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もう勇者やめる  作者: ぷぷぴ~
アシュハイム編
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水底

 突っ込みたくないところに首が嵌まってしまったかもしれない。俺は面倒ごとは嫌いだ。

「カテリーナの名を借りて依頼を出したのは私。」

「それは、……依頼の捏造として機関の罰則に当たる可能性がある。」

 機関所属の勇者の業務に支障を来した罪というのが存在する。とはいえ、虚偽の依頼の多くは悪意なく行われているため、罰を逃れることがほとんどだ。しかし、今回は依頼者、依頼内容共に偽造であるため、悪意と取られるのが当然だろう。

「適切な処罰を受けるわ」

「なぜそんなことを」

 彼女は口を堅く結んでしまった。まだ何か語れない理由があるのだろうか。

「話が長くなってしまいそうなの」

 高く昇った太陽からは、夜という時間の制限はまだ遠く感じられた。

「何時間もかかるのか?」

「長話は嫌いじゃないのね」

 彼女がこちらに手を伸べた。その手を取る。

「そこにいては靴が駄目になってしまうわ」

 彼女の微笑んだ顔を見て、助けになりたいと思ってしまうのだから、俺は愚かだ。

 ――――――

「これは、復讐なのかもしれないわ」

 都市からさらに離れて、湖畔のほとりにたどり着いた。一時間あれば都市に戻れる距離だろう。薄く霧のかかった湖は静かだ。彼女は桟橋の先へと進んでいき、中腹で腰を下ろした。俺もそれに倣う。

「といってもクジラ座にも、この都市にも恨みはないの。」

「じゃあ何故こんなことを」

「私が成すべきことだと思ったから。そしてこの行為を題するならば、裏切りか、復讐なのだと思うわ。」

 彼女は湖面を見つめている。なんだかよくわからないが、そういうことらしい。

「ウタウタイの夜は、年々深刻化しているの。だんだん歌は大きくなり、より多くの人がいなくなる。いなくなった人はどうなると思う?」

「……歌いになる、など」

「正解よ。」

 正解だったか。最悪だ。

「だから年々歌いも増えるの。だから、止めなくてはいけない」

 そのために劇場を眠らせたのか?とくに関係はないのか?ウタウタイの夜は始まっている。

「止める方法は?」

「正直、よくわからないわ。だから試すの。」

「そんな軽い調子で人を眠らせたのか?たかが2、3日とは言え全く動けなければ人間は死に至るぞ」

「最もな指摘ね。問題ないわ。適当な時間に勝手に動いて水飲みなりするように魔法を調整したの。正常に作動しているのは確認済みよ」

 ずいぶん都合よく高度な魔法だ。彼女はこれをどこで習得したんだろうか。

「そうか。……俺は何をすればいい」

「あなたは、私が歌っている間守っていて欲しいの」

「歌う?歌うのか?」

「ええ。歌うわ。目には目を、歯には歯を、歌には歌をよ。」

 ……本当に大丈夫なんだろうか?

「そんな顔をしないで頂戴。そんなに不安なら今ここでクジラ座全員眠らせた歌を披露してもいいわ」

 彼女は大きく息を吸い込み、最初の一音を発声した。

「ああ!魔法の発動条件が歌なのか。結構だ!やめてくれ!」

 さざ波のような旋律が滑らかに続く。やめさせようと思ったが、湖に落としたり暴力を振るったりするのは憚られた。美しい歌だ。

 ……今のところ何も起きていない。顔を顰めた俺を見て彼女は歌うのをやめた。

「一曲丸々聞かせないと発動しないのよ」

「中々難儀だな。」

 なるほど、それで歌い終わるまで防衛しなければならないというわけだ。……何から?

「歌い達には歌の力で彼らを操る『主』がいるの。私が歌いを操れるのは、それと同じ魔法が使えるから。」

 彼女は水面に複数の人型を形成し、人形劇のようなものを行っている。どうやら一般的な魔法も使えるらしい。水面にはひと際大きな人型と、それを守るように並ぶ無数の小さな人型、そして尖塔のある建物が浮かんでいる。小さな人型(おそらく歌いだろう)が大きな人型から離れて尖塔の方に向かうと、尖塔から中くらいの人型が出てきて、歌いを連れて尖塔のさらに先に向かった。

 再び大きな人型の方から小さな人型が浮かんできた。『主』の周りに『歌い』が増えた状況を模しているのだろう。

「歌いは、その主の歌を増幅するわ。だから、より多くの歌いの主導権を私が握りたいの。」

 より多くの歌いを味方につけた方の歌が強くなるということだろうか。

「海は主のテリトリーだから、ここに歌いが集まっていては、私の歌はあっという間に負ける。だからまず、できるだけ多くの歌いを海岸から遠くに集めるわ」

 主との距離が大事らしい。陸に集まった歌いたちは、中くらいの人型に群がった。

「初日の歌いは私一人で捌いたけれど、2日目は数が多くなるから私一人で歌を聞かせきるのは難しいの」

「俺の出番か」

「そうよ。これで歌いを集める段階は終わり。次に進むわ。」

 これで終わりかと思ったが、ここからが本番らしい。

「次は主に向かって歌を歌う。これだけよ。歌を始めると、主も歌い始めるから、負けないようにするだけ。」

 水面の中くらいの人型は歌いを引き連れて海岸へと向かった。今までのは歌合戦で勝ちやすくするために多くのファンを獲得しようとしていたフェーズというわけだ。

「途中で歌いが敵側についたりするから、そういうのは迷わず切りきざんで足止めして頂戴。すぐに再生するから気にすることはないわ。」

「わかった。」

「うまくいけば、ウタウタイの夜は終わる。多分。歌いも歌の効果が切れて消える」

「そういえば歌いは日光で消えるんじゃないのか」

「ええ。陽光で消えるように見えるだけ。時間よ。魔法の継続時間が4日なの。私の歌もそう。明日になればクジラ座の人達は目を覚ますわ。」

 水面の大きな人型と、小さな人型が消えた。そう上手くいくのだろうか。そもそも何故歌が効くのか、海にいるのは何なのか、わからないが、彼女に任せよう。駄目だったら機関に持ち帰ろう。海底をさらう調査が始まるはずだ。

「私を、見ていて。すべてを終わらせるわ。」

 それは、祈りの言葉のようだった。

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