暗闇
休暇を申請して、準備をしていたら、テネブリーズから呼び出された。勇者狩りについて策があるから協力してほしいという内容だった。断る理由もなかったため、指定された時間に集合場所に向かった。なんとなくと言ってエンデもついてきた。
集合場所は東門の近辺で、主には様々倉庫がある。もともと人通りは少なくうらぶれた雰囲気の漂う場所だが、今日はいつにも増して不気味なほど静かだった。
いくつかの角を曲がって、直線的な路地に出ると、誰かが道の真ん中で倒れていた。街灯もまばらでよく見えないが、血を流しているような気がする。胸騒ぎを感じつつ駆け寄った。
アルバルト……?
倒れているのは今朝、部隊名がどうとかで話しかけてきた記憶に新しい後輩だった。
様々な疑問が頭を駆け巡って立ち尽くす俺を、いつの間にか20人ほどの武器を構えた仮面の集団が取り囲んでいた。
そして、
「こういうわけだ。クレフ・レインハイム。死んでくれ」
とそれを率いるようにテネブリーズが前に出た。
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「囮作戦なんて古典的な手が使えるとは思わなんだな。主席殿」
「手練れではあるようだが、所詮は末端ということだ。しかしこれだけの人数をどこから用意したんだろうか。」
襲い掛かってきた連中が何か身分を特定できるものを持っていないか確認している俺に、フェルミドールが珍しく返事をした。階級は同じに括られるが、順位と執政官直属という地位から言って俺の上長ということになる。最初に見たときは舐めた態度のクソガキという印象だったが、今は言葉少なで、何を考えているのかわからない。次々と湧いて出てくる片手では数えられない増援を片手間に片づけてしまう化け物。俺は闘技場で毎度こいつに辛酸をなめさせられているわけだ。
相手は何としてでも口封じをしなくちゃならんと言った勢いで出し惜しみなく攻めてきた、何か裏があるのは間違いないだろう。
「さて、人を呼んで連行するかね。尋問するよな」
「……優秀な尋問官に心当たりがある。こいつらは機関から流れたと考えるのが一番手っ取り早いか。私は名簿でもあたるとしよう」
とだけ言ってスタスタ歩いて行ってしまった。あの何の困難にも出会ったことのなさそうな、何の執着も持たなそうな薄暗い緑色の目がいつまでたっても苦手だ。
――――――
「え?尋問?私が?」
「カイエゲルダ、そんなに混乱するような内容か?君の魔法は意思を操るものだ。」
「嫌よ。そんなののために歌いたくないわ」
「じゃあ拷問するしかないな。生爪剥がす器具が錆びてないと良いが」
「誠心誠意歌うわ。」
という感じで、水色の髪の美女が尋問を担当することになった。こいつか、魔法部門の階級試験を荒らしたアシュハイムの魔女というのは。涼しい顔をして、既存の序列を破壊することを全く気にしない人間。魔法という生来の約束された力。劣等感などというものもはや削られて、湧いた感情に引き出しから形骸化したその名前を付けるので精いっぱいだった。フェルミドールがクレフ以外に冗談を言うのは珍しい。そもそもしゃべるのが珍しい。俺はそれなりにフェルミドールと組む機会があった。奴は俺に、無駄なことは何も話さなかった。奴の目に映っているのかすらわからなかった。
――――――
暗闇から声がした。
「それで、あなたが何の用ですか。」
「あんた方のしでかしは調べがついてる。ここまでたどり着いてるのは俺だけだ。目的を話してもらおうかね」
「あなた方ごときが目的などという言葉を語るとは、また勇者らしく愚かですね。」
尋問をもとに、しっぽをつかみ、あちこち嗅ぎまわってみればどこも自分は頼まれているだけだと、そう歌によって事実を述べた。暗殺集団は様々の依頼者から金を受け取った勇者と魔法使いが大半を占めていた。すべてまともな依頼に偽造されていたが、資金をたどると政治部門に行きついた。機関から出発して機関に戻ってきた。関係していそうな政治部門の連中に片っ端から暗号めかして脅迫文を送ったところ、ひとりが密会の約束を取り付けてきた。間違いようのない黒。
「いえ、前言撤回しましょうか。あなたはテネブリーズ・ラハシュですね。勇者部門、階級試験2位の。あなたの活躍は耳に届いています。あなたは多少賢いですかね」
技研部門が作りそうな機械じみたしゃべり方だ。おそらく変声器でも使っているのだろう。潔白が遠のくのみで、無駄なあがきだ。
暗闇の中の声は続ける。
「身元は保証されているとはいえ、勇者部門は品性を欠いている。匪賊に落ちるのも時間の問題でしょう」
大人しく茶でもしばいてろクソったれ貴族が。だが、噛みついても仕方がない。
「あんたさん方の差し金とはいえ、今回の勇者が勇者を殺害する騒動があった以上、それは否定できないかもな。今の勇者部門はゲールクリフを失えば瓦解する。そうでなくともいずれ、統率を欠いていることが露呈し、手に負えないものとなる。あんたさん方は実質的な崩壊の前に勇者部門を傘下に置いて管理したい、目的はそんなところか」
多少訳知りなふりでもしてみるか。どう出る?
「傘下に置くなどという話ではないのですよ。本来あるべき序列を取り戻すだけです。」
「はいはい。すみませんね」
変声器の奥から溜息が漏れた。返答の手紙は匿名だった。暗い室内では相手が男なのか女なのかもわかっていない。対する俺は、名前がばれている。まあ、大したことじゃない。
「努力は正当に評価されるべきだと、そう思いませんか?」
暗闇の中から発せられる声が急に温和になった。懐柔でももくろんでいるのか?
「なんの話だ。」
「いえ、あなたの経歴を思い出していたのですよ。あなたは、かつてゲールクリフに最も近い勇者だった。それが不当に阻まれたとは思いませんか?」
「……」
「我々に協力しませんか?あなたにとっても利のある話だと思いますよ。テネブリーズ・ラハシュ。我々は勇者部門を作り直そうとしています。本来あなた方のような突出した個人は我々にとって邪魔です。ですが、我々に協力すれば解体後の地位も便宜を図りましょう。そうなれば、あんなイレギュラーの化け物に地位を打ちとめられることも、化け物にへつらう必要もありません。あなたは本来手に入れるはずだった、あるべき地位を手に入れる」
「なんだ。そっちからそう言ってくれるんなら話が早いな。」
あの何もかもを見下したような暗い緑の目を思い出した。口角が勝手に吊り上がるのをこらえながら、暗闇に接近する。
「俺はあんた方の役に立つかと思って、取引を用意たんだよ。それで、抜け駆けしてあんたに接触している。」
暗闇の中で相手がたじろいだ。近づかれるのは嫌がるか。
「ゲールクリフの直属、あの二人を失墜させる計画がある。民衆人気を考えてゲールクリフにはいてもらわなきゃ困るのはあんたらもわかってるよな。」
相手は曖昧に返答した。こいつは木っ端だな。おそらく。ま、何でもいい。
「あいつらは執政官の首は挿げ替えず、現状の体制を壊すのには使える二人だ。今は都合よく上位ランカーで組んだ部隊もある。奴らが落ちれば、部隊も終わる。勇者部門の信頼は低下し、あんたらの手出しもしやすくなるだろう。チャンスは今しかない。あんたもこれが成功すれば功労者だな?採用してもらえるか?」
クレフ・レインハイムは今、四肢の感覚を失っている。




