12
「クレフちょっと遠くない?」
どうして自分で殺してしまった相手に近寄れるだろうか。そうでなくとも、俺はこいつに一度殺害されているのだ。
「気にしないでくれ」
ルキは訝し気にこちらを見た。俺は路地の影に差し掛かるところで足を止めている。ギリギリ剣は届く距離だ。ルキに何かあれば対応できるだろう。少女はルキの服の裾を掴んで何かを耳打ちした後、路地のさらに奥へと誘導しようとした。剣の柄に手をかける。
勘づかれたか、少女がルキの後ろに隠れた。鈍い金の角だけが見えている。
「クレフのこと怖いって。……んっと、ね。警戒しなくていいよ。難しいかもしれないけど」
ルキが少女を宥めるように手で庇ってからこちらに向き直って、説明しあぐねるように口を開いては閉じてを繰り返した。少し調子を変えたような今の言葉は、きっとすべての答えを知っている魔法兵器としての指示だ。今の俺はさしずめ意図通りに動かない演者だったというわけだ。逆らっても仕方がないだろう。
「そうか。……怖がらせてすまなかった」
路地裏に近づいて、ルキの後ろに隠れたままの少女に声をかけてみる。ルキの服が引っ張られた。怖がられている。近寄らない方が却って良かったのではないか?少女がまた何かルキに耳打ちした。近づいたことで多少音は聞こえるが、言語的に内容がわからない。ポリュデウケス、と聞こえた気がする。……この子供も魔法兵器の身内か。ルキは屈んだまま俺に背を向けて少女と会話を始めた。しばらくかかりそうだ。
改めて周囲を窺う。儀式という割に、街には活気こそあれ、それらしい催し物や音楽、飾りつけなんかが見受けられない。祭りや儀式の類をそれらの用意なしに行うのは妙というか、不足であるような気がする。慣習などは共同体の意識形成のために行うものだ、という先入観のせいだろうか?関心を掻き立てる要素が少なすぎるように思えるのだ。
このままではこの慣習は数年のうちに廃れるのだろう。そういった予想が浮かぶ。生贄を伴うものらしいので、それでいいのかもしれないが……。
「クレフ、この子が助けてほしいって。助けてあげよう!上司めーれーです!」
と、話を追えたらしいルキがこちらに向き直って、少女の肩を掴んでズイ、と俺の前に差し出した。ルキが説得したのか、もう怯えてはいないようだ。
「あ、ああ。わかった……」
目線を下げて少女を見ると、小さい手指を交差させてもじもじしている。ルキが少女の耳元で自己紹介して、と促した。
「ロナノーク・エウクライドです。神竜の巫女で、12歳……。」
ノイズとともに聞こえた声は、はっきりと、聴き馴染んだ言語になって耳に届いた。ルキの方を見やると、軽く頷いた。魔法とはなんと便利なものだろうか、としみじみ思いながら、自分も名乗ることにした。流石にこの位置から話しかけたら高圧的だと思い、屈む。
「クレフ・レインハイムだ。そっちのお姉さんの知り合いというか、手伝いをしている。君の力になれるかもしれない。話を聞かせてもらえると助かる」
ロナノークと名乗った少女は一瞬変な顔をしてからぎこちなく頷いた。周囲を窺い、聞いている人間がいないか確認する。
「早速だが、神竜の巫女とはなんだ?」
「えっと、かみさまのところに行く大事なお役目のために選ばれた人のことです。でも、ロナ失敗しちゃって、どうしたらいいかわからない……」
「大丈夫だよ、それで何か起こったかい?」
と、ルキ。
「ううん。何も起きてない……でも……ポリュデウケス、どうしよう」
ロナノークは困りはてたようにルキの方に視線を向けた。ルキとこの子は知り合いなのだろう。
「どんな儀式なんだ?」
失敗、という単語には敢えて触れず質問することにした。
「かみさまに会いに、神殿の深層に行くんです。でもみ、道に迷っちゃて、全然着かなくて……怖くなって走ったら、盃が。お、おとして割れちゃって。で、でも!もう一回儀式をやりなおせば、きっと怒られないから。まだ誰にも見つかってないし……」
とロナノークはだんだん泣きそうになりながら語った。ルキがなだめるように頭を撫でた。それがとどめになったのか、大粒の涙がぼとぼとと地面に落ちていく。かわいそうに。しゃくりあげる少女をルキが抱き留めて背中をさすった。この少女を助ける方法、現状困っている原因は儀式の失敗らしいが、何も起きてはいない。
「神殿にはいかない方がいいんじゃないか?」
直視してはならない得体のしれないヒタヒタの化け物を思い出す。
「な、なんで……ですか」
「ちょっと怖めの化け物が……下層にいた気がするんだ。」
ロナノークが俺を妙な目で見た。
「下層に入ったんですか?巫女じゃない人が来たらかみさま、びっくりしちゃうから、だめですよ。」
「神からしたら誤差だろ。」
ルキの方を見て、俺と少女を交互に指さす。
「結構な誤差だなあ。」
ルキが俺の上から下までをわざとらしく眺めた。
「ロナ、騙されませんよ。化け物なんかいませんでした!ポリュデウケスもそう思うよね?」
神竜の巫女はムッとした顔をしながら自分の上衣の裾を強めに掴んだ。
「今回に関してはお兄さんの方の味方かな。まあ、でもきっとお化けはこの人が退治してくれるから、その後いこう?ね。」
いやだ。行きたくないぞ。
「そう絶望的な顔をするなよ。クレフ。」
「お兄さん、よろしくお願いします。」
少女はお辞儀をした。……本当に嫌だ。立ちすくんでいると、ルキが耳を貸せと身振りした。
「この子を下層に入れちゃいけない。時間を稼いでほしいだけだから行かなくていいよ。」
言い終えるとルキが俺の肩を軽めに叩いた。心底ほっとした。
「エンデュミオンが何を意図しているか全てはわからないけど、盟約の剣に関してなら、神殿の上層に何か残っているかもしれない。その剣もここ出身だからね。気になるなら行ってみるといい。」
厄介ごとだけでなく、本来の目的も神殿にある可能性が高いのか。
「ルキは?」
「私はこの子といるよ。見張りの人にばれないようにしないといけないからね。」
ねー、と二人は目を合わせて、その後、ルキは少女に頬をつねられて遊ばれていた。




