15
「君らあまりに考えなしだ。……なんだ『どうでもいい』とは」
エンデはよほど腹を立てているのか、口を衝いて出た文句を小一時間同じところを何度もめぐりながら投げ続けている。俺と、中身をルキに交代させないでいるエンデは花壇の縁に座って彼の話を聞いている。頭上には彼の怒りのままに作成されたであろう攻撃魔法が展開されていて、先ほどの出来事を鑑みれば脅しでしかないのは明白だが、これが暴発しては都市の陥落は免れないだろう。
また、いつ暴発してもおかしくないだろうという鬼気迫る表情を目の前の方のエンデはしている。
そういえば、鎌の少女が俺の排除に手間取って攻撃を強めたのは都市の魔法を心配してのことではないだろうか。……いや、その時点では俺が窓を開けていないから、関係ないか。
「考えてはいるつもりだ」
「違うね、君は脳内にお船を沢山ぷかぷか浮かべて喜んでいるだけだ。積み荷も、目的地も、帰港させる気もない、君はどの船にも乗っていない。」
頭上の魔法がパチパチと音を鳴らした。少女を含む住民たちは慄いて逃げて行ってしまったし、隣の方のエンデは何を考えているのかわからない顔でぼーっとしている。
エンデは随分回りくどい表現をした。俺は思考を並べるだけ並べて放置し、選び取って自ら何かを解決しようという気がない、とでも言いたいのだろうか。何が悪い。俺は第三者だ。夢の庭で「全てにいささか無関心で気味が悪い」と言われたのを思い出した。そんなことはないはずだ。
「約束があると言ったよね。守るつもりもない約束をしたのか?なら君は最低だよ」
死ぬのは仕方ないだろう。回避できなかった。
「お前に殺されなければ守れた約束だ」
「……君には聖域の門番をどうにかする選択肢があったはずだ。それを選ばなかったことを後悔しなかったよね。君は僕に指輪を返しておけとしか言わなかった。」
「そんなの、その時思わなかっただけかもしれないだろ!」
何か言い返さないと、そう思って言葉を紡いだが、自分でもどうかと思った、でも他に何も言えなかった。もうしゃべりたくもない。自分という空虚な存在が、薄っぺらな自己が口から出て風に吹かれるのがこんなに怖い。
「かもしれない?随分他人から見たときのように自分のことを語るものだね。君は約束を反故にすることに対して、何も思わなかった。」
「違う。」
だが、エンデには筒抜けなのだろう。心の内が見えているのだから。
「違わないよ。」
紫の目は憐れむようにこっちを見ている。
「どちらも未遂だけど、約束破りと人殺しだから僕の方が悪いと思うけどね」
「黙ってろ!」
横のエンデが急に喋った。意味のない発言だ。
「黙った方がいいのは君の方だ。すべきは僕への反論じゃない。君だってわかっているだろう」
「……俺は物事に関心を払ってる。言われた通り考える癖もつけた。」
「そうだね。」
「俺は何を求められてる?一緒に魔法兵器を殺せばいいんだろ?」
「うん。」
約束を守れなくて悪いと思う。仕事だって約束の一種だ。死んだら反故になるだけだ。今まで守れてきた。目の奥に闘技場での不正の事実がちらちらと見え隠れして俺の逃げ足を刺した。
「……いらないだろ自我も、関心も。なんで求められる?なんでこんなことで怒られなきゃいけないんだ。お前との約束を破ったことを怒ってるんじゃないのか?」
死んでほしくないという願いを撥ねつけるべきだったのか?違う、俺が死なない様に努力すべきだったんだ。俺が何か必要じゃない方に逸れたのが良くなかった。じゃあ、なんで無関心を咎められるんだ。俺が変にこだわったせいで約束が守れなかったんだ。無関心な方がいいんだろ。ずっとそうだった。俺は必要に応じて起動する都合のいい暴力たるを求められてきた。それが、望まれたのに、どうして今になって。
惨めな自暴自棄の考えなし。そんな風に言ったのは確かフェルミだ。あいつほんと悪口しか言わないな……。
「君は……幼いね」
悲しそうに笑われた。
「僕も正直わからないよ。なんで僕が怒ってるのか。代わりの人間を探せばいいだろう?ここを超えられなければ、その程度の人間ということだ。これに労力を払う必要はない」
エンデがエンデに話しかけているのをぼんやり聞く。
「はり倒すぞ。体のない僕が僕に勝てるわけがないんだから大人しくしていろ」
「自由にやらせてやった方がいいだろう。どうあるかなんて矯正すべきじゃないよ。破滅的な方が僕としても良い」
「それで易々と死なせるのか?嫌われたかもしれないことに怯えておいて?笑わせるな。」
「行数を使いすぎだよ。この会話、それほどの価値はないだろ」
「そうして逃げているがいいさ。過去の自分に諦められる苦痛を好んでいるらしいからね」
目の前の方のエンデが少し屈んで俺に目線を合わせた。目を合わせる気にはなれない。
「人間。何かやりたいことはないのか?叶えたい夢があるとか、住みたい家があるとか、一緒に暮らしたい人がいるとか。身を焦がしたい信念があるとか。」
答えに窮する。先のことを考えるのは苦痛だ。
「振り切りたい過去があるとかでもいい。もしも、まだ……僕を拒まないなら、いつかそういうことを教えてほしい。ないなら、見つけてほしいと思っている。僕は君が幸せを望むことを、ただ願っているんだ。」
「……それはお前が魔法兵器だからか?」
自分が身を投げる世界が希望に通じていてほしいと思うのは当然だろう。顔を上げると真摯な目がこっちを見ていた。
「さあね。考えてることは君に指輪を渡した人と、それほど変わらないんじゃないかな。」
なら、なおさら謎だ。
「たいしたことじゃない。君は簡単に死にすぎなんだ。……僕を拒むかい?」
「脅していてくれないのか。」
「甘たれめが」
頭上で深刻に空にヒビを入れていた魔法が消失した。
「……お前の勇者をやるから、見捨てないで一緒にいて、見ていてくれ。」
気分はずっと泥のように沈んだままだが、一時間説教するために死を覆したこいつに報いたいとは思う。
「随分調子に乗ったね。……約束かい?」
「約束だ。」
「破るなよ」
柔らかく笑っていると本当に人間と見紛う。
「ところでその指輪はヘレネの死体からできているし、行き詰った時に触る癖のあるとんでもない悪趣味のその耳飾りもそうだ。君は殺した相手を装飾品にする趣味の持ち主だったりするかい?まあ、いい。その辺りもいつか聞かせてくれよ。」
耳飾り。……確かにつけているし、魔法がかけられているのも事実だ。しかし、アシュハイムの魔法兵器とは結びつけたことがなかった。思い当たるふしもない。もう単なるお守りのようなもので外せないからつけているだけだが、これについては誰に聞いたらわかるだろうか。
指輪も耳飾りもアシュハイムの主からできているらしいが、耳飾りの方には目もくれなかった。となると、指輪の方はよほど大切に思っていたんだろう。帰ったらカイエに主のところに指輪を返すことを打診するべきだろうか。
「僕のこと忘れてる?」
「お前はもういい。ひっこめ、ポリュデウケスの方がマシだ。」
「待て、その前に手足を返せ」
エンデが俺の手を不機嫌に引っ掴んだ。引っ掴まれた、引っ掴まれたのがわかった。俺が目を白黒させている内に目を閉じて反応しなくなってしまった。
「起きるまでしばらくかかると思うよ。置いて行っても問題はないと思うけど」
「流石に置いて行くのはしのびない。ルキは今起きたことを知らないだろう。」
現状、気がかりなのはあの少女か。最初の攻撃的なあれが何だったのかも未だわかっていない。
「神竜の巫女を探しているのか。聞き込みでもするかい?」
「いや、聞き込みは既に有効な手段じゃないのがわかっている。あまり話にならないんだ。どうにも排他的でな」
そもそも周囲を窺っても、皆逃げてしまっていて誰もいない。
「だったら僕は役に立つよ。なにせ、彼らが祀る神の一番の寵児だからね。外見的にわかるものだし、内心でどう思っていようが無下には出来まい。」
「なるほど。」
ともかく、ルキが起きるのは待とう。前はそれほど長くかからなかったし、そのうち人も戻ってくるだろうからここを離れなくても話が聞けるかもしれない。
「僕も怒りつかれた。君が急かないのなら適当にさせてもらうよ」
エンデが髪を肩にかけて前に垂らしてから俺たちと同じように花壇の縁に腰かけた。その髪はいつ短くなったんだろう。
俺について聞くのは良いが、エンデは自分のことを話す気はあるのだろうか。恐らく、ないのだろう。己を未来に勘定しないやつだ。あるいはそう決めつけるよりも聞いてみる方がいいだろうか。実際のところ、それなりに興味はある。昔話は好きだし、きっとなにかの役に立つだろう。
「そうやって理由を付けなくても、気になるならそれだけでいいんじゃないか?」
「……」
思考が筒抜けなのは辛いものがある。
「悪いね。まあ、僕は君の疑問には答えられないかな。記憶にないのだもの。」




