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ルキが逃げ込んだのは神殿じみた建築物の中だった。彼女は構造に心当たりがあるのか、迷わずに進む。そしてたどり着いたのは幾つもの階段を降り、迷路じみた廊下を通り抜けてたどり着いた、閂の壊れたおんぼろの扉の部屋だった。
「結構移動したけども、現状について何が起きたか、整理はできたかな?」
ルキが壊れた扉にもたれ掛かるようにへなへなと座りこんだ。部屋の中は扉から想像されるものよりははるかに清潔だが、閉ざされた大きな窓がある以外に何か調度品がおかれているわけでもなく、何の部屋なのかはいまいちど掴むことが出来なかった。
「そうだな。エンデの様子がおかしいこと、サテライトルクスの動作が止まったことくらいは」
「あんまり整理できてなさそうだね。そ。外の魔法は止まった。だから私も入ってこれた。まさかこんなに早く入れるとは思わなかったよ。」
俺もまさか目的物が自らやってくるとは思っていなかったが、僥倖だ。室内に明かりがないので採光のために窓を開けようと思った。特にルキも止めないため、木でできた枠に手をかけて押す。神殿の下層階は都市の中央に開いた大穴の中にある。広がった視界の先は思ったよりも暗かった。穴の壁がくり抜かれており、そこには地下都市が広がっている。魔法の薄明りに照らされた白の地下都市を俺だけで見るのはもったいない気がした。
「エンデは、何だろうな。洗脳でもされているのか?いつもだったら警告もせずに魔法をぶっ放してヘラヘラしている。」
なんだかいつもより良心的だった。
「……私はここの外であの子を見たとき、丸くなったなと思っていたんだけど。そうじゃないみたいだね」
丸くなった?不穏すぎる。つまり角ばっていた時期があるということになる。そしてさっきのエンデは心なしかトゲトゲしていた。
「まさか、都市の原状回復効果で昔の性格になっているとか」
「原状回復?変な表現をするね。性格についてはご明察。それにしてもあの子、私たちの中でも一番強いのだから安定していてほしいものなのだけど。かわいそうに長く封印の依り代になってたせいで、精神壊れちゃったからさ……」
「魔法使いの癖に、魔法に耐性ないのはそのせいか?」
「もうちょっと複雑だけど、概ね当たりかな。魔法の効果を強く受けすぎてしまうみたいだ。私もこの都市の影響は受けてるし、あの子がああなるのも納得する程度には自分の変化を感じるけど、自我は保てているよ。」
クレフほどじゃないけど、私も魔法の感度が低いからね。とルキは付け加えた。
再び窓の外を見る。地上とはまた異なる雰囲気だが、それでも活気のある都市だという評価に変わりはない。
「この都市は何なんだ。何が起きている?……エウクライドは滅びたはずじゃないのか。」
「さあね。悪いけど、私じゃ魔法についてはわからないよ。確かにエウクライドは滅びたと伝わっている。でも今ここにこの都市がある。わかるのはそれだけ!」
つまり俺と同じく何もわかってないということだ。俺の独り言じみたつぶやきを拾って、ルキはからかうように笑った。ルキの口ぶりに引っかかるところがある。魔法についてわからないと言った。今のこの都市は何らかの魔法がかかっているのか?
「言った通り、私は出来損ない。最弱なんだよ。」
魔法兵器にも色々あるみたいだ。興味がないわけじゃないが、深堀りしようにも振り返って見えたルキの表情からは聞いてくれるなという雰囲気が漂っている。
「なんだ」
ルキが唐突に首を傾げたので何か気付いたのかと声をかけてみる。
「君はエンデュミオンからの祝福に耐えているようだね。選ばれた人間というわけか。」
祝福?俺は魔法を使えるようになっていないので心当たりがない。エンデと関わるようになって急に使えるようになったものといえば、死んだときに見るあの夢くらいだ。
……あれか!あれが祝福なのか!?ありがたいが、精神に悪影響を感じるあれが祝福なのか?
「あの子の祝福、めちゃくちゃ重いでしょ。見た感じ慣らしもしないで、急いでいたみたいだけど。」
慣らしとは何だろうか。徐々に夢を見るのだろうか?祝福については見て分かるのか、と思った。
不可解な現象だとは思っていたが、エンデ自身が死に戻りについて驚いてみせていたから、あいつはあまり関係ないと思っていた。ご婦人に殺される寸前、一か八かで発動してみたものだったりするのだろうか。だとしたら、俺が死んだ場面をエンデは知らないのだから自分の知らない自分が授けた祝福だということになって驚くのも理解できる。
「呪いになるどころか、下手すると死んじゃうんだ、祝福って。私は怖くてやる気にならないね。相手が大事ならなおさら。あの子もそんなこと言ってた気がするけど。」
まあ、俺は大事じゃないだろうから、そういう意味では良かったのだろう。ルキの語気が弱くなった。誰か祝福しようと思った相手がいるのだろうか。そういえば中央で会った時にご主人という人物に言及していた気がする。それは誰なんだろう。
「ルキ、今後どうするか考えたい。俺がこの都市に来たのはエンデに盗られた手足の感覚を返してもらうためで、ここで何をすればいいのかなどは見当がついていないんだ。古の怒りに見えろとは言われたが、それが何なのかも全くわからん。」
「……うーん。フフ。一緒に行動するかい?通訳くらいしかできないけどね。」
そういってルキはいたずらっぽく笑った。そしてすぐその顔を泣きそうに歪めた。
「ごめん。本当は全部わかってるんだ、でも、もう少しだけ時間が欲しい。こんなに生きて、まだ死にたくないみたい。だから、ほんの少しだけ。君が飽きたら全部説明するよ。……お願い。」
そういうと俯いて黙り込んでしまった彼女を見て、何を言っていいのかよくわからなくなった。死を覚悟するのは、エンデの目論見を知っているからだろうか?エンデの目標は魔法兵器全体の総意なのだろうか。
エンデは俺たちよりはるかに強い存在でありつつ、俺たちの道具であると名乗る。人を祝福し、力を与えるが、魔王がいなくなれば用済み。壊れながら人のためにと語る。悪いやつでないのは分っている。彼の知り合いなのだから、無下にするべきではないだろう。
「一緒に行こう。俺も情報屋をやってみたかったんだ。都市に潜む謎を解き明かすのは楽しそうだ。君は今回の仕事の上では上司か、よろしく頼むよ」
「あ、え……?」
ルキは鳩が豆鉄砲を食ったような顔をした。その後顔を顰めて、審議するように首をかしげてから笑った。
「そんなにおかしかったか俺は。」
「フフ。着いてきたまえよ!クレフくん、情報屋のお仕事体験を楽しませてあげよう」
そういうと、ルキは腰に手を当てて自信ありげに笑った。俺は少し失敗した気持ちになった。




