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もう勇者やめる  作者: ぷぷぴ~
中央2
62/102

その前、その後

 【騒動のあった日の午前】

 心身の故障を理由に休暇を申請した。あっさり通った。

 あの後、また鐘が鳴った。事故現場を覗く趣味はないが、エンデの様子が気にかかって魔法部門の魔力プールに足を運んでみた。固く厳重に閉ざされた暗い構内。明かりはなく、音もなく、何重にも設置された頑強な柵に囲まれたプールがある。透明の足元を覗くと遥か下の水槽、薄く白紫に光る動力が波すら立てず、細かな粒子を動かすこともなくただそこにある。ぐらり、とする。よく見れば先客がいた。

「エンデ?」

「なんだ、来たのか。どこへいくの、きみ、が助けてくれないから……関係ないね、僕が助けたかったんだ。頭の中で、ずっと泣き叫ばれてみろよ。痛い」

 ――声をかけたのがまずかったか。エンデがどこも見ず、錯乱気味にしゃべり続けている。声が何重にも聞こえる。

「ああ、ひどい。すぐ直るからさ、気にしないでよ。おいで、よ。どうしてこんな仕打ちを。同調しちゃってるんだ」

 暗くてよく見えなかったが、エンデは誰か抱きしめるように蹲っている。

「なんだ、あのプールから救い上げたのか?」

「……」

 後ずさった、心ない行動なのはわかっているが、近づいてはいけない。正直言ってこの構内に長くいることだって危険だ。一度完全に発狂した者は元には戻らない、周囲に襲い掛かって、体は機能不全を起こしてゆっくり死んでいく。俺が発狂したら洒落にならない。それはこいつも同じだ。もし、発狂しているのなら、どうすればいい?

「大丈夫だよ、汚染は起こらない。汚染といっても純粋な僕らの力だ。それなら吸収できるから」

「現状お前自身が発狂してないかが一番の問題なんだが」

「ご心配どうも」

 声は弱いが口調は明瞭になってきている。

「それ、生きているのか?」

 よく見ると、もう黒服は着ていないが、あの時の黒服だ。オルストネストなんて、そんな名前の付いた、俺がエントから連れてきたやつ。知り合い!恩人!ああ、そうなると、見殺しにするということの意味が変わってしまう俺の精神の弱さよ!

「辛うじてね。間に合った。少し不安定になるかもしれないけれど。まだ、幸せに生きられる段階だと思う。」

 ちょっとほっとした。感謝を述べるべきか。身勝手だな。あの事故を思い出せ、これは例外なく見捨てなくてはいけない類だったのだ。

「……そういえばここ、どうやって入ったんだ?」

「ここに知り合いがいないとでも?」

 エンデはプールを目で示した。嫌だな、粒子状の知り合い。

「いや、この棟にだよ。ここ魔法部門が政治部門から間借りしてる共有地だぞ」

「……。まあ、なんか入れた。天井とかどっか崩落していて建物判定がうまく行ってないとかじゃないかな?」

「なんでもありじゃねえかよ。」


 結局汚染探知機にも引っかからなかったため、オルストネストは適当にフェルミとかに預けることにして、しゃがみこんで動けないエンデを抱えてその場を去った。

 

【騒動のあと】。


 捕縛した連中の処理が終わった後に、部隊の面々たちと機関の一室に戻ってきた。エンデも出発が遅れることはそれほど気にしていない様子だった。

 城の上層階の奥まった一室に、勇者狩り対策本部と雑に張り紙されただけの部屋があって、そこがホームのようだ。騒動の規模に反して随分と過小評価された設備だと感じた。まあ、裏に政治部門が絡んでいたのだから納得しないところでもないが。

「いや~。ネイムド初の作戦は大成功でしたね!あ、名乗り忘れた……。広めるチャンスだったのに……!」

「結局ネイムドなのかよ。部隊名は」

 表の扉の張り紙は勇者狩り対策本部に上からバツを引いて、ヴァーディクトと書き直され、さらにその上からネイムド、と書き直されていた。よりにもよってエンデの案が採用されてしまったらしい。……そして、その案を実際に口に出したのは俺だ。俺が考案者ということになってしまう。割と嫌だ。

 扉を開けるとカイエとフェルミが出迎えた。フェルミは役がなくてお留守番係だったそうだ。確かにコイツが動いていたら、テネブリーズの独断という印象は薄れるだろう。妥当な判断か。

 

 実質ただのお疲れ様会である一方、俺たちは仕事にあたって場当たり対応を求められることが多すぎる。無駄な考え事をする癖がついているようで、四角の字に設置された机にはいくつかの議題が乗った。

「……これで勇者狩りは終わるのでしょうか。」

「最近のは政治部門がらみでしたが、それとは関係なくやっている連中も間違いなくいますからね!ほとぼりが冷めた後に細々とは続くんじゃないですか?」

「他部門のように身分証に手を加えるべきだろうな。」

「……被害にあった勇者の盟約の剣はほとんどが見つかっていない。剣に手を入れるのが遅すぎたと言うべきかもしれないな」

 他、暗殺集団はそういうこともあるだろうということで片付いてしまった。この後は政治部門の表明を待つだけだ。体制にケチをつけたいわけではないため、嘘だろうが釈明でもして都市が混乱しなければそれでいいと俺個人は思う。カイエを見やると、少し考え事をしているようだった。おそらくは、カテリーナを襲撃した何者かとあの集団との関連性を考えているのだろう。

「後は、政治屋どもがなぜ魔法兵器もどきを抱えていたのかという点かね。あれの話を聞いたことがある者はいるか?」

 テネブリーズは不可解そうに尋ねた。誰も手は挙げなかった。テネブリーズが動作確認を行った際には埃をかぶった印象だったらしいが。

「技研の差し金でもあるまい。あの変態集団は政を嫌うからな」

 フェルミは吐き捨てるように言った。最近の技術研究部門は遺物にご執心で別のベクトルで変だ。研究以外には興味がなく、研究資金が大好きで、金を渡しても頼んだ仕事はしない。フェルミが技研を変態扱いするのには、まあ、色々と理由が……、俺にも同様にあるが……。それは魔法部門と分離する前の技研の話だ。過去の、話だ。

「政治部門は近年魔法兵器に関心があるようですから、何とも言えませんね。魔法兵器を回収するように指示を出しているのは確か政治部門ですよね。」

 発言したのはエルトアだ。カイエの隣に座っているのであの一角だけすごくビジュアルの質がいい。彼女は魔法部門との掛け持ちという貴重な人材で、魔法部門階級試験1位。ローレンツ殿とも交流があり、内部事情には詳しいはずだ。その彼女は魔法部門には疑いを向けてないらしい。まあ、執政官直属の俺とフェルミでさえあまり内部事情に詳しくない、彼女に特殊な情報を期待するのはやや軽率だろうか。

「それにあやかっているのが魔法部門ですね!ローレンツさんがそれでやれることが増えた、と仰ってるのを聞いた覚えがあります。」

「別勢力にあの兵器が手なずけられでもしたら、中央の転覆は易い。それにあれは単に災厄しかもたらさないわけではないらしい。魔法兵器が人間に魔法の力を与えるそうじゃないか。極端に強力な魔法が発生する懸念があれば、回収するのに不自然な点はないだろう。……中央以外としては汚染と災害の種を回収してくれている認識のようだが」

「この間まで祝福すら知らなかったお前がよくもまあ知ったような口を利くものだ。」

 物凄いぼそぼそと小声でフェルミが俺に野次を飛ばした。腹から声出せ。アルバルトが不思議そうにこっちを見ている。

「本物、お前はアレを見てどう思った。」

 フェルミがエンデに話しかけた。こいつは成り行きで計画に噛んでしまったため、一応参加している。

「悪趣味なガラクタ、それ以上でもそれ以下でもないよ。人間の考えそうなことだ。愛おしいものだね。だが、名前には違和感があったか。」

「すまんが、……そいつは一体誰なんだ」

 テネブリーズがエンデを不思議そうに見ている。自己紹介は本人に任せるのが一番だろう。

「名乗っていなかったね、僕はエンデ。まあ魔法使いだが、いまこの場合肩書は無職と名乗った方がいいのかな」

「エンデ、ですか。……全く定着しませんでしたが、機関所属でない魔法使いはフウライボウという呼び名があります。」

 エルトアが少しだけ顔を顰めた。彼女にとってエンデは色んな意味で聞き覚えのある名前だろう。

「センスないですね!」

 魔法兵器であるとは名乗らなかったか。今はカイエもおびえずにエンデを見ている。気配や魔力を隠すのは得意なのかもしれない。

「そういえば、オルストネストはどうした」

 フェルミと一緒にいるのだとばかり思っていたが。

「情報屋に預けた。多言語話者だってことで、雇うことになったらしい。」

 なるほど。まあ、あいつが長官をやっている限り、事実確認もなしに記事を作るほど迂闊だとは思っていないが、これで情報屋のメンツを心配する必要もなくなった。

 一件落着か。

「そういえば、隊長まだ決めてませんでしたよね」

「あ?そんな話あったのか?」

「クレフさん、聞いてなかったんですか?僕説明しに行ったじゃないですか!」

 今朝のあれか……。そういえば二日酔い治っていて良かったな。流石にあのままだったら死んでた。

「隊長なんか一択だろ」

「じゃあ一斉に指でもさします?」

「僕は議決権いらないよ」

「私も部外者ね。」

 カイエとエンデが指名権を放棄した。

 目配せして指をさす。

「全員自分さしてんじゃねえかよ。なんなんだよ」

 と、そういうテネブリーズも彼自身を指さしている。しょうもない勇者あるあるだ。

「無記名投票にすべきだ。」

 とフェルミがその辺にあった紙を5枚に分けて配った。律儀。

「……。」

 各々どこからか筆記具を出して、すぐに書き終わった。アルバルトが気まずそうに視線を動かしている。筆記具を持ってないらしいので貸した。

「出そろったか。回収する。」

 フェルミが一枚ずつ開示していく。3枚がテネブリーズ、1枚がテブネリーズ、残り1枚がフェルミドールだ。この癖のない字からするとフェルミの名前を書いたのは多分テネブリーズだ。

「1人綴り間違えてんじゃねえか」

「え!?あ、すみません!」

 アルバルトが反射的に謝罪した。

「……謝んなきゃばれねえのによ」

 謝らなくても字で明らかなのはご愛敬。

「決まり、か。」

「――なんで俺なんだ、それぞれ相当働いただろう」

「あんた以外に政治部門の信頼を得られる人間はいない。あんたがいなきゃ炙り出しは出来なかっただろう。騒動はもっと長く続いて、この部隊諸共、勇者部門が傾いていた可能性だってある。」

「同感です」

「計画立案者ですし!」

「無茶な計画だった。あの役人も言ったように、計画と呼びようもない。」

 テネブリーズはどこか身を引いた冷静さで自己評価を下して隊長の座に難儀しているのではないかと思えた。彼からはしばしば肝心な部分で自信を喪失している印象を受ける。さっき戦った時も、諦めが先行している感があって撃破は容易だったが、なんとなくさみしい気持ちになった。もう随分前になるが、最初に闘技場で見たときには、劇毒のような憎悪を感じたのになと、そう思うからだろう。

 ただ、同時に彼を蝕んでいた毒が緩和されたのなら、悪いことではないのだろうとも思う。人はだんだん変わっていく。

「そんな無謀を決行したあんたの、私たちに対する信頼の報いがこの投票だ。甘んじて受け入れたまえ。部隊長」

 フェルミがにやりと笑った。あとでちょっと情報屋にでも掛け合ってみよう。彼は称えられるべきだ。

 

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