9 監視官たちの受難
「見失った、か。」
「は!フードをかぶった何者かと、北門の方に向かうのを最後に見失ってしまいました。大変申し訳ございません。監視規模の拡大を、ヒッ……」
「……」
冷徹な緑の目が不機嫌そうに歪んで思わず息が詰まった。なぜ、こんな二十歳ちょっとのお高く留まったいけ好かない野郎に頭を下げなければいけないのだろうか。任務に失敗したのはあのフードの何者かが妙な魔法を発動したせいだ。機関直々の監視命令だからいつもなら執政官殿に報告するだけでいいのに、あの方は今不在。
代理としていま目の前にいるこの男、本に目を落としたままこちらには目もくれない。最高執政官直属、歴代最長の首位維持者、斜陽とはいえヴェルギリア三大貴族であるアレルシュタルト家の子息。どの肩書をとっても、この都市で暮らし、この機関にいる以上、逆らっては命がないのは明白だ。
「……」
「捜索隊を結成したく、増員の許可を」
「貴様、暇は好きか」
「は……」
「奴を見失ったことは私の他に誰が知っている?」
「わ、わたしと部下2人です。」
「なら、貴様ら3人。任を解く。」
フェルミドールが本を閉じ、立ち上がった。一挙手一投足にいつ刃を向けられるのではないかという恐ろしさを感じる。長身が自分の前を通り過ぎて窓の方に向かった。発言を反芻する。仕事を、失ったということか?こんな小僧の決定で?
「ま、まだ私どもは」
「レインハイムが離反したとなれば、杞憂であっても軍を出さねばなるまい。1級上位総出の可能性すらある。」
「ですから!」
「……監視続行の体は維持せよ。貴様らがすべきは失敗の黙殺だ。それとも、私に逆らうか?」
氷雪のような視線が降り注いでいる。いや、もっと湿度の高いものだ。
「め、滅相もございません。」
「はあ。あの脳みそのカビた阿呆めが」
自分に言われたのかと思ったが、どうやらクレフ・レインハイムに向けた言葉だったようだ。
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「というわけだ、お前たち。すまない」
勇者という仕事を長年果たして、任務の成功率が高い者にだけ機会のめぐってくるとされている監視官の仕事にはある程度誇りを持っているつもりだった。こんな簡単に失敗したのは始めてだ。
「冬休みの旅行だと思えば。」
「私はいいかな~と。」
淡紅と白の緩やかに波がかった髪の双子が自分にあてがわれた手駒だった。識別名はシロと、アカ。彼女たちは監視の任がない時は受付嬢に扮しているらしい。
「監視対象はエウクライドに行ったそうだ。一応その後を追いつつ、何かわかれば手紙を送ればいい。」
フェルミドールはあまり監視に意義を見出していないようだったが、フードの何者かの正体には慎重になる必要があるだろう。
「エウクライドですか」
「嫌ですね」
馬を飛ばして2週間で着くかどうか、そんな場所に何の用があるのだろうか。
「シロ、アカ。やはり魔力の追跡はできないのか」
「はい。監視対象の方は魔力がありません」
「フードの人物の方は……追跡したくありません。逆探知して話しかけてくるんですよ。意識を乗っ取られかけました。キモすぎです。」
警戒すべきは監視対象よりもむしろフードの人物の方か。やはり、立場や古い付き合いのせいでフェルミドールの目が曇っていると考えた方が良いのではないか。軍を差し向けたら監視対象は離反していなくても機関と喜んで対峙してしまうだろうという言い分も何かおかしなものだった。
「ともかく、足取りを追うぞ。都市から離れた道は使うまい」
全く、これから冬が来るというのに面倒なことになったものだ。長年地方支部で機関に貢献してきて、ようやく中央に来ることができたのだ、失敗を挽回して、あの執政官直属の小僧の想定以上の成果は出さねばならない。
監視対象はいまいち人物像がつかめない。斜陽貴族と同じく執政官直属だが、階級試験への参加資格を剥奪されており、1級ですらない。不正をやらかしたとのことだが、それについての記述は機関お得意の検閲でまともに知ることが出来ない。禁書などは機関に所属する者として金を落とすわけにいかない。それに、どうせ碌なことは書いていないだろう。
容姿については、有難いことにかなり背が高くて目鼻立ちのはっきりした青年だから目を引く。あれじゃ雑踏に紛れるのも難しいだろう。聞き込みをすれば必ず誰かは覚えている、追いつくのもおそらくそれほど困難ではない。
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困難だった。いや、目撃証言は多数あり、目的地も明らかで、機関の擁する施設などに出入りしているから足取りを追うのは簡単だった。のだが、常軌を逸した速度で移動している。そんなに急いで移動だけしているのかと思ったら道中で野党を壊滅させただの、魔物の群れを猛烈な光線で焼き払っただの、禁域である森を突っ切っていっただとか、似顔絵を描いて売っていただのと変な証言も混じる。一体どこにそんな時間があるのか。逆算すると、おそらく殆ど寝ていない。
シロとアカは途中の都市で別の監視任務につかまって別れてしまった。実際のところ自分一人のほうが奴を追うのは簡単だったため、惜しくはなかった。察するに機関も監視対象についてそれほど慎重ではないらしかった。違和感がある。これほど突出した個人をなぜ警戒しないのだろうか。もっと厳重に管理し閉じ込めておくべきものではないのか。
とはいえ、監視対象は機関に害をなそうとしているわけではなさそうだ。だが変なのは間違いなかった。正直、やけになってきた。ようやくたどり着いたフロンティアの基地に本当に意味の分からない両生類の死体が伸びているのを見て、これもどうせ監視対象のやったことだろうと冗談を言って、本当にそうだった時には倒れるかと思った。
次々と証言の集まる監視対象とは裏腹に、フードの人物の方は、中継地の子供に駆けっこで負けていたという情報が出てきただけだった。いる時と、いない時がある。
あの二人は、得体が知れない。放ってはならない、間違いなく中央の安寧を何らかの形で脅かしかねない実力者だ。フロンティアの境界を越えた後の消息は不明。自分では基地の先の魔物に対処することは出来なかった。エウクライドに何があるのか知らないが、長く滞在するような場所ではない。しばしフロンティアの基地で過ごすことにした。手伝える仕事も多い。
道中フェルミドールに送った足取りと目撃証言などを記した書簡に意外にも返事があった。ひどい癖字の走り書きで読む気にならないものだったが、監視を続行すべしとのことだった。その時にはこの仕事、レインハイムの監視は、形式的に実行されているがやらなくて良いと思われている可能性に行きついていた。それに宛がわれたのは、自分が事情をよく知らない田舎者だからではないか。そんな空虚な妄想がよぎる。気分が悪いものだ。
だが、正直ちょっと面白くなってきていることも否定できなかった。常軌を逸した奴が、どんな風に、どんなことを喋るのかが気になる。鈍足のフードの人物の素顔も見てみたかった。




