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人だかりができていた。何事かと少し踵を浮かせて覗いてみると、どこか他人事のように騒がしいそれは、路地の中腹で複数名に取り押さえられているだろう何者かを取り囲んでいるものだった。気づかなかったか、あるいは無視しようとしたかはわからないが通り過ぎようとするエンデとルキに声をかけて路地に入る。
「ちょっと、失礼……通してくれ」
無言で押しのけるよりは良いかと思って若草色の髪をかき分ける。二人は、と思って振り返るとルキは群衆の外で待っていることにしたようだ。エンデは姿が見えないからそのうち出てくるだろう。中心で拘束されているのは特にこれといった特徴のない男だったが、この都市には緑色以外の髪色の人間がいないものだから、その焦げた茶色は異物感で目を引いた。
「あ?あんたは……死んだはず……な、なんなんだ。頼む、もうやめてくれ……」
瞳をウロウロさせて、うわごとのように男が口をひらいた。中央の統一言語だ。ちょっとした訛りから推察するに本拠地はヴェルギリアではないし、ここに近い北方でもない。どこから紛れ込んだのだろうか?40代くらいだろうか。顔ににじみ出ている疲弊のせいで老けて見えるだけでもう少し下かもしれない。
「何があったんだい?」
エンデが茶髪の男を拘束している神竜の民に声をかけた。急に現れたエンデ、に声をかけられた女が慌てたように礼をした。
「錯乱状態で暴れている男がいると通報がありまして、取り押さえたところです」
「ご苦労様。処分をこちらに任せてもらえるかな?」
「ええ。まあ……」
女の顔に動揺とちょっとした苛立ちが走った。歯切れが悪い、こちらに預けたくはないが拒否できないのだろう。衛兵らしき数名が茶髪の男から離れていくとともに、腫れ物に触るような態度で次第に人だかりが退いていった。
「……やめろ、近づくな……俺は発狂してない!まともだ!殺さないでくれ」
「大丈夫だ、落ち着け。」
発狂した際の処分に怯えるあたり、機関の人間なのだろう。俺を追ってきたか。……そういえばヴェルギリアを出てすぐにエンデが探知魔法を跳ね返したとかどうとか言ってた気がする。とすると。
「あんた監視官か?妙なことに巻き込まれたな。落ち着け、帰れるから」
男は幽霊でも見たように顔をさらに青ざめさせた。俺の言葉は耳に入っていなさそうだ。どうにも混乱している原因が俺であるようで、宥めようにも収集が付かない。複数人で取り囲むのを悪手だと思ってか、ルキとエンデは近づいてこない。経験上、俺の外見がそれなりに威圧感を与えるというのは分っている。試しに二人をこっちに呼んで同じように話しかけさせたが、幾分か怯えはマシに見えた。
結局、エンデもやや相手を混乱させることが分かったため、ルキに預けて聞き込みがてら、しばらく遠くから様子見をすることにした。
「君は監視されるような危険人物なのかい?」
身長に差のあるせいで声自体が遠いのに、エンデは小声でしゃべるものだからその声は喧騒に飲み込まれ気味だった。ノイズを頼りに聞き分けるのには注意力が要った。
「まあ、否定はできないが。機関の人間は多かれ少なかれ監視されている。」
「ふうん。……そこの神竜、少しいいかい?手を止める必要はない」
エンデが呼び止めたのは水門の調整をしている男だった。
「は、はい!高貴なるお方に話しかけていただけるとは、光栄です。」
男は水門を急いで調節してこちらに向き直ると深々とお辞儀をした。やや掠れた声だ。ちょっと年齢は掴みにくい。立ち上がると他の連中よりも背が高いのがわかる。服装も制服なのか、民族衣装と違ってどこも露出のない厚着だ。エンデが一瞬呆れたような笑みで振り返ってみせた。
「後ろの人間が知りたがりでね。ここしばらくで何が起きたか教えてやってくれないか」
男が俺の方を覗いて少し怪訝な顔をした。軽く会釈する。
「喜んで承ります」
僕は席を外すよ、と言ってエンデは監視官の方に歩いて行った。エンデを目で追っていると、水門の管理者は急に距離を詰めて俺の胸ぐらをつかんだ。
「あんた帝国人か?あのガキがいなきゃその綺麗なツラをぶん殴ってるところだ。いい気になるなよ」
見事な態度の差だ。エンデの威力の絶大さを思った。
「いや、俺はヴェルギリアから来たから帝国とは無関係だ」
「ヴェルギリア?聞いたこともねえな。お上りさんに教えることなんか微塵もねえよ」
中央を知らない。あれはもはや世界の中心だ。どれだけ厳密に外とのかかわりを断っているとこうなるのだろうか。
「気を付けろ。俺はエウクライドの言葉で喋ってない。」
男は事情が飲み込めないと言ったように眉根を寄せたが、俺がエンデの方に視線をやるとすぐに合点がいったようで、急いで口を両手で抑えた。察しの良い人間で助かった。言語が通じるということは今双方の発言はエンデの魔法の協力の下で成り立っている。聞かれている可能性が高い。
「……。何が知りたいんですか?」
「帝国と何があったんでしょうか」
「関係が破綻した。アウクスラーベは頻繁に魔法兵器を差し向けてくる。んですよ。」
「はあ。変なことするもんだな」
全くだ、と言って男はため息をついた。ここで生産した兵器を帝国が買い取ってそれで侵攻してきているような感じか。衛兵やこの水門の男が魔法兵器であるエンデに対してやや嫌悪を向けるのにも合点がいく。
「待て、今何年だ?」
「は?知らねえよ。暦なんかまともに機能しねえんだからさ」
なぜ滅びたはずのエウクライドが、滅びたはずの帝国から襲撃されているのか。
「帝国に何か動きはあったか?」
「あったも何も、今襲撃にあってる最中ですね。」
男はぶっきらぼうに答えた。違和感から、一つ仮説を立ててみる。俺は過去の話をし、相手は現在の話をしている。この魔法防壁の中は1700年前だか、その程度昔の状態を保持している。ここは滅びる前のエウクライドではないだろうか。なぜそんなことになっているのかはさっぱり分からないが。あとでルキにでも確認してみよう。
「の割に通常運転だな」
「魔法兵器は帝国の意向に従う気がないし、そもそも都市をどうにかしようって話じゃないから市民には全部関係ないの」
「帝国の目的は?」
「しらね。魔法兵器を手懐けたことの誇示とか、再び神を呼び戻すために俺たちを質に取ろうってところじゃない?……ですか」
「じゃあ、ダダ滑りしてるってところか。」
「俺の予想が正しければ」
男はしゃがみこむと水門の調整を再開した。さっき適当に済ませたからだろう。水路を行く水の量が少し減った。
「巫女だとか儀式とかはなんなんだ?帝国と関係あるのか?」
「まあ、うちの神は子供盗られたようなものだし、俺たちを捨てて帝国に着く可能性もある。生贄は忠誠を示すためみたいなもんだ」
「それは神が欲しがったのか?」
「いや?だが身内の子供を差し出すのは最大の敬意の示し方だろ?」
「それは知らん……実際神は帝国に付きそうなのか?」
「あれはそういう質の存在じゃないとは思うがね。ただ願いに反応するだけの機械みたいなものだ。……いやわからん未知だ。」
巫女は完全な無駄死にの可能性が高いんじゃなかろうか。
「魔王とかについて何か知ってるか?」
「なんだそれ。あ~神官とかなら知ってるんじゃないか?」
魔法兵器の存在は知っているようだが、それが作られた目的であるはずの魔王は知られていないらしい。
「魔物は?」
「ここを出たらその辺でうろうろしてるだろ。来る時見なかったか?」
魔物は存在している、と。水門の調節を終えたらしい男が面倒くさそうにこっちに向き直った。
「ちなみに襲撃に来てる魔法兵器っていうのは」
「あんたの連れではない。もっと弱いやつだ。てか、何故あんたあれと一緒にいる?あれを連れてるから偵察に来た帝国の客かと思ったんだよ。やたら質問しやがって。そもそもあんた何しに来たんだ」
「神に会いに来たんだ。多分。神官というのはどうしたら会えるんだ?」
「アレが居るんだからそのうち挨拶に来るさ。お前がその辺で大騒ぎすればもっと早く出てくるだろう」
男はエンデの方を目で指した。
「わかった。」
「お、おい。待て。何するつもりだ」




