愚鈍
「魔法兵器を全部壊す?どんな苦行だそれは。実現可能とは思えんな。」
「まあ、そんなこと言っておいて俺の手足を奪うような奴だ。適当こいてるだけなのかもしれない。」
憧憬の魔法使いの崇拝者がどこかに行ったから、好き放題悪口が言える。黒髪の少女はローレンツ殿を追いかけてどこかに行ってしまった。ゲールはそれを見て俺に「お前にしてはよくやった」と声をかけてそのまま出て行った。壊滅させろという指示にも背いたことにはならないだろうし、クビに伴う独自裁量も及第点はいただけたようだ。まあ、俺の惨状を見て慰めをよこしただけかもしれないが。色々曖昧になった部分はあるとはいえ、崩壊を止めたという成果は得られている。残りのあれこれの処理は彼が担うのだろう。
「そういえば、お前妙に長く中央にいるな」
難しい顔をしているフェルミに声をかけた。中央でこいつに会うことは少ないのだ。こいつは仮にも勇者の首位にいる。引っ張りだこで滅多に中央には滞在しない。
「ああ。お前が無駄にあっちこっち行っている間にアレが再発してだな。主席として呼び戻されているというわけだ」
「アレ……ああ、勇者狩りか?よく起きるだろ、お前の出る幕とも思えないが」
「勇者狩り」
カイエが不審そうにつぶやいた。
「字面の通りだ。勇者は基本的に金を持っているものだから、引く場所もないような輩に荷物やら何やらをそれなりに狙われるんだ。標的となるのは、主に5級や4級の連中だな。」
「下級と言っても勇者よね?それをどうにかできるくらい強いならほかにお金の稼ぎようもあると思うのだけれど」
「その通りだ。しかし……問題は根深いものでね。盗まれるのは身分証たる剣と、まあ、財布とかだな。正直言って勇者の身分証には金以上の価値がある。あらゆる情報が機関には集まっているからな。ただ、情報なぞを欲しがるのはその日に窮している人間ではない。――指示をしている、あるいは、剣を高価で買い取る道を示し焚きつけている何者かがいる。そういう連中が、勇者狩りの価値を額面以上のものにしているのだよ」
「勇者を狩れる奴はそう多くない。独占的地位だ、他の金の稼ぎ方が霞む」
フェルミの説明に俺が補足する。医務室が異様な高階層にあるのも、手負いを攻撃されないようにするためだとかなんとか。結局搬送が大変であるため、下層にも医務室ができた。こっちは所謂重要人物対応用というわけだ。……俺はまだ重要人物扱いらしい。
「魔法使いにも身分証はあるが、本人が魔力を流さない限り身分証として発動できないようになっている。カイエゲルダ、お前の身分証も発行が遅いだろう、作るのに時間が必要だからだ。それで、本人でなくても扱えるのは剣の身分証だけなんだ。しかも勇者は業務の性質上不在の異常が明るみになりにくい。政治部門は本人の失踪に敏感だし、技術研究部門は少数精鋭な上、謎の変態的な生体認証技術で本人確認をしている。他諸部門は碌な情報にアクセスできない。」
「そういうことだ。ゲールクリフもずいぶん前から手を焼いているが、なかなか本体を叩けていない状況らしいな。」
「何せ本体がたくさんあるからな。うんざりすることだぜ。圏外、任務の後の帰還報告を忘れるなよ。身分失効までの猶予が短くなったからな。」
「で、なんでお前が駆り出されてるんだ。役不足だろ」
「あ~狩られたのが1級だからさ。面倒なことに、命はあるが精神異常を起こしていたものでな。早急の問題解決が叫ばれているというわけだ。2,3位と5位も今中央に戻ってきている。5位がお前のことを心配していたぞ。会ってやれ」
「随分な事だな。さっさと片付けとけよ」
「言われるまでもない」
「やあ、勇者くん。久しぶりだ。」
それに一番に反応したのはカイエだった。フェルミのよりも少し高く、カイエよりも低い、聞き覚えのある、悪意のない声。全く感じられない気配。
「邪魔するよ。お友達もこんにちは」
「な、」
「こ、……んにちは」
いつの間にか部屋の中にいたそれに、カイエが人質セットの逃亡犯にでも接するような声色で挨拶を返した。
「こんにちは。」
「――エンデ」
俺がそう口にするが早いか、フェルミが目にもとまらぬ速さで細身の剣を抜いて奴に向けた。カイエは硬直している。
「まあ、そう敵意を向けないでくれよ。それにしても悍ましい都市だね。ここは」
「どうやってこの城に入った。何が目的だ」
エンデは両手をあげて降参のポーズをとっている。ポーズでしかないのは奴の余裕の表情からも明らかだ。
「なに、中央に興味があっただけさ。ただ、ちょっと不便な部分があって。使われている建物には歓迎されないと入れないものでね。」
「なんの話だ、冗談はやめろ。歓迎した覚えなどない。」
「中に知り合いがいればいいのさ」
エンデは小さく頭を傾けてこちらを見た。ちょっと身長伸びたか?もう少し小さかったと思うんだが。いや、俺が寝ているから大きく見えるだけか?
「認証はどうした」
「そんなものあったかな?」
身分証の認証を通らずにここまで来るなど壁でもよじ登らない限り不可能だ。からかうような口調だ、心当たりはあるらしい。
「フェルミ、いい。そいつは放っておけ。勝てる相手じゃない」
「だが。」
「ここには様子見に来ただけなんだ。君、大丈夫かなと思って。茫然自失になられていては困る」
「見ての通りだ。発狂を疑われている」
足を動かして拘束具を鳴らす。
「発狂はもとよりの性質だろう?見舞いの品の代わりと言っては何だが、向かってほしい場所を伝えておこうと思って。そこに行けば手足を返してやると約束しよう」
フェルミは警戒を解かないまま剣を鞘にしまった。
「睨むなよ。彼が最も失いたくないものを貰ったに過ぎない。そうすれば取り返すために動いてくれるかな、と思ってね。見当違いなら別のものを貰うよ、フェルミドール、あるいはカイエゲルダ。君たちのいずれも人質になりえる。そうだろう?勇者くん。」
エンデは俺を見て悪意の見えない柔らかな微笑みを崩さずに言い放った。
「脅す以外の交渉手段を知らないらしいな」
フェルミが挑発した。カイエは恐怖のあまりか口もとを押えて、目に涙を浮かべていた。俺には見えていない何かを見ている。
「痛いところを突くなあ。――知らないよ。」
神経を蝕む毒が、突然言葉から漏れ出した。笑顔の裏にある怒りが空気を呑んだ。カイエから短い悲鳴が漏れた。フェルミは顔を引きつらせている。俺も手足に魔法がかかっているせいか、奴から得体のしれない物理的な不気味さを感じてならなかった。魔力が放出されたとかそんな感じだろう。
「……。目的地はエウクライドだ。棄てられた神を求め、古の怒りに見えろ。またね、勇者くん。後でちょっと道案内をしてくれよ。」
と言って、奴はあっけなくその場から姿を消した。
「カイエ、大丈夫か」
カイエはその場に蹲ってしまった。反射的に駆け寄ろうとして、足がベッドにつながれていることを思い出した。フェルミに目配せする。ぎこちなくカイエに寄り添った。
「え、ええ。クレフ、ねえ、どうしたらあれと戦おうと思うのか教えてくださる?」
カイエが呆れたように言い放った。
俺は、何かが気に障ったらしい。ふつ、と怒りが湧いた。心のどこかが、邪魔だ、とそう叫んだ。君は口を出しすぎる。フェルミとの模擬戦でも手出しをしてきた。邪魔をするな、自分のあり方を否定するなと、他でもない自分が何かをほざいている。聞くな。彼女を無意味に攻撃して、気が滅入っていることなど、理由になるものか。
「立ち塞がるものを排除するのが俺の仕事だからだ」
努めて冷静に言ったつもりだった。口に出してみて、的外れであるように思えた。
「そう……。」
彼女が何かにたじろいだのが分かった。そのきれいな赤い目に怯えが映っていた。何におびえている?返答を間違ったか?なぜ、彼女は俺についてきてくれるのだろう。なぜ助けてくれる?何が彼女を俺に縛り付けている?
「――なあ。俺はこのザマで、エウクライドはフロンティアの先。生きて到達するのなんか無茶だ。ずっとこのままかもしれない。君は、強いだろう?こんな、俺なんかに構う必要はない、君はどこにだって行ける。」
もはや俺は彼女の枷であり、彼女は、俺の枷だ。俺は、何度死のうが俺の手足を取り戻す。彼女はそれを進めるうえで障害になる。
「クレフ。」
「カイエ、俺はもう君の助けにはなれない。放っておいてくれ。俺は君に何の益も齎さない人間だ、忘れて、どこにでも勝手に行け。邪魔だ、君といると、心が痛い。」
「……。」
彼女は何か言いたげに口を開きかけて、そのまま部屋を出て行ってしまった。
「貴様、少しは頭が切れると思っていたが見当違いだったようだ。愚鈍だな」
「うるさい。」
急にキレるじゃんこいつ




