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もう勇者やめる  作者: ぷぷぴ~
エウクライド
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 エウクライドへの道のりは、エントへのそれよりも遥かに長い上、途中山岳を迂回して海を渡る必要があり、船の手配などで余分な時間がかかる。北上するにつれ、日数の経過も相まって植生の変化とまではいかなかったが、風景の様子もだいぶ様変わりした。日照時間は短くなり、吹き抜ける乾いた風は本格的な冬を予感させる。

 冬は嫌いじゃない。灰色の空に、石造りの都市がよく映える。中央では決算の時期めがけて普段はあまり見ない露店が開くし、頬を刺す冷たい空気の中で暖かい飲み物を飲むのが好きだ。

 道中、ほとんど留まらなかったが、結構な数の都市を経由した。都市同士の感覚が広いためか、機関の支部を見かけることも多く、宿場には困らなかった。勇者は休暇中だろうがいくつかの特権を持っている。地方配属だと頻繁に所属地の移動があって面倒だと愚痴を聞いたことがあるが、癒着を防ぐためには仕方がないだろうなと、歩いてきた中央との距離を思い出した。

 それから市場で牧がたくさん売られているのを見て、幽かにレインハイムで暖炉を見た記憶がよみがえった。俺の故郷というのは、レインハイム、ヴェルギリア、どちらなんだろう。兄はレインハイムだと即答しそうだが、俺にはあの土地の記憶はほとんどない。俺が両親を失ったあの地を滅ぼしたのだという魔法兵器はどうなったんだろうか。討伐されたという話は聞いていない。

 北方都市は農地を広く確保するためなのか、釘を守る要塞としての城を中心として、その周辺に牧草地と農村が点在するという形が多かった。どこも人口はそれほど多くない一方、中央との商売は盛んらしくそれなりに豊かそうだった。いつか、城の内部に小規模の町を形成しているという話を聞いたことがある。とても興味がある。見学してみたいものだ。

 結局、予定よりも早く、1週間かからずにフロンティアの手前までたどり着くことが出来た。通常なら何週間かは覚悟しなければならないところ、エンデがいるおかげで都市から離れた危険なショートカットをしても魔物に遭わなかったこと、中継地の駅で馬を借りられたことなどが大きかっただろう。エントでの馬車旅行も悪くなかったが、中央傘下の良いところはこういう交通制度が行き渡っている点だ。尤も、エントとは違って機関の独占のために、一部の許諾を得た商人でもない限り民間人はその移動における利便性を享受できない。魔物による被害を出さないというのが表向きの理由で、それも真ではある。だが、人の流動性を抑制するという目的があることもまた自明である。全く、時代に逆行するようなことをするものだ。まあ、農業基盤が崩れる可能性への焦りは……。

 ここまで来てそんなこと考えてどうすんだ。と筆記具をしまって、日記がてらつけていたメモを閉じる。面白いものがあったら教えてと、カイエに言われているのでなんとなく思い出しやすいように記録しているのだが、今のは面白くないだろう。

 ぶんぶんと頭を振って目の前の街並みに集中する。街というよりは前哨基地という印象を受ける。フロンティア観測地帯はどこもそんな感じだ。エウクライドについての情報が得られる期待は薄いが、人がいそうな拠点に目を付け、足を運んだ。

 扉を開けると、薄暗い室内が迎えた。拠点の中は様々な記録媒体が乱雑に置いてあり、下手に動いて何か壊すのではないかと不安になる狭さだった。はしごがあちこちにかかっている。外から見たときに望遠鏡の先が見えていたので、おそらくその類のものが収納されたり置かれたりしているのだろう。

「おや?こんなところでクレフに会うとは。久しぶりだ」

「……」

 4、5人が忙しそうに何かしている中、こちらに気が付いたのは壁の花に徹している様子のふわふわした短めの茶髪を遊ばせた女だった。猫のように大きなつり目が印象的だ。

 直近で会ったのは中央の階級検査だが、東部フロンティアの情報屋だったはずだ。何故ここにいるのだろう。彼女がこちらに歩いてきた。そしてそれに対して露骨に拒絶の意を示したのはエンデだ。

「エンデュミオンも一緒か。なるほどね。」

 彼女は俺の後ろについているエンデを一瞥すると、鼻で笑った。エンデの知り合いとなると事情が複雑になるのは間違いないぞ……。と身構える。

「その名前で呼ばないでくれるかい?そういえば君だろ、僕に勝手に手足を付けたのは。」

 エンデがずい、と前に出て突っかかった。改めて容姿を確認する。二人とも十代半ばくらいに見えるが、その判断を直感が妨害しているような感じがあった。背は若干エンデの方が高いか、それくらいだ。俺が頭1つ分くらい上から見ているから大差ないように見えるだけなのかもしれない。

「廃都市の美術館に手足もがれた状態で頭と胴体別々に飾られてるよりはマシだと思うけどね。」

「勇者くん、今の聞かなかったことにしてくれるかい?」

 シニカルに笑っている女と対照的に、エンデが見たことない顔でこちらを仰ぎ見た。

「おい、手はそのままじゃないか!返してよ。それ私のなんだからさあ」

「へえ、元の体を捨てて、人間の死体を乗っ取って動かしてる君は気にしないかと思ったよ。」

 さっきからとんでもない情報がさらっと飛び出すな……。

「腕とか足なんか君のために浸食される前に外して取っといてやったんだよ!感謝してよね。君、自分の腕はどうしちゃったのさ」

「盗まれてこの有様。」

 エンデはどっから出したのか、出現させたのか知らないが腕くらいの長さの黒い、……名状しがたい何かをいつの間にか手に持っていた。腕っぽい何かが湛える虚空から、風鳴りのような音が聞こえるような気がする。この世のものではない何かの呼び声がするそれは、簡単に言えば美しいような気がするが、それ以上の何かではあった。

 情報屋(情報屋なのか、もはや怪しいものだが)の顔から余裕が消えた。

「……。まあ、やっぱり目的はエウクライドだよね」

「そのつもりだよ。君も、それを待っていたんじゃないか。だから僕を起こして、ここにいる」

 エンデが静かに告げたその言葉を受けて、少しの間憮然とした後、女は自嘲気味な暗い笑みを浮かべた。

「あーあ。わかっていたけど、執行猶予は終わりかな。そこそこ楽しんだか」

 

「自己紹介をしようか。私はポリュデウケス。人間としてはルキって名乗っているかな。出来損ないの、最弱の魔法兵器さ」


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