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もう勇者やめる  作者: ぷぷぴ~
エウクライド
86/102

22

 それからしばらく神だの、魔王だのという話を聞いたあと、ここへの来訪の目的を神官に話した。盟約の剣の名前を出した時、神官は改めて俺の存在意義について不可解に思ったらしく、エンデに何か企んでいるのかと聞いた。エンデは静かに、目をつぶったままかぶりを振って答えた。その後、神官は何も聞かず、ここで待つようにと指示して扉の向こうに姿を消した。

 古の怒り、古い夢の王。神はそんな風にも呼ばれているらしかった。夢の王は同時に魔王のことも指すらしく、何度か混乱した。誰もそれらに名前を与えようとはしなかったようだ。

 ほどなく、神官が大きな布を纏った一振りの白い剣を持って戻ってきた。細かに装飾の施された、実用でないのが一目で明らかな、美しい剣だ。儀礼のために誂えられたもの特有の、虚ろとも、願われる全てともいえる静謐さが横たわっている。

 神官は丁寧に布を退けて、柄と剣先を支えて水平に掲げた。

「かつて、私たちは作られた中で最も出来栄えの良いものを帝国の勇者に遣わせました。これは、あれに比べると見劣りする品かもしれません。ですが残されたこれは、敬意の証でもあります。」

 懐かしむように、神官は一度剣を眺めて少し間を置いて続けた。

「我々の間にあった盟約は、もはや砕けてしまいました。せめて、あなたの旅路は良いものでありますように。……何も出来ない私たちをどうか許してください」

 神官はそう言って俺に剣を差し出した。言葉はエンデに向けたものだろう。恐る恐る手を伸ばした。これを背負う資格について漠然と考える。逃げ出したいとは思わなかった。だが、もっと相応しいであろう誰かに思いを馳せる。その人間はもう少し善くあるべきだ。

 中指の先が柄に少し触れたか、触れなかったか。刹那、燐光が解けて宙に白い剣は消失した。

 驚いて手をひっこめ、神官の表情を窺うと、「問題ありません」と事務的に答えた。ほどけた光の残滓はしばらく孤独な塵のように漂い、その後俺が下げている剣の鞘に吸い寄せられるように消えていった。神官はその後、一つ二つ俺に忠告をしてから仕事が間に合わなくなると言って部屋を後にした。

 これで、この都市に来た目的は達せられたことになる。あとは出られないらしいことをどうにかする必要があるだろう。

 ここを出て、残った魔法兵器を全て壊して、魔王を倒して、最後にこの剣がエンデの命を奪うまでに、あとどれくらいの時間がかかるのだろうか。


_____________

 

 どうしたら出られるかは、ルキに聞くのが良いだろうと思って部屋に立ち寄った。ルキはまだあの双子と話しているようだった。悪い雰囲気になっていないだろうかと不安になって少し聞き耳を立ててみる。ルキが外の話を面白おかしく聞かせているところだった。邪魔をしてはいけないだろうとノブから手を放して立ち去る。

 何か情報が得られないか、この都市に詳しいであろう別の誰かに話を聞こうと、水門の番人をしばらく探し回って、エンデが痺れを切らしたように一階層下のある一室を示した。

 緩やかに螺旋を描く階段を下りて、均等に灯りのついた廊下をそれなりに進んだ。廊下も階段も真っ白で何か敷物があるわけでも、埃が落ちているわけでもなかった。機関も内装は白を基調としているが、もっと小汚いな、と思いながらいくつかの扉の前を通り過ぎる。円形の廊下を一周してしまうのではないかと思ったところで、他のと少し様子の違う扉があって、それの向こうから確かに物音がしているのに気が付いた。ノックをして返答を待った。返答はないが、物音は続いているし、入るなとも言われなかったので扉を開いた。

 扉を開けてすぐ正面にいたため、番人はすぐに見つかった。薄暗い部屋の中で何か大きなバルブのようなもの、恐らくバルブではない……の前で何かを調節しながら首をかしげている。よく見えないが、室内にはバルブの他にも仰々しい機械めいたものや管を繋がれた水槽が並べられていて、それは部屋の奥まで連なっている。

「何か変なのか」

 番人は俺が声をかけるまで部屋に人が入ってきたことに気が付かなかったらしい、目を見開いて振り返った。

「び……、っくりした。なんだ、あんたかよ」

「悪い」

「……違和感はあるんだが、変なのかどうかわからん。おい、その辺にあるものに触るなよ。頼むからさ」

 言われなくても触るつもりはないと、一歩下がった。番人は疑わしそうに俺を半目で見てから、視線を機械の方に戻してまた首を傾げた。

「なんだそれ」

 背中に質問を投げかける。

「聖域と都市の水流を管理する設備ってところだな。点検はまだ先だが、ここに来ちまったからまあ、ついでに見ておくかと思ってさあ。」

「都市全体をここで管理しているのか、相当重要だな。」

「そ、だから絶対その辺触るなよ。というか入るな。出てけとは言わんが……」

 と言って頭をかいた。

「聖域の中にも水門はあるのか?」

 最初に神官と会った謁見用だろう広間には両脇に水路があった。水が流れているのだから、調節やら整備やらは必要だろう。

「……破壊するつもりだな?やめて頂戴よ全く。」

 番人は冗談めかして半笑いでため息をついた。

「それもあんたの管轄か?」

「まあね。聖域に入る時は神官ぞろぞろ連れて歩くんだ。そんで、何しろ暇なんだよ。いい仕事だろ?前は水質がだいぶ良くなかったんで、もっと色々やることがあったんだがね」

 水質という単語を聞いて、漠然と外の毒沼を思い出した。

「その水、随分特殊な魔法が込められているよね。」

 俺よりも部屋の奥に入り込んだエンデが水槽を見ながら口を開いた。

「飲み水じゃないのか。」

「まあ、飲み水は別だな。」

 水門の番人はそう答えながら組んだ腕を降ろして、エンデの方に歩み寄った。

「すみません、何かわかりますか。言い表しにくいんですが、違和感があって。」

 番人が少し身を屈めてエンデに問いかけた。エンデに聞いてわかるものなのかと疑問に思ったが、どうやら魔法関係らしい。

「復元の魔法はずっとエウクライドと共にある魔法だよね。じゃあ、こっちの繰り返しを指示している方かな、君が引っかかっているのは」

 エンデは水槽の中を指さして問いかけた。番人の方も頷いて返事を返しているが、俺には波打つことも水泡を浮かべることもない静かな水があるようにしか見えない。

「繰り返し?いつからでしょう。今のところ異変は報告されていませんが……。どんな効果の魔法ですか」

 番人は眉を顰めて顎に手を置いた。

「……復元の方を補助するために一時的に発動しているだけに見えるよ。明日には消えてしまうだろうから気にしなくていい。」

 殆どただの勘で、エンデが嘘をついたのではないかと思った。

「これは、夜が終わると同じ日の朝に戻る魔法だ。この魔法は永遠と同じ一日だけを繰り返すためにある。」

番人がそれに全く反応を示さなかったことを頼りにこれが頭の中の声だと判断する。耳から聞こえるのと殆ど変わらない声が頭の中だけで響く。外に聞こえていないと確かめられないことが妙に不安を掻き立てた。退屈だが重要な会議中の脳内の独り言がもしかしたら口に出ていたのではないか、と後から混乱する瞬間に似ていると思った。

 とにかく、俺の勘の通り、エンデは嘘をついて魔法の効果をごまかしたようだ。これがエウクライドに1700年のずれを発生させている原因か、と投げた疑問に対して、エンデが俺の方を振り返って静かに小さく頷いた。効果が大きすぎて微視的にはまったくわからないというようなものだろう。

「その水がこの都市に妙な効果を生んでいる原因か」

「そうだよ。都市全体に細かく水路がめぐっているのも、あんたの水門破壊が無罪なのも魔法が理由というわけだ」

 番人は実に恨めし気にそう言いながらこちらを薄目で睨みつけた。

「水は都市を流れた後はどうなる?」

「なんだよ急に興味持ったな。そのまま外に流すんだよ。」

 それって大丈夫なのか、と恐らく顔を顰めただろう俺を見て番人は呆れたように肩をすくめた。

「流れ出たのに魔法の効果はもうないが、ほんの少しだが魔力の影響は出る。それでこの辺に住む人間をじわじわ弱らせていっているのさ……!」

「なるほど。」

 アーメン。

「なるほど、じゃねえ。嘘だよ。もうちょい何とか言えよ。はあ、つまんねえ奴。魔力は人体には影響がない程度だ。だが、魔物の近づきにくい土地はできる。いくら人間でも周辺に住んでるんならいい思いさせてやりたいじゃんね。少なくとも俺はそう思ってる。」

「意外だ。」

 番人は鼻で笑った。実のところ、それほど人間が嫌いではないのだろうというのは俺の胸ぐらを掴んだあたりから感じていた。他の神竜は触りたりもしない。

「外に恩恵など流すな、と常々色々あるが、わかってない。ここは天のサテライトルクスで守られているとはいえ、周辺が住めなくなったら絶対都市に人間が入ってくる。それは嫌だ。そのへんの見通しが立ってないのよ、連中は。」

 講釈を垂れるように番人は腕を組んでうんうんと頷きながら、語り続けた。連中というのが具体的に誰を指すのか知らないが、番人にも色々あるのだろう。そして、施している時のほうが気分と治安がいいというのは俺としても納得のいく見解だった。

「この辺、毒沼じゃなかったんだな。」

「ああ?この辺が毒沼?てめえふざけたことぬかしてんじゃねえぞ。どことかの田舎人がよ」

「今のは失礼だった。すみません」

「あ、ああ……?」

 何故毒沼化してしまったのか。微だが心当たりがある。

 あれは3年かそこら前、冬のヴェルギリアで、使われなくなった除雪機が暴走したときのことだ。周辺の穀物蔵の作物の多くが腐り、一部が白化した。種に異常をきたしたものもあった。

「君って結構頻繁に物思いにふけるね……。」

 エンデの悪態は無視だ。……温度の問題ではない。除雪機は使わなくなっていたものだから、長期間暴走は見逃され、小規模であったために被害は隠蔽された。俺はその時に出た人食い芋と戦う羽目になったから知っているのだ。

 1700年間時空を封鎖し今日を繰り返す。エウクライドは暴走する除雪機だ。そして周辺が朽ち毒の沼が広がり、周囲の人間たちがエウクライドは滅びたと伝えた。納得がいったぞ。と、結論付けたところで、エンデがパチパチパチと拍手の口真似をしたのが聞こえた。合っているのか聞いたら知らないと返ってきた。

「もし今日が永遠に続くなら嬉しいか?」

「あ?嬉しいわけないのよ。そんなの。……まあ悪い日じゃなかったが、永遠はちょっとな。」

 水門の人は若草色の短い髪を乱暴に掻き上げた。それなら、周囲のことを慮っていたこの人にとって、1700年後のエウクライドの状態は喜ばしいものではないだろう。

「驚いた。悪い日じゃないらしい。もう1つくらい水門壊してみるか……?」

「気を利かせて悪い日ではないと言ったのが間違いだったらしい。やはり一発殴らせろ。」

 いい音鳴らして顔面にまっすぐこぶしが飛んできた。適当に手で受け止めたが、貰っておいた方が良かったか?ギリギリ言いながら笑っている。器用だな。

 ……俺はこの人男だと思ってたが、これは女だな……。多分間違いは表出していないし、それに今その話題に触れたらなんか……気持ち悪いだろし、触れるほど気になることでもなかった。

「隙あり」

「え?」

 エンデに背中をはたかれた。痛くもかゆくもなかった……。

 少し沈黙が訪れて、エンデと水門の番人は顔を見合わせると可笑しそうに笑っていた。

これで終わるつもりが、文字数がかさんだので次に送ります。


誤字報告大変助かっております。

私はいつも誤字に気が付つかない。そして通常であれば、誰も指摘してくれないのである!

ありがとうございます。

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