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もう勇者やめる  作者: ぷぷぴ~
エウクライド
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 自分の悲鳴で目が覚めた。

 ……実に間抜けな死を演じてしまったらしい。朝焼けか、夕闇か判別の付かない空に、美しく白の花が咲いた穏やかな中庭に帰ってきてしまった。痛みはまだ焼き付いて肺が呼気を拒否している。停止したはずの機能が生きている、この感覚の齟齬には次第に慣れていくのだが、気持ちの悪さは拭えない。骨が砕け、爆ぜた肉の支えを失って血と臓物が流れ出していくすでにない感覚も、焼き付いて思い出させようとしてくる。

わりとうんざりだ。今回はあの小屋に誰かいるのを確認する気力も湧かなかった。起き上がるにも力が入らず、時間が来るまでこうして濡れた柴の上で微睡んで時間を過ごしていよう。長い時間だ。ゆっくりと流れていく雲を眺める。

 さて、これで何度目だ?ご婦人に1度殺され、3度ほど医務室から飛び降り、後はサテライトルクスに5度?射抜かれたか。それで最新の死がこれだ。狭い路地で挟まったまま魔法に射抜かれたと。恥だ。

 10度目の死か。回数が大台に乗った。俺が死んだ後って、世界は続くんだろうか。もしそうでないなら、一人の視点によって世界の連続が保たれるのは、ずいぶん恐ろしいことだなと思った。

「ひどい死に方でもしたかい?」

 と、俺と空の間を遮った人影があった。白い長髪を後ろで1つに括った騎士然とした男。失われて久しい忠義と封土の品行方正な奴隷、俺とは住む世界が違う。立ち姿から受けるのはそんな印象だ。だが最初にこの夢を見たときの邂逅でどちらかというと頼りない奴という認識に改められている。

「……あんたもこうして、死んではこの夢に帰ってきていた時期があるか?」

 そういえば、なぜこの男はこの夢の中にいるんだろうか。

「あったよ。だが、ずいぶん前だ。……君はなんだか全てに対していささか無関心だよね。当時の俺が見たら気味悪がるだろう」

 そういって男は会話を切り上げて物置小屋のほうに歩いて行った。……悪口か?

「エウクライドに行ったんだ。きれいなところだった」

 無関心という評価が妙に心に引っかかった。物事に興味関心くらいあると、遠のく背に声をかける。

「ハハ、……そういうことじゃない。」

 らしい。意図を見抜いて返事を返してくるあたりに鋭さを感じる。あるいは俺の発言が幼稚すぎたか。まあ何でもいい。再び雲を見る。ここの季節もよくわからない。やや肌寒いが、遠くから聞こえるコマドリの声は冷え込みがそれほど酷くならないのだろうことを推測させる。あの小鳥は確か、渡り鳥だったはずだ。いや、夢なので季節の移ろいなど存在しないのかもしれない。

 そういえば、あの鳥の声をここ数年聞いていない気がする。渡り先を失ってしまったのだろうか。闇が広がって、世界は壊れ、だんだんと狭くなっていっている。

 あの白髪の野郎強いんだろうか。戦い慣れていそうだというのは滲み出る俺への警戒で明らかだが、……今回はそろそろ時間だ。

 目を閉じて、再び開くときには夢の外だ。


 色彩を失った柔らかな空と、正面に浮かぶ白が景色の移ろいを証明する。

 さっきのはまあ、怪しい人間にはついて行かない方がいいという教えの正しさを成人後に身をもって実演しただけだ。たぶん俺が呆けたせいで地面に落っこちているエンデを拾ってもう一度あの少女に会いに行こう。彼女は絶対に訳知りだ。

 

 ――――――――――

 

 で、出鱈目に降り注ぐ光の矢に踊らされている。避けるのは容易いが際限がない。目の前の少女の武器は弓だと思ったが、違った。矢がつがえられているのは半月の形をした黒い刃、長い柄。あらゆる成果を刈り取るために作られた、鎌だ。

 その細い腕がしなる。少女は愛らしい表情に無機質な笑みを浮かべて易々とその体よりも重いであろう鎌を振るう。刃が空を切る音が鳴り、その風圧が押し寄せる。

 次の瞬間には、その体に無数の矢が刺さるのにも構わず、壊れた人形のような笑みを浮かべ、こちらに突き進んできた。

 白い都市は傷つくと修復されるようだった。そして、彼女の傷も。矢によってついた欠けは柔い光を伴って消える。なんでもいいが、直接向かってきてくれるなら易い。壁に挟まりでもしていなければ、余計に。問題はどう無力化するかだ。

 振り切る速度は脅威になる一方、振り上げの動作はかなり遅い。ただの隙だ。懐に入り込んで、その獲物を握る腕をつかんで力を込めただけで、子供の細い骨は簡単に折れる。

 遠心力によって振られていた部分の大きい鎌は吹っ飛んで行った。音からしてどっかに刺さったらしい。少女はそれには目もくれず、己の腕を光の矢による負傷を得て引きちぎり、距離を取った。

「……」

 血しぶきに顔を顰める。少しして俺が手元に握ったままの腕は光に溶け、次の瞬間には少女が失ったはずの腕が形成されていた。服に浴びせられた血の飛沫も消えた。ちょっと嬉しい。洗う手間が省けた。

「なるほど?」

 そして鎌が増えた。ざっと10挺が空中に生成され、ゆっくりと読みにくい軌道で回転を始めた。

彼女の目的は何だろうな。四方から飛来する鎌を避けながら考える。鎌は矢よりも攻撃範囲が広く、また致命傷になりやすいだろう。頭を撫でていたくらいだし、エンデに対して敵意はない。都市への侵入者を全て排除したいというわけではないのだろう。狙いは俺か。1度目は確実に殺せる場面を選んでの攻撃、今回はなんだ?急襲された。よほど俺を排除したいらしい。

「何故、一度目と同じ手法を取らない。俺の行動は一度目をトレースしている。わざわざスカウターまでかけて、君の接近を待った。」

 少女は瞬きもせず、薄気味悪い笑みでこちらを見ている。だが、何も聞いてはいなさそうだ。

 伊達に10回死んでいない。考察の手段はある。俺の死によって前後の出来事に変化があったのは最初の1回だけだ。そして変化があったのは俺の死とともに起きる事象に心当たりのあるエンデがいたから。

「俺は殺しても死なないのを承知か。無意味と知りながら攻撃するのはどういった心情だろうな?あるいは俺のやり直しには回数の制限でもあるのか」

 この現象についてエンデに聞いておけばよかったな。

 ぶおん、と良い音を立てて鎌が飛んでくる。少女は棒立ちでこちらを見ている。わざわざ隙をさらすことはないと気づいたか。そして、絶え間なく飛んでくる鎌は足元を攫おうとしている。点の攻撃である光の矢より、面の攻撃のこれははるかに避けにくい。

「違うな。初撃で鎌を出さなかった。制限があるなら出し惜しみせず殺しにかかってくるべきだ。……出せなかった。俺の死を避けるために。俺が死んだら単に再戦になるだけか。」

 戦いは良い。雄弁だ。あの低空飛行する鎌は足でも切断する腹積もりだろう。そうなれば攻撃を避けるのは格段に難しくなる。そしてその後はあらゆる死の可能性と行動手段を除かれる。何されるかわかったもんじゃない。

 単純な話、とりあえずこの少女を撃破しない限り話が進まない。再生能力持ちと言えば鈴の魔物だが、あの雑魚はあまり参考にならないだろう。不可解なことはいくつかある。

 警戒されているのは死に戻りだけだろうか?短剣でちょっと手を切ってみる。幸い痛覚もない。

「お互い、排除方法に難渋しているらしい」

 地面に滴った血は俺の手の傷とともに光って消えた。死なせるつもりはないはずなのに、一撃当たれば致命傷は免れない威力の攻撃ばかりが発せられるのは手の内を明かさないためか。

 鎌が頭めがけて飛んできた。なりふり構ってられないらしい。彼女の側に何か制限でもあるのだろうか。


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