめて、議会の中へ入って行った。
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少しさかのぼって劇場内。
「お前の半グレ共が役に立つとはな」
セローは窓から搬出されていく劇団員たちを眺めていた。へばり気味な議員たちと自警団の若者たちが担架をかついでせわしなく動いている。
「お前も少しは手伝ってきたらどうだ」
「怪我人に人運べってか。」
セローは包帯の巻かれた腕をひらひらさせている。
「で、さっきからお前何探してるんだ」
「カテリーナの野郎の不正の証拠だよ。このあたりカテリーナの事務室だろ」
「おほほ!俺も探す」
俺の畑の用水路に塩流しやがったの、絶対にアイツだからな。さがしゃ悪事がわんさか出るに決まってる、と小躍りしながらセローが室内に入ってきた。
「カテリーナの野郎、ホントに手広くなんでもやってやがるな。」
乱雑につかんだ書類を見ると、それらは孤児院の採算や、質屋の売り上げ資料などだった。覗き込んでいたセローが質屋の資料を取り上げた。
「見ろこれ。秋冬に急に買い取りが増えて、それをうっぱらってんな。取引先は陸のほうか。中央が多いらしいな。つまり、」
「民衆に歌狩りさせて出てきた貴金属なんかは歴史資料として売って儲けるってわけか。狡いやつだぜ」
もうひとつの孤児院経営と、引き取りの記録にざっと目を通す。
「だがこれは不正じゃないな。もっと探すぞ……。ん?なんだベッケンなんか見つけたのか?」
「いや!何でもねえ。これは慈善事業の資料だな!」
「カー!腹立つぜ!懐柔したやつなんか劇団に引き入れてこき使うだけの癖に。何人足折って施設行になった?」
その施設もカテリーナの野郎がやってやがる!とセローは怒りをあらわにしていた。俺は資料を懐にしまった。
「このあたりは会計資料だな。会計不正はぱっと見じゃわかんないな。ベッケン呼んでくるか。あいつそういうの得意だろ」
「そうだな。俺はこっちの棚を見る。お前が呼んで来い」
あいよ、といってセローは部屋を後にした。
セローが出て行ったのを確認して、資料を再度取り出す。見間違いではない。やっぱり、やっぱりそうか。彼女が。
……遠い昔のあの舞台を、俺はまだ覚えている。目をつぶれば瞼の裏に浮かぶ。
この資料は、ここにあってはならないものだ。だが、これは隠蔽行為だ。正しくないのはわかっている。だが、これをカテリーナに使われるのは癪だ。小さく折りたたんで、再び懐にしまった。
気持ちを切り替えて別の棚を探る。
「ゲ、魔法研究か……。これも専門外だぞ」
分厚い紙の束をつかんでめくる。
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「で、重大な会計不正が8つ!選挙違反12件!機関の法に違反する人身売買3件!劇団内での暴力が29件!」
ベッケンが、笑いながら紙の並んだ机を叩いている。
「探せばもっとあるぜ。きっと」
「なんで残すかな~!!」
他の議員たちも宝の山でも囲むように盛り上がっている。とりあえずカテリーナはとんでもない悪人ということで、カイエのカテリーナなりすましは霞むだろう。
「そしてそして~」
セローとバージルとベッケンのテンションが特におかしい。ヒュ~と言いながら輪になってクルクル回っている。
「ジャジャン!」
「なんだそれ。日記か?」
「ただの日記に非ず……。これは魔法の研究日誌だ」
「ずいぶん古いな。」
『エリスを奪われた』
最初の方のページは憎悪めいたことが書かれているが、特に意味のある内容ではなかったので飛ばした。
『民衆の洗脳手段が確立された。これで、馬鹿王家の処刑は目前だ。私を裏切ったあの売女に罪を償わせる時が来た。魔法は使われるべきところで、使われるべきだ。そして、それは奴ら王家の元ではない。私のもとだ。』
少しページを戻る。
『海から古の時代の魔法兵器?が揚げられたらしい。何の役に立つのか。あの王は熱心に調査しているらしいが』
『城内で王とあの売女の会話が聞いた。あのガラクタから人の意思を操る魔法が開発されたらしい。興味深い。ミケラゴーシュにはもったいない魔法だ。』
『あの馬鹿王から研究資料を頂戴することが出来た。魔法を使うには素質が必要らしい。私に素質がない?そんなわけあるか』
『崩れた。魔法が使えるらしい劇団員に歌を歌わせたらくずれた。クソ。夜海に投げ捨てた。』
「旧政権の転覆を目論んだ経緯、その手段が書かれています。」
「あいつ、王家が研究してた意思を操る魔法を歌に組み込んで使ってやがった」
「で、次の研究日誌には、劇に魔法を織り交ぜてお布施を少し多めにとるだの、同じように劇中に歌を混ぜて選挙の投票先を変えるだの。なんて芸もやってる。ていうのを事細か~にかいてやがりますぜ。」
「他にも集計者を操っての不正の手口などが詳細に書かれています。そういえばこのときの選挙では普通に不正がばれてましたね。明かに数字がおかしかったので。」
「クジラ座全滅もその魔法の暴発ってわけだ!ザマ見ろ」
議員たちは狂ったように笑い始めた。少しすると、議会は静まり返った。
「……やっと、やっと、なぜあの時王家が滅びたのか、なぜ民衆が歯止めの利かない異様な熱に包まれていたのかがわかった。」
「王家の魔法が流用されていたなんて、少し考えれば行き着いただろ!何故我々は今まで彼らが汚名を被るのを許し続けていた」
「そんなの、出来るはずがないじゃないか!歌がトリガーになる魔法なんか前例がないんだぞ。お前だって疑いもかけずにカテリーナを野放しにしてただろう」
「あの魔法の資料は王の死後すべて焼いたんだ!誰かの手に渡るはずがなかった」
「俺たちの、怠慢だ。」
「あの暴動の後、扇動者がいないか機関まで呼んで調査したんだぞ!あれ以上何をすればよかったってんだ!」
「取り返しがつかない」
「エリスも、ミケラゴーシュも……、その娘夫婦も我々は失ったんだぞ!」
さっきまでの異様な盛り上がりは、事実を直視しないためだったのかもしれない。議員たちの言い合いは殴りあいの喧嘩に発展しようとしていた。放っておこう、彼らには必要なことだろうから。一歩下がって、静観することにした。
そう思っていたが、殴り合いはすぐに収束した。
椅子を床で床を殴りつけたような轟音が議会に響き渡った。議員たちはおろおろとそちらに向き直る。
「……てめえら、客人の前だぞ。」
乱闘を止めたのは、顔を真っ赤にして拳を震わせたヴァージルだった。実際に足の折れた椅子が床に転がっていた。