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命からがら神殿から逃げ出して、聞き込みを始めた。何故滅びたはずの都市が現存しているのですか、古の怒りとは何ですか、といったような内容にまともに答えてくれる人物が今のところ、数時間あたって、ひとりもいない。質問の仕方が悪いのだろうか。
それで、あまりにも成果がでないものだから、ルキも俺も飽きてきて休憩することにした。
「なあ、ちょっと気になったんだ。魔法兵器は魔王を倒すために作られた。この認識は正しいか?」
「うん?そうだよ。」
収穫がないのは悪いが、同時に良いことにエンデにも鉢合わせなかった。上空に浮いた目のような魔法も消えた。ルキによれば、あの窓の部屋は特殊な空間で色々なものを弾くのだそうだ。
神竜たちは全話をしてくれない一方、俺たちが立ち去ると上機嫌に話し出す。性格が悪い。立ち聞きによって得た情報によれば近いうちに何かしらの儀式が行われるらしい。神殿に化け物がいるが、関係あるだろうか。
広場めいた場所の花壇に腰かけて、この都市とはあまり関係のないことをルキに質問してみる。
口調がやや似ているが、エンデとルキでは声の高さも調子も違う。ルキは意識に干渉せず実際に中央の言語を話しているらしく、発音にも違和感がない。そういう点で、エンデよりもルキの方が親しみやすい存在であるように思えた。
「そうか。ありがとう」
前々から微かな違和感として心のどこかに引っかかっていたことがある。時系列に妙な点があるのだ。まあ大体1700年ほど昔のことで文献もまばらなのだから仕方のないことかもしれないが。
魔王が初めて観測されたのは、帝国の塔が崩壊したのと同時だ。魔法兵器はエウクライドで作られた。エウクライドは帝国が滅びる少し前か、同時期に滅びている……はずだ。目の前の活気あるエウクライドはいったん幻覚ということにする。
これでは、魔王が発生する以前に魔法兵器が作られることになってしまう。
ずいぶん前にフェルミが長ったらしく説明していた時も、帝国の版図拡大は魔法兵器の祝福による魔法という力が牽引していたと言っていた気がする。帝国が生きていた時点で魔法兵器は存在していることになる。まあ、魔王の存在は魔物の存在などから予言されていたとか、そういう説で納得することもできるか?横目に鼻歌を歌っているルキを見る。
……それから勇者についても微妙だ。魔法使いと勇者がペアで行動していたというのはどこから発生したものなんだろう。先ほどのルキの話では魔王と対峙したのは勇者一人、魔法兵器大勢という構図だった。そもそも勇者伝説は曖昧だ。なんでも勇者の子孫だとか言うのを名乗る家系もあるが……。そんなのもわんさかいるし。
倒された魔王は伝説やおとぎ話の類で存在しないものだとされる一方で、勇者の存在は実在のものだと言われている。一応、盟約の剣がその根拠だ。なんとなくその柄に手を添えてみる。
じゃあ、何を倒したのかというのが近年まで議論されているが、疫病ではないか、すごい強い魔物ではないかと答えは出ていないようだった。これは魔王が夢から出てこない様に魔法兵器が認識阻害……もとい封印を行っているせいで妙なことになっているのだろう。
まあ、いい。エンデもルキも気にしないのなら、別にどうでも良いことだ。魔王を討つのに必要な情報でないのなら俺は特段知りたいわけでもない。事実への無関心は研究者には申し訳ないが、そもそも魔法兵器本人が何か証言しても信憑性には結びつかないと思うのだ。最近になって魔法が人間の先天的な才能ではなく魔法兵器によるものだ、……という割と正しそうな説が出てきただけで、いまだ世間的には魔法兵器は魔力汚染をまき散らし起動すれば命はない単に恐ろしい存在なのだから。魔王などというおとぎ話に関して、人語を真似する危険な兵器がなにか言ってる……程度にしかならない。
「儀式か。あまり良い印象はないな」
切り替えよう。今はエウクライドに集中すべきだろう。
「そうかい?結婚式とかだって儀式だろう?悪いものばかりじゃないさ。ほら、あの人たちだって生贄の話をしているし。悪い儀式じゃないよ」
ルキが指さしている方向には3人ほどの女性がいて、神妙そうに何かを話している。
「……。」
「魔法兵器ジョーク。だめだったかい?」
――反応に困る。
かなり、いやな予感がする状況だ。俺は手足の感覚を返してほしいだけだ。エンデは盟約の剣の強化がしたいだけ。まだ何にも巻き込まれていないぞ。多分。
「ハハ、そういえば下層のあの特別な窓が開いたことで神殿の密封は失敗し、儀式の手順に狂いが出たみたいだよ。君、窓に触ってたね。そういえば」
俺が窓に触れるのを止めなかったの、誰だ?
「それから生贄の少女が神殿から逃げたらしい。下層の扉が開いた拍子に出て行ってしまったみたいだね。おや、下層の扉を開けたのは君だった気がするけど。」
頭を抱えた。俺のせいで儀式が失敗している。それよりも、いつからだ?発言に、音の違和感が混じっている。
「ルキを責めないであげてよ。勇者くん」
「わかった。ルキのことは責めるまいよ」
隣に座っているのは色素の薄い茶色のふんわりした柔らかな髪の少女だ。風に揺れるその髪から楽し気に歪んだ薄紫の瞳が覗く。それは明らかにさっきまでの彼女ではないことを示していた。
「エンデュミオン」
「その名で呼ぶなよ。」
「なんで居る?」
居ちゃいけませんかね、と視線が明後日の方を向いた。顔が違うわけではない、だが表情の作り方が根本的に違う。胡乱でかわいげのある猫の顔はより悪辣な印象に塗り替えられている。
「僕も無策であの防壁をくぐったわけではないということかな。この都市の効果で僕自身の手足の汚染は無効になる。だったら代わりの手足はこの子に返せるでしょ?それに少し細工をね。」
はあ、なるほど。
「意識の本体はここじゃない、ちょっと伝言をするためだけに居る。今までのは本当にルキだし、僕はいなかったよ。」
安心してね、と言ってエンデは立ち上がった。楽しそうだな、こいつ。
「ようこそ、僕らの故郷、呪われたエウクライドへ。古の怒りとは僕らの母たる神だ。伝えたいことはそれだけ。ま、頑張って。」
にっこりと微笑んで、ルキの体は傾いた。




