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もう勇者やめる  作者: ぷぷぴ~
エウクライド
77/102

13

 ともかく、何かはすべきだろうと、再び神殿に向かった。

ルキと逃げ込んだ時にはいなかったが、生贄脱走騒動が原因だろう。神殿の入り口には見張りが配置されていた。中に入らせてもらえないか話を持ち掛けてはみたが、まったくもってダメだった。ルキがいても無理だろう。

諦めて、彼らから怪しまれないよう、正面からはやや離れた位置から別の出入り口がないか探ってみる。しかしながら入口へとつながる橋を除いて神殿と接続されている部分はなく、神殿が浮かんでいる都市の穴もどこまでの深さなのか皆目見当もつかない闇であった。落ちる勇気も、意味もない。

 侵入経路が他にないか塔にも近い形状の神殿を見上げる。強いて言うならば、あの浮遊庭園から落下すれば神殿上部に行きつくことが出来るだろうか。だが、そこに降りたとして、もし最上部から神殿内部に侵入できる経路がなければ、俺に残される選択肢は神殿最上部からの落下死……。冗談ではない。後頭部が肩に着くほど首を傾けなければ頂上が見えないのだ。一応、庭園の方から神殿上部は見えるだろう。それで内部経路が見つければ落ちる方針で、見つからなければ満を持して見張りに眠っていただこう。

 とりあえず手ごろな高度の浮遊庭園に目を付けて登れる道がないか探ることにした。


 ――――――――――

 

 庭園のほとんどは一見物理的な連結なく、移動しながら浮かんでいる。しかし、よくよく調べてみると衝撃によって実体化する透明な階段や、乗ると浮遊して移動する謎の装置などで接続されていることが分かった。高所が好みなら庭園散策はそれなりに楽しい体験なのだろう、が。生憎、俺は機関の昇降機の事故のせいで高所が苦手な方に分類される。閉鎖環境に加えて、開放的な高所が新たな恐怖の対象になりそうだ。

 ……さらに悪いことに脚には感覚がないのだ。考えないようにしているが。一度転んで手をついた時、体を何が支えているのか完全にわからなくなって絶叫しかけて以来、庭園をひとつ登りきる都度、悲鳴じみた声が漏れている自覚がある。一人で来て良かった。

 植えてある植物もよく見ると模造品であるようで、安らげなかった。一体なぜ、庭園を浮かべた?独自技術のひけらかしか?だったら客を呼べと言う話だ。もう口角が上がっているのか、下がっているのかも分からない。移動装置の端をこれでもかいうほどと抱きしめて次の庭へと移った。とてつもなく疲弊した。視界が心なしか色を失っているような気がしてくる。

「誰かと思ったら君か。何をしようとしている?なぜ僕の祝福を受けている。」

 そして、一番聞きたくない声が聞こえた。

「勘弁してくれよ」

 ――エンデ。情報屋は一時廃業だ。比較的広めの庭だ。神殿まではあと1つか2つを経由すれば降りられるだろうという具合で、吹き抜ける風が耳にあたって音を立てる。やつは長い髪が風に靡いて、まるで灰を撒いているようだった。それが未だ白んだままの空に溶けるようにきらめいている。

「見逃してやろうと思っていたのに、登ってきたのは君の方だろう。」

 俺の背後に魔法が展開した。そういう音が聞こえる。風に乱れる髪を指で割いて、紫の目がこちらを射抜く。

「手足を返してくれるか?今のお前に言って通じるかは不明だが……」

「もう付いているように見える。人間の手足の数は僕らのと同数だったように記憶している」

 ダメそうだ。

「いい加減にしろよ。お前。何が『無策だったわけではない』だの、『修行してほしいわけじゃない』だ。お前のせいで物事の複雑さが跳ねあがってる。」

「なぜ僕がここにいるのか知っているのか。……まあいい。この都市の均衡を乱そうとするのであれば、我々の敵だ。君を許すことは出来ないよ。僕の祝福もあるようだ、話を聞くのは君が素直になってからでも構うまい。」

 ファーストコンタクトの時よりは態度が軟化していると思っていたが、脅威であることに変わりはないようだ。この様子だとやっぱり記憶が飛んでいるんだろう。想定の範囲内らしいが、冗談じゃない。いくらなんでも1700年の退屈は俺で遊んでも解消されないだろう。ともかく、今戦うのは得策ではない。ここは逃げ一択だ。

「逃げるのか。うまくいくとは思えないから、先に君の可哀そうな頭へのサヨナラは済ませておきなさい」

 背後に展開した魔法がほんの猶予もないだろうという緊密な気配を鳴らしている。背中に剣を突き付けられている気分だ。

「悪いが、中央ではサヨナラじゃなくて元気でねって言うんだ」

 とにかく、何か喋っていないと動けなくなりそうだった。魔法は展開位置からして、頭部を狙った攻撃であるのは間違いない。それを裏切ることはないだろう。ルキによれば舐めているらしいし。

「じゃあ、元気じゃなくなるから、言う意味はないのか。別れの挨拶もできないのは悲しいことだ」

 なんだこいつ。長年の退屈で変になったんじゃなくて、もともとこういう気の抜けた奴なのか?状況的にここで死んでやり直しても良いように思うが、ともかく、やれることは機会があるうちに試しておくべきだ。

 エンデの持つ攻撃手段は主に光線とツタっぽい何かだ。前者は実体があるのか怪しい。そしてこいつは恐らく、魔法の出力調整に気を払う類ではない。というか防御魔法と手加減が苦手分野だとここに来る道中本人が言っていた。

 祝福で殺害が無意味である、また都市には修復機能があるという前提のもと、放たれるのは、ツタに似せたあれの方だろう。致命的かつ、持続的にダメージが入り、視界に印象深く残る、抵抗の気力をより削ぐ攻撃が放たれる。……はずだ。

 腰に下げた剣の柄に手をかける。エンデは相変わらず風に煽られてふらついている。音を聞こう。精神汚染は全く感知できないが、エンデといるうちに攻撃系の魔法はそれなりに気配を判別できるようになった。

 チリチリ、パチパチと、小さな音が聞こえるのだ。火が燃え残った薪のような、死の危険と題するにはやや優し気で救われる音だ。よく聞けば波が引く音のような静かさが、耳をかすめる風の轟音の中に聞こえる。

 聞こえて、消えた。

 思い切り上半身を捻って、天を切るように振りぬいた。ちょうど魔法の展開位置を切り裂くように通った剣の切っ先が硬質な純白の刃のような何かを弾いた。ツタではなかったか。が、良い。ひとまず死ななかった。

 火花の散った視界に遅れて金属の悲鳴が聞こえる。肩に手ごたえが跳ね返ってくる。ツタであれば切り落とせたが、そうはいかなかった。後ろに倒れる上半身の重さに身を任せ、左手を地面に突いて身をひるがえす、その場から逃げる。

 とにかく、次の庭へ走る。何かしらの成果は得よう。せめて神殿を真上から見るのだ。

「――手間をかけさせるな」

 俺は手加減していては一撃も当てられない相手だというのも忘れてしまったようだ。高所の心理的ダメージで本調子でない今は好都合だが、いつ本気を出されるか分かったもんじゃない。おちょくるのはよしておこう。四方八方から空間を突き刺すように白い刃が伸びてくる。避けきれずに数か所掠った。焦る。足の震えが深刻らしい。

「巫女様はどうしたんだ。お前、彼女のおもりはいいのか?」

「……巫女?」

「神竜の巫女だ」

「ああ。……そうか、祈るのか。だがどうして」

 要領を得ないのはいつものことだが、どこか様子がおかしい。いや、いつもどこかはおかしいが、自覚的だろう。今は無自覚だ。

「……何がこの都市を脅かした?なぜ、贄が要る?僕はなぜここにいる」

「は!?」

「僕は考えておくから、その辺の光線にでもあたっておいてくれ。」

 記憶の混乱は想像以上らしい!このクソ馬鹿ボケ老人形に構っている余裕はない。

 エンデがデタラメに放った光線が空を刺して、前方に階段があると分かった。呆けているエンデを放って次の庭へ駆け上がる。左手側、神殿の頂上、螺旋階段が神殿の中央を穿っている。高度は十分、神殿は目下、あともう少し距離が近ければ跳べる。左手側にある庭園に移れれば――。

「まあ、いい。あとで考えよう。登るなら、落とすだけだ」

 何が起きたのかはわからない。ただ、悍ましい重圧を伴う何かが上空に広がった気配がして、すぐ後に浮遊庭園が動きを止めた。

 ――あ、これはまずい。

 足の裏が地面を離れる前に悪寒と、異様な静けさが頭を支配した。魔法の支えを失った庭園が空気の抵抗を受けながら、ゆっくりと傾くのがわかった。

 

 ____________


 暗がりで目が覚めた。何かの隙間から日の光が見える。体に圧し掛かっている重い何かを退けた。風の音は依然高所にいるらしいことを示している。目は開いているはずだが、何も見えない。

 固い何か、(瓦礫だろうか)に埋もれた体を起こした。感覚のある部分がくまなく痛むが、目は見えず、手で触れて確認することも出来ないため、いま自分がどうなっているのかがわからない。少なくとも体を起こせる状態にはあるようだ。死にはしなかったらしい。ならそのうち都市の効果で修復されるだろうから、どうなっていようが構わない。そんなことよりも追撃の警戒が優先だ。今巻き戻っては永遠と落ちるほかない状況に追い込まれかねないのだから。

 高く、風の音が雲を流すのを聞いた。

 ――魔法の気配はない。

 甘いな。俺は可能な限り、死んだか確認するようにしている。

 圧し掛かる重りに原状復帰の効果は及んでいないようだ。落ちてからそれほど時間は立っていないだろうか。瓦礫となってしまった庭園も、もうしばらくすれば再び優雅に宙に浮かぶのだろう。

 ひとまず危機は脱したのだろうかと、深く息を吸おうとして咳き込んだ。肺が痛すぎる。俺も回復するまで少し安静にしていようと思い、見つかりにくいだろうと思って光の弱い方に文字通り這う這うの体で進んだ。

 誰かの足音が聞こえて、俺の隣で止まった。座ったらしい。

「あまりに輝きが失せているが、君のそれは盟約の剣だ。違うかい」

「……」

 返事の代わりに喉から空気が漏れた。

「……どうして、いや。どうせ思い出すんだろう。何もかもが上手くいかなかったことくらい、僕にもわかる。」

 お前のせいでひどい目に遭った。冗談じゃない。

 おそらく血に塗れただろう服は臭いし冷たい。意識を手放したくなるような鈍痛はまだやまないし、手足も、目も碌に機能しない。

「僕は相当悪趣味だ。遡って、何も知らない僕に行く先の失敗を見せつけようなんて、どうかしている。」

 とどめは刺さないのか。

「必要ない。……神と、それの作ったものに従うように僕らは躾けられていてね。僕らの素行のせいで手が離されては敵わない。だから、この都市の均衡を乱す君は標的となった。悪かった。……もう、遅いか。」

 いい子にしてると示す相手もいなくなったか。

「もうすぐこの都市は終わる。君も、じき死ぬ。」

「……に」

「この都市は魔法を使い果たした。この都市の欺瞞は崩壊してしまったから、使えなくなってしまった。辛く維持していたところ、修復すべき事象が大きくなりすぎたらしい。庭園はもう浮かばないし、傷は治らない。僕の失態だ。加減を誤った。」

 視界が暗くなった。瞼に手が重ねられたんだろう。あまりにも冷たい手だ。

 魔法兵器も難儀だな。少しの間違いで都市を滅ぼしてしまうとは。

「とどめを刺したのは確かに僕かもしれないけど、魔法を殺したのは君だ。」

 あの地下の窓を開けた件か?脆弱な魔法だな。

「……こんなつもりじゃなかった。僕の知らない間に夢が上書きされていて、僕の祝福はこの都市の存在と結びついてしまっているらしい。だから、君はもう本当に助からない。なんで、なんでもっと早く気が付かなかった?」

 そうか。……まあ、巻き戻ったところで、お前はもう俺を空から落としているだろうし。もともと手遅れだった。

「随分余裕じゃないか。」

 対照的にエンデにあまり余裕がないように思えた。攻撃的な語気からは焦りを感じる。

 嫌になってるんだ、自分の全部。余裕なんかじゃない、何かしようという気にならないだけだ。

「その態度を指して余裕だと言っているんだ。君にとって、世界はそれほど簡単に手放せるものなのか」

「……」

 どうでもいい。……指輪を返さないといけないか。返しておいてくれ。ポケットに入っている。

「誰に!知らないぞ。なぜ僕はこの人間を選んだ?どうせ僕の前で死にかけたんだろう。うっかり祝福に適合した。……違うかな。」

 そういえば、お前との約束もあるか。ただ、世界を滅ぼす気なんかないだろ?次はもっとまともな人間を探せ。

「何を笑っている。腹立つやつだな。」

 死ぬときは独りだと思ってたんだ。だから、だいぶ気分が良い。

「なあ。そんな風に笑うなよ。――僕は何を考えているんだ。ふざけているのか。ああ。わかった。わかったよ。やればいいんだろう?」

 なんだ、一発芸か?

「違う!祈るんだよ!」

 エンデが光を背にしているのか、影があわただしく動くのだけがなんとなくわかった。

 それで状況が改善するのか?

「知るものか。僕の決めることじゃない。」

 そっか。

 風が吹いていて寒い。


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