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もう勇者やめる  作者: ぷぷぴ~
中央2
61/102

イレギュラー

 俺の身に起こったのは、ありふれた悲劇だ。もしかすると幸運を努力と勘違いした男の喜劇かもしれない。憎しみを保つには俺は疲れすぎていて、執着するには歳をとりすぎた。ただ、あの剣の放った輝きが目に焼き付いて、今でもきらめいている。


 ――――――――


 魔法兵器もどきは、5分と持たずに沈黙した。奴が飛び上がって振り下ろした白い剣が顔面部分に刺さって、その後すぐに動かなくなった。俺の指示を待たずに、20人ほどの仰々しい服装の仮面をつけた暗殺者たちが奴に切りかかった。繰り返される波状攻撃の中で、仲間同士に刃が当たることすら気にせず武器をふるう連中はどこかがおかしいのだろう。もっとおかしいのは、それをいなして、少しずつ確実に無力化していっているクレフだ。少し息が上がっているが、それだけだ。

 一人、正面から戦うことをおそれた仮面の男が、捕えている灰色の少年の首に刃を突き付けて脅した。クレフが一瞬だけ動きを止めて、仮面の男の言葉を待った。動けばこいつを刺す、という脅し文句に、俺は一瞬手を出すか迷い、その前にクレフが動いて別の仮面を切り伏せた。人質が役に立たないことを悟った男は少年を放って逃げようと試みた。その足に鞭のようなものが絡んだ。

 その逃避と失敗が、水面に石を投げた。一人の恐怖は、伝播する。

 段々と、仮面の男たちは自分たちが逃げ場を失ったのではないか、ということに思い当たったらしい。明らかな恐怖が、動きを鈍らせている。広々とした都市の路地で、風が吹き抜けた。目の前には、誰から狩るか嬉々として考えているだろう狂気がいて、逃げ出そうとした仲間は発生源が不明の鞭につるし上げられて泣きさけんでいる。こんな広い場所で、前にも後ろにも道がある場所で、追い詰められたのだ。

 もう誰も勝つことは考えられない。中心で精彩を欠いた剣をいなして笑っているあの一人を除いて。逃げようと背中を向けた人間は例外なく切られるか、出どころがわからない鞭に阻まれた。

 これなら、あいつらの出る幕はないなと、心の中で笑って剣を抜いた。クレフがそれに気が付いて真顔でこちらを見た。化け物でも疲れるんだな、といつもよりほんの少しぶれている体幹を見て妙な感慨がわいた。

「どいつもこいつも致命傷は避けてるのか。はは。なぜこんな面倒なマネを?」

 足元に転がる仮面たちの体を足でつつく。感嘆と畏怖が笑いに混ざった。

「フェルミの役に立つだろうと思った。」

 言葉に詰まった。この化け物二人は平然と自分の行動基準にお互いを持ってくる。そういうところが、歪に、空っぽに見えてどこか不気味だった。

「……役に立つだろうよ。それじゃあ、疲れているところ悪いが、俺と戦ってくれ。この勝敗に色々かかってるんでな」

 

 ――――――――

 

「ねえ、本当に大丈夫なの」

 遠巻きに、コソコソと仮面をかぶった連中がどこかに流れていくのを見ている。

「何がだ」

「だって、あれ戦う人たちでしょう?けど勇者でも、魔法使いでもない。何か変よ。関係している人達はほとんど捕まえたのに、事態は収束していない様に見えるわ。クレフも呼ばれたと言ってどこか行ってしまうし、心配よ」

「大本を揺すって、起こらない事態を無理やり起こしている。ここからがむしろ本番の騒ぎだ」

「クレフを呼んだテネブリーズさんの様子も変だったわ。何か悪いことが起こらないといいけれど」

 カイエゲルダには何も話していない。計画なんて大っぴらに公開すべきものではないから当然と言えば当然だろう。それにこの女は恐らく話したら止めにかかる。それは面倒だ。

「悪いこととは。」

「た、例えばよ。実はテネブリーズさんが、勇者狩りの黒幕とつながっていて、クレフの命を狙っている……とか……」

 意外と鋭い。見たことのない勢力があいつのいる方に流れるのを見て、あいつを呼んだテネブリーズが仕組んだことだと考えた、そんなところだろうか?

「動機は?」

「クレフがすごく嫌い。とか」

「フン。……テネブリーズは裏切らないさ。」

 どれだけ孤立していても、彼は最高執政官に悖るようなことは絶対にしない。残酷で無責任な憧れが彼を引き留めるだろう。彼は腐っては生きられない人間だ。

「それに、彼の計画を良しとしたのは私だ。あの計画の要は、クレフ・レインハイムの規格外の強さで、――私はそれを否定できない。」

 カイエゲルダが無表情にやや怪訝さをにじませてこちらを見た。

「彼は、計画が失敗する、という計画を立てた。自虐的なことだ」

 私たちはクレフに賭けている。いや、賭けなどではないのだ。奴が負ければ、勇者部門諸共私たちはおしまいで、クレフは全ての思惑を超えて、善も悪もなくただ圧倒的に強い。そうでなければクレフではない。彼が負けることなど、ありえないのだ。それが憧憬の魔法使いだかなんだかに負けて手足の感覚を取られているなど許せない。全力で殺しにかかって生き残ってもらいでもしないと、気持ちの整理がつかない。……私は合図があれば出るが、大人しく待機していなくてはいけないのが歯がゆいところだ。

 

 ――――――――

 

 クレフ・レインハイムは勝たなければならない。この世には規格外が存在するのだと証明するために。俺が、あの席を諦めるに至った輝きが、偽りでないと放たれなければならない。そんな風に息巻いていたが、ま、そんな心配をするまでもなく、敵うはずもなかった。ただただ恐ろしい。恐怖心が俺の動きを鈍らせて、奴はそれを見逃すほど甘くはなかった。

 鳩尾を殴られて思いっきり吹っ飛ばされる。壁に叩きつけられて、剣を握っていられなくなった。これで、政治部門の尖兵は壊滅した。計画は、これで終わりだ。

「……ハ、ッはは。」

 レインハイムは神妙な顔つきでこちらを見ている。口を開こうとして、横やりに噤んだ。

「――こんな、こんなことがあっていいはずがない!」

 吠えたのは、どこに隠れて見ていたんだか、木っ端だった。頭が痛い。鈍痛で体を動かす気力もわかない。

「計画は、はじまりにも立ってない、何人投入したと思ってるんだ!な、魔法兵器まで導入したんだぞ!これじゃ、これ、私の責任――。おい!……ふざけるな!なんなんだよお前!こ、この化け物!」

 変声器も捨てて、わなわなと体を震わせながら半狂乱で叫ぶ、明るいところで見ると気弱そうなやつ。かわいそうなものだ。

「まあ、まあ、いい。テネブリーズ、代わりにお前を始末しよう。貴様にすべての事態の責任を押し付けて……ここであったのは内紛だ。そうすればいい、適当に金を動かして導線を引けば、あの爺もこの場にいる。奴がこれらを動かしたことに……」

 そうしたいなら、そりゃしゃべっちゃダメな内容だな。と口に出したかったが、声は出なかった。

「アルバルト、いつまで寝たふりをしている。なんだこの状況は。俺は何に巻き込まれてるんだ」

 クレフが口を開いた。

「アハ!気づいてましたか!タイミングのがしちゃいまして。騙した感じで無視別けないですけど、我々にも計画があるんで!」

「なッ……?計画?」

「政治部門が勇者狩りにどの程度の規模でかかわっているのか、明らかにしたくてですね!あなた方の計画を乗っ取ったんですよ。まあ、あなたが突っ走っちゃったみたいなところがあるっぽいですが、色々隠し持ってることもわかったんで、我々の計画は成功ですかね。」

 ご苦労様でした、と木っ端に声をかけるアルバルトだが、こいつもこいつでいい性格してるなと思った。

 騙されていたということに気が付いたのか、木っ端はぐしゃぐしゃと髪をかき乱して、もはや言葉にならない声をあげている。

「計画……そ、それじゃ、なぜ?なぜクレフ・レインハイム襲撃など持ち掛けた?執行部隊も、疑似魔法兵器もお前たちの味方ではない!レインハイムが死んだら、貴様ら諸共沈む!……手足の感覚がないというのは嘘か!」

 誰だって仲間を殺そうとしたら裏切りだと思うだろう。狙い通り俺はまんまと政治部門の信頼を得たわけだ。だが、俺らからすればクレフを殺す計画など、失敗の二文字の象徴でしかないのだ。こうして、相手に「必ず失敗する計画」を実行させる「計画」が出来た。

「いや、手足じゃなくて四肢の感覚がない。わりと死ぬかと思った。帰っていいか?ちょっともう立ってるの辛いんだが」

「頭がおかしいのか!?執行部隊は一人一人が一級に相当する実力だぞ!魔法兵器はその執行部隊が束でかかって歯が立たない戦力だ。それは分ってたはずだ!……常識的に考えて、」

 その常識を超えた奴が目の前にいて息をのんだらしい。ようやくわかったか、木っ端め。勇者をなめすぎだ。

「ありえない!あり得ない……こんなのは異常イレギュラーだ!こんなの、計画とは呼びようもない!好ましくない!」

「僕たちはあなたの想定より馬鹿だったらしいですね!」

「俺ら目がくらんでんだよ。イレギュラーにさ」

 木っ端はへなへなと座り込んだ。

「あ、ああ。アッハハ。でも、フェルミドールは終わりですね。もう情報屋にはリーク済みなんですよ。エントの捕虜を不当に追い詰め、殺した罪に問われる。しょうもないことで、大衆の目は簡単に悪意に満ちる」

「それで誰が死んだんだ?」

「とぼけないで下さい。オルストネストという若者ですよ。精神汚染に罹って、我々が貸している棟の動力プールに飛び込んだ。政治部門の調査で明らかになった、主席勇者の悪行。それなりに目を引くタイトルだと思いませんか?」

「じゃ、誤情報のリークですね。オルストネストは生きていますから」

 木っ端は意味が分からないといった様子でこちらを睨んだ。

「……はは。プールに飛び込んだ子なら、僕が助けちゃったからね。フェルミドールに預けたよ。」

 灰色の少年が面倒くさそうに足をふらふらさせながらそう言った。これに関しては本当に想定外の僥倖としか言いようがない。流石に不可解な生存だったが、そんなのどうでもよくなるほど不可解なこいつが助けたんなら、もう仕組みなんかどうでも良い。誰なんだこいつ。

「嘘だ。そ、そんなの不可能だ……落ちたのは確認した。助からない、そもそも引き上げたら、周囲を汚染するだろう」

 ぽつり、ぽつりと言葉を紡いでいく。もう何もしゃべらない方がいいだろうに。

「証人が生きてるので、意図的に作られた情報を流したというのも明らかですね!観念してください。」

「拘束いたしますね。失礼します」

 と、魔法の鞭を操っていた姿の見えない聖女の、声だけが響いた。便利な魔法だ。

「……殺してください。もう、殺してください。」

 項垂れている木っ端の肩をアルバルトが叩いた。

「それをするのは司法なので!あなた方が司るものですよ。どうにでもなるんじゃないですか?知りませんけど。」

 励ますようにそう言って、物陰に待機していた人員に連行の指示を出した。

 

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