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もう勇者やめる  作者: ぷぷぴ~
アシュハイム編
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ウタウタイ

 長い夜が明けた。精神をおかしくした議員たちが度々議会の外に出ようと試みるせいであまりよく眠れなかった。聞けば、普通は耳栓なり何なりで歌を防ぐらしい。しかし議会の連中は「議会の男たるもの」だの何だの言って対策を行わなかったらしい。良い迷惑だ。ちなみにヴァージルはしっかり座布団で耳を塞いでいた。全滅防止人員決定じゃんけんで一人負けしたからだそうだ。


 _____________


「これからクジラ座の突入と要救助者の救出を行う。内部の状況から判断し、搬送が可能なら議会へ送るように。不可能なら劇場内で応急手当てを行う。」

 遠くからヴァージルの号令が聞こえる。霧は晴れなかったが、朝日の煌めきが都市を照らし、昨日の鬱蒼とした雰囲気とは打って変わって霧の町は白く、神秘的な雰囲気に包まれている。俺は魔物の調査へと向かう前に、議員連中が劇場に入れるよう内鍵を開けるため、セローから伝えられていた裏手の壁を上って窓から劇場に侵入し、入り口を目指して内部をうろついている最中だ。内部構造はセローから説明を受けていたため、特に迷うようなことはなかった。思っていたよりも豪勢な劇場で、城のような趣すら感じる。古めかしい様式のステンドグラスや、趣味の良い調度品が飾られているが、よく見ると何かの表題のかかれたプレートが飾られている。おそらく演劇用の小道具で、所謂本物ではないのだろう。観客がいればこそ賑わう場内であろうが、俺の足音すらビロードの絨毯に吸収され、しんと静まり返っていた。セローによれば劇団員は上演用のホールにいるらしく、確かに廊下では一人も発見することが出来なかった。リハーサルの最中にでも事件が起きたのだろうか。

 正面入り口についた。この扉と、正門の内鍵を開けるのが俺の仕事だ。セローから伝え聞いていなかった点を発見した。正面扉は施錠されたままに、その隣のガラス窓が割れている。そういえば劇場での発見と大脱出を得意げに語るセローの口ぶりが、脱出直前だけ曖昧だったことを思い出す。なぜかセローは正面入り口から出ずにガラスを派手に破って出て行ったということである。そういえば怪我をしていた。腕の怪我はその時にできたものだろう。

 覗き込むと、破片が中庭に散乱しているのが見える。断じて俺がガラスを割ったわけではない。そして、このガラスを割ったのはクジラ座を襲撃した人間でもない。というのも、その人間(人間と仮定する)が逃亡したらしき痕跡はセローが侵入した窓に残っていた。というか、その痕跡があったからセローは侵入に成功したというか。伝え忘れただけで、セローもまさか俺にガラス割りの罪を着せようとしている訳ではあるまい。

「ヴヘックション゛」

 遠くからだれかの盛大なくしゃみが聞こえたが……。

 鍵を開けようとして、セローが窓を破った理由がわかった。錠は非常に古い形式で、鍵がなければ開けるのは至難の業だろう。非常によくできている。錠を破壊し、扉を開いた。正門と正面扉の間にはちょっとした庭園が広がっており、朝の霧も相まって実に良い雰囲気だ。少し歩くと門が見えた。その先には議員たちがいる。別れる前には居なかったヴァージルの率いる「自警団」も遅れて到着したようだ。

「セロー、この庭からはどうやって出たんだ」

 門にも錠がかけられている。手に取ってみると意匠が異なるだけで、おそらく鍵はさっきの錠と同じものが使えるのだろう。

「門のぼった」

「なるほど」

 門を見る。それなりの高さはあるが、錠を開けるよりは簡単だろう。

「クレフ、その錠どうやって開けるつも……いや、いい。なんでもない。」

 ギイと音を立てて門が開く。始まるのは演目ではなく、暴かれるのは王家の謀略ではない。やいのやいのと劇場へと入っていく議員たちを見送り、魔物が出たという町裏手に続く道を行く。


 _____________

 

 町を離れると少し霧がましになった。が、地面がぬかるんでいるため、環境としては「どっこいどっこい」だろう。カイエゲルダがどっこいどっこいという言葉を使ったのが今になってなんとなく面白くなり始めた。いつ魔物が出ても良いように剣の柄に手をかけているが、特に歩くたびにぬちょぬちょと嫌な音がする以外に怪しい音も、気配もない。もうそろそろ落葉の時期であろう木々の間を小鳥が動いているのか、囀りとカサカサという音が聞こえる。遠くからは微かに水の音が聞こえる。川か湖だろうか。都市と少し距離があるため魔物を軽く警戒すべきだろうが、散歩するには快適な場所だ。地面がぬかるんでいなければ。

 ……なぜこんなに地面がぬかるんでいる?このあたりは湿地だったというから、その名残か?いや、干拓地といっても長雨でも降らなければこんな風にはなるまい。昨日の晩、雨が降った様子はなかった。都市の石だたみも濡れてはいなかった。都市を振り返る。天候に差が出る様な距離ではない。靴裏になにか硬質なものを感じた。見れば、アクセサリーのチェーンのようだ。泥と貴金属……?何か覚えがないか?

 思い当たらなければよかったと後悔した。ぞわぞわと嫌な予感が駆け巡る。ドロドロとした人型の化け物。「歌狩り」、まれに歌いが貴金属を落とすと。では、このぬかるみは?

「……っ」

 情けないことに、声にならない悲鳴が上がった。足を引き上げる。どこか、どこかぬかるんでいない地面は……。否定する手段はある。日が照っていれば、歌いは消えるのだと。どこもぬかるんでいる。泥が足にまとわりつく。

 歌が、聞こえる。あの、呻き声が聞こえる。

 いや、聞こえていない!頭の中で反芻しているだけだ。平静を保て。地面が悪かろうが、霧が濃かろうが、俺の仕事は魔物を倒すことだ。化け物に恐れおののくことではない。

 足を前に進めながら、震える手で仕事道具を探る。回復用の薬品、包帯、携帯食料、筆記用具、スカウターex,5-23更新,最終版,処分決定……。気休めになれば何でもいい。スカウターex,5-23更新,最終版,処分決定でも使うか。

 このおもちゃのような見た目をしたこのガラクタは、兄が回収した遺物を勝手に改造して作ったものだ。対象の戦闘力や危険性、性質を分析するツールであり、実用化に至らず、いらなくなったから俺に処分させようとしたらしいが、このガラクタは意外と役に立つ。頭に装着し、起動して地面に向けて照射する。

『おカネがタリマセン。』

 役に立たない時もある。叩くと中からカラカラと音がする。数回叩いて再起動する。

『カイセキ中、ガガガ、……ガッピー。フメイのマホウを検出。チカクにマホウツカイがイマス。ガスバスガツガツ』

 やはりこのぬかるみはただの泥ではない。このスカウターを信用するのもどうかと思うが、かなしきかな経験から言って精度はそれなりに高いのだ。剣を引き抜く。……この泥の使役者が、近くにいる。

 木の葉を風が撫でる。何かが確かに今、俺の後ろに立った。

「こんにちは」

 ああ、聞いたことのある声だ。凪いだ水面のような声。

「……カイエゲルダ」

「あなたを待っていたの。」


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