21
エンデがロナの状態をより詳しく見ると言って部屋の隅に行ってしまった。
「私さ、今あの子たちに姿を偽ってるんだ。」
ルキが相変わらず膝を抱えて語りだした。
そういえば、ルキはレナノークからイケメンのお兄さんに見えているらしいし、俺がルキをお姉さんと言った時には彼女が変な顔をしていたのを思い出した。
「昔会った時の姿を見せていてね。」
「魔法兵器時代の容姿か?」
ルキは小さく頷いた。
「もし、私だって気付いてもらえなかったらどうしようって、それが嫌だから、そうしたんだ。なのに……最悪だよ。」
ルキもまさか自分が気付けない側に回るとは思わなかったのだろう。
「1700年以上も前の友人だ。朧気なのは仕方ない」
「初めての友達だよ。ずっと大事な友達だったんだ。……なのに気が付いたら声も姿も何を話したかも、あまり思い出せなくなっていてさ」
俺も初めての友達について思い出してみることにしたが、恐らく生憎のフェルミドール・アレルシュタルト君だ。陰気なにやけ面を思い出して嫌な気分になった。そんで俺は先週あいつが何を言っていたか、まるで覚えていない。
「忘れてしまった分、今からでも話して思い出すのはどうだ。このまま忘れかけの楽しい思い出と、現状を切り離そうとするならば、それこそロナノークとの断絶だ、と……俺は思う……。いや悪い、何でもない。忘れてくれ。」
部外者に知ったような口を利かれたくないだろうから急いで黙ろうと思ったが言葉が続いてしまった。声の出ないロナノークだが、エンデが通訳していたくらいだから、思考してはいるのだろう。それなら意思の疎通は魔法兵器の専売特許ではないか、と思う心もあった。
「そう、だね。……そうしてみるよ。」
ルキは膝の前で組んでいた手をほどいて、体の後ろにつくと俺の方を見ることなく立ち上がった。俺が何か言うまでもなく、行動していただろう。ルキはロナノークの方に歩いて行って、そのままエンデの横に並んでロナノークの前に座ったので、ロナノークがたかられているように見える。
下層にいるらしいロナに直接謝りに行くのも意思疎通の手なのだろうか。まさかあの下層の化け物がロナノークということはないだろう……。まさかな。
視線を部屋の別の端に向けると水門の番人がレナノーク、……集られてない方の少女に歩み寄ったのが見えた。俺に出来ることは多分ない。半狂乱だった監視官の様子でも見に行ってやるか、と立ち上がって部屋を後にした。
廊下に出て、宛がわれた部屋に戻ると、まず目に飛び込んだのは外の様子だった。しばらく外を見ない間に日はすっかり落ちて、夜が都市を青色に浸している。確かに冬ではなく、春の夜だ。浮ついた風が、聖域の高い塔を吹き抜けて笛のように音を鳴らしている。
監視官はずっと部屋にいたらしい。ようやく少し落ち着いたのか何とか会話できる状態だったため、何があったのかいくつか質問してみることにした。
監視官は監視官で、何故俺が生きているのかをしきりに聞いたが、正直それは俺にもわからないので答えようがなかった。幻覚でも見たんじゃないかと言っておいた。
どうにも監視官の一番の懸念はこの都市から出られないかもしれないことのようだ。帰りたい事情でもあるのかと尋ねたら変な顔をした。少し考えて、俺も特に事情がなくても帰りたいと思うことに気が付いた。
問答に疲れて、ルキとあの双子がうまくやれると良いなと思った。そう単純なことではないのだろうが、思うだけならバチは当たらないだろう。
そうこうしているとエンデが戻ってきて手招きした。神官も一緒らしい。
昔は髪が長いのが流行りだったのだろうか、廊下を先行する二人ともかなり髪が長い。今では女性でもこれほど伸ばす人は少ない気がする。疎いので何とも言えないが。そう言えば、俺が死んだときに見る夢の中の白髪の男も髪が長かった。やっぱり流行りだったんだろうか……。それ以外に特に理由は思いつかなかった。
神官は扉を開けるとエンデだけを通して俺の目の前で閉めた。
「……。」
俺はエンデのように非力ではないので、扉くらい自分で開けますよ。とドアノブを捻ろうとした瞬間、扉が開いて危うくぶつかるところだった。
「無意識でした。申し訳ありません」
と、首元に魔法を突き付けられている神官が大変不服そうな顔で扉を開いていた。
「どうも」
会釈して室内に入った。先程までいた部屋とあまり変わらない、3人でいるには広すぎること以外に特徴のない部屋だ。
「それで、あなたは勇者なのですね。」
神官が振り返って俺に問いかけた。
「まあ恐らくは」
1700年前の勇者の認識と俺の認識が合致している気がせず、曖昧な返事になった。
「随分自覚のない者を連れていらっしゃる」
神官はエンデの方を見て心配そうに言った。
「……約束をしてしまってね。それに、捨てたらなんだか僕が諦めたみたいで腹が立つ」
腹を立ててもらえるだけありがたいのだろうか。
「見たところ、帝国の人間ではないようです。あちらが見出した人間では能いませんでしたか。私は一向に構いませんが……。」
「よほど帝国が嫌いらしい」
「もとより、折り合いは悪かったのです。彼らは神の殻を擁し、扱い切れない精神を我々にていよく押し付けました。それが、殻が喰い蝕まれて異変を起こしたのを機に、神と上手くやっている我々に助力を求めたのです。」
「応じたのか」
「ええ。殻を通じて我々の神にも些か変調がありましたので。手を打たないわけにはいかなかったのです。」
苦々しい顔で神官は語った。
殻ってなんだ……。精神を押し付けるってなんだ……。精神って移動できるのか……。
待てよ、殻には心当たりがあるぞ。神殿入り口に降りるまでにエンデと話した内容を記憶から引っ張り出す。確かエンデは、神は外から飛来した何かを刺して、そのまま突き刺さっているのが帝国の塔で、それは神の殻だと言っていた。エウクライドの聖域が塔と同じように縦に長いのは神の体を模しているからだろうか。代わりの体に精神を入れているみたいな、そういうことだろうか。とりあえずそういうことにしよう。飲み込まないと話についていけなくなる。
「彼らは殻から器を用意し、我々は神の精神の一部を預かって、人のために動く天の使いを作り出した。」
「つまり、神を蝕んでいるのが魔王で、それに対抗するために魔法兵器を作ったと」
俺の認識と照合する。
「そうだね。」
神官の代わりにエンデが頷いた。
「協力関係が破綻したらしいが、帝国が何かやらかしたか?」
今現在エウクライド側の言い分しか聞いていないせいだろうか、どうも帝国が何かやらかしがちな印象がある。
「彼らは神を捨てました。だというのに、支配下に置ける形の神を扱って傲り高ぶったのでしょう。魔法兵器同士を壊し合わせてお互いを吸収させ、より強い魔法を、より高次の、根源たる神に近い力を得ようとした。」
「それで僕は同胞破壊数一位という不名誉な看板を背負っている。まあ、やったのは僕だけれども。」
出来損ないを名乗るルキが生き残っているあたりに、エンデの努力が感じられるかもしれない。今後もその一位は不動だろう。これから魔法兵器を壊して回る予定なのだから……。
「まあ、一番出来の良い僕が生き残るのは必然だ。早々に潰しあいがあまり意味のない行為だと分ってもらえたから、それは良かったと思うよ。」
「ということは、お前は強くなったりはしなかったのか。」
「なったよ。」
エンデはちいさく舌を出しておどけて見せた。自慢げだ。なんでちょっと褒めてほしそうなんだよ。
……慣れ親しんだエンデが嘲り笑っている気がする。途方に暮れた。
彼は正しく行動したのだ。結局は勇者に殺される予定の同胞の相打ちを、自分たちを本来とは別の目的で用いようとする悪意に気が付いて食い止めたのだ。それで、その結果が1700年の苦しみに耐える個体数を増やして、その始末の責を負うことなのか?
「はあ、何だこいつ。」
もう、何と言うべきかあまり思いつかなかった。
エンデは俺の発言を聞いて、反応が期待外れだったのか気に喰わなさそうに口を結んだ。今の思考は読まれていなかったらしいと少し安堵した。
「帝国とは最近決裂したのか?」
「あなた、どこにお住まいです?自覚と礼節が足りないだけではなく、程度を超えた無知だ。生まれはそれほど悪くなさそうだと言うのに……。」
神官が俺をなじってから嘆かわしそうにエンデを見た。製作者側だというだけあって、エンデを気にかけているように思える。
「はは、いつも言われる」
「……決裂は約5年前、帝国が兵器を向けてきたのは3年前、魔法兵器の完成は9年前です。」
歯ぎしりが聞こえてきそうなほど渋々答えてくれた。真面目だなと思った。
「ともかく、魔王の話題が十分に出たから、ここからは僕がしたい話をするよ。」
エンデが咳払いをして目を閉じたまま、読み上げるように切り出した。今現在のエンデよりもややお茶目かもしれない。
「槍以外の武器が神と別勢力という話は覚えているかい?」
頷いた。これも神殿の入り口に下るときに聞いた話だ。
「ロナノークはいくらか魔王から借りているようだ。魔王が貸した、という方が正しいかもしれない。」
「ほう」
神官の方は驚くことなく、指を組んだまま難しい顔をしているので事前に聞かされていたのかもしれない。
「神が喰われて蝕まれた、というのはさっき説明にあった通りだが、神の方も魔王を多少なりと喰ったようだね。その影響が出たんだろう。本来神が叶えない、声に出されていないような願いが聞き届けられてしまったようだ。」
「それが悪さをして歪を生んでいると。」
エンデが頷いて、神官が続けた。
「今この都市にはそれほど被害は出ていませんが、もし魔王と対峙した時に、神の願いをかなえる権能が今と同じように悪く作用したらと私は危惧しています。杞憂ならば良いのですが……、あなた勇者ですから、話しておくべきと思いまして。」
残念ながら、1700年前の対魔王決戦は失敗しているし、このエウクライドは1700年間後も同じ一日を過ごしている。ルキは神が怒って手を切ったと言っていたが、どうにも神はそういう性質には思えない。神が魔法兵器を見放したのは、神官の懸念が的中した結果ではないだろうか。つまり、神が魔法兵器を見放すことが祈られた。誰が、祈ったのだろうか。あるいは願いが歪められたのか。
「わかった。対策は講じてみるつもりだ。」
俺もエンデと道を共にするのなら、結局は魔王と戦うことになる。




