振り返り
「おや、目が覚めたかな。さっそくで悪いけれど、君の話を詳しく聞いておく必要があってね。」
この落ち着いた声はローレンツ殿だ。さすがに彼の前で寝ているわけにもいかず、体を起こした。ぼんやりした頭で声がした方向を見ると、ローレンツ殿以外にも、愕然とした表情のフェルミ、いつも通りに怪訝そうに俺を見ているゲールクリフ。それからどんよりした顔のカイエがいた。勢ぞろいというにふさわしいメンツだ。あともう一人は、確か、ローレンツ殿の……親戚だったかな、黒髪の少女が控えている。
「ローレンツ殿、申し訳ありません。ご迷惑をかけたと聞き及んでいます。」
「いやいや、ぼくはかまわないよ。それより話せそうかい?体調がよくなければ、明日にでもするからね」
「やけに礼儀正しい。俺に対してもそれくらい礼節を払ってもらいたいものだな!」
寝ぼけた頭をゲールクリフの大声が貫通した。
「ゲールクリフ、邪魔をしないでおくれ。憧憬の魔法使いについての話が聞けるかもしれないんだぞ。君が大声を出したせいで彼が驚いて話す気を失ってしまったらどうするんだい。伝説の魔法使いの魔法が眼前に!はヘヘ!美しい、美しすぎる!もっとよく見せておくれ……。このかわいらしい執念の結晶ともいえる魔法……。かわいい!うおぉ……。かわいい。ぼくはこの魔法を見るために魔法を習得したに違いない!神に感謝!」
「ローレンツ様、やばい奴だと思われてしまいましてよ。」
俺ににじり寄ってきて身悶え始めたローレンツ殿を黒髪の少女がいさめた。ローレンツ殿って、こんな人だったか?
「コホン。すまないね。年甲斐もなくはしゃいでしまったよ。」
「圏外、私たちはカイエゲルダと捕虜のオルストネストからある程度の事情は聴いている。だから話すのは気になった点だけでいい。お前の気持ちの整理にもなるだろう」
あの黒服、そんな名前だったのか。
「憧憬の魔法使い以外についてもだ!わかったか!?」
話す内容を絞るとなると、中々むずかしい。エンデが話した内容をどこまで伝えるか、など。まあ、夢の中の誰かは夢の内容を口外しないようにと念を押していたから、魔王のことは言わないでおこう。とりあえず順を追って話すことにした。一人行動の場面も多かったからカイエにとっても情報の補完になるだろう。
「わかった。そうだ、俺の手帳はあるか?機関から支給されているあの……」
「ここにありましてよ。ローレンツ様が何度も勝手に見ようとするため、私めが預かっております。お返しいたしますわ」
ありがとう、と言って受け取った。
「……そうだな、エントに到着して、まずはカルネ村で事情を聴いて、日照りの魔法を見に行った。そのまま、監視拠点で黒服のリーダーからエントの城下に向かうように指示された。目的は黒い箱を回収することだった。」
それで、とんでもない距離の草刈りをすることになったんだった。
「そのリーダーについて詳しく教えてくれるかい」
この情報は黒服からも伝わっているだろうからあまり詳細に話す必要はないだろう。
「長身の壮年女性だ。高貴な雰囲気だった。似顔絵を描いた。似てなくはないだろう」
「わ、上手ね」
ページを開いて一番近くにいるカイエに手渡した。他の面々も彼女の手元をのぞき込んだ。手遅れなのだが、絵を見られるのはなんとなく気恥しい。早くも返してほしい気持ちになってきた。
「毎度のことだが、貶すに貶せない出来の絵を持ってくるよな、お前」
「おお、美しい方ですわね。あなた、これなら画家になれるんじゃなくて?」
ゲールクリフだけ、深い眉間のしわをさらに深くして、深いため息をついた。
「……やはりか。貴様、血を扱う魔法使いがなぜハラキリ一門なんてふざけた二つ名を使い始めたか、知らないようだな!」
「知らな、いや、覚えが……。」
戦の記録に残らない災害があったと、どの陣営にも与しない血を扱う魔法使いが突如出現して……という話をいつか、聞いたことがある。
「エルナリンドが禁忌になったからだ!先のエント征服戦争で、最も多くの死傷者を出したのが誰か知ってたら挙手でもしておけ!」
「まさか」
反応を示したのはフェルミだ。手はあげてないが。
「死の女神、血族の女王。お前が遭遇したのは、エルナリンドの血族、その危険性を知らしめた張本人だ!あの悪魔はふらりと現れて陣営に関係なく、すべてに対して平等な死をもたらした。打つ手がなかった我々は撤退を余儀なくされた!美しい女だっただろう。おそらく有史以来最も多くの人間を殺した女だ」
「血の魔法は恐ろしいですからね。血液型の違う血が混じれば最悪死にますし、血液媒介感染症のこともありますし……。」
「奴のおかげで中央の医療技術と衛生観念が進展したな!そして、忌々しい血液型占いをもたらした!」
ご、ご婦人……。とんでもない危険人物だった。生かしておくべきではなかったか?恐る恐るゲールクリフの方を見た。
「傷を負った状態であの女と対峙して死ななかったとは、相当運がいいらしい!」
1回死んだけどな。
「ゲールは直接彼女に見えなかったのか?」
「……。あの女とは、まあ。ちょっとした取引があってだな。」
危険人物はここにもいるというわけだ。とりあえず彼女を殺しそこなったことは罪にならなさそうだ。
「しかし、以前に見たときと全く容姿も変わっていない。不気味な女だ!」
「ゲールクリフ、疑念は解消したかい?」
「ああ。十分だ!話を続けるがいい!」
「で、エントの首都についた。黒服の組織、フェーデの研究員を名乗る灰色の髪の魔法使いと話をした。結局そいつはフェーデの一員ではなくて、その目的を邪魔するために動いているにんげ……。魔法使いだった」
そういえば、奴はなぜあの古ぼけた街にいたのだろうか。フェーデに先んじて核を手に入れるためか?違うな、手に入れるタイミングは奴の目的に特に関係ない。
「その灰色の魔法使いがあなたに魔法をかけたのよね。お話したの?」
ローレンツ殿が一瞬暴れた。
「ああ、なんというか、馴れ馴れしい奴だったな。」
「名前は!?」
「エンデ、と名乗ったな。」
「オ゛ォ」
「誰か今刺された?」
「気にしないでくださいまし、ローレンツ様の鳴き声がしただけですわ」
「……それは、憧憬の魔法使いの名前です。ぼくは、迂闊に名前では呼べない。ああ、憧憬の魔法使い……。憧憬の魔法使い、エンデ。ああ゛かっこよすぎ……。」
「お黙りなさい、ローレンツ様。これ以上は沽券にかかわりますわ」
エンデは、憧憬の魔法使いその人の名前だったということか?だからと言って、単に同姓同名の人物という可能性もある。彼が憧憬の魔法使いであるとは限らないが。
「ローレンツ様が役立たずですので、私めが説明いたしますわ。」
黒髪の少女からありがたい申し出があった。カイエが物凄く怪訝な顔をしている。そういえば、俺この人を「癖がないし飾らないかっこいい人だよ。俺もああなりたいものだ。」と紹介した気がする。失敗したな。
「ローレンツ様は、何の呪いかわかりませんが、憧憬の魔法使いの名前を聞くとこのように様子がおかしくなってしまいますの。ローレンツ様がエントに到着して魔法を解析した時は、エンデという名前が魔法に刻印されていただけでして、魔法使いであればそういうことをすることもあるだろうというだけで済んでいたのですわ……。」
そうか、術者はふたつ名ではなく名前を刻んでいたが、読み取り手が名前ではなくふたつ名を俺に伝えたから、名前を知らない俺はふたつ名しか知らない状態になったというわけか。黒髪の少女は俺の手足を見て、少し申し訳なさそうな顔をした。
「その、クレフ様にかけられている魔法にも同じようにエンデ、と名前が刻まれていまして……。それから、『君が日照りの魔法の解析者かい?技術は称賛に値するが、僕に妙なふたつ名をつけるんじゃない』というメッセージも組み込まれていましてよ」
「崇拝している神に褒められてうれしくない人間がいるか?――いや、いない。」
俺を便箋代わりにするな。天に向かって礼拝し始めたローレンツ殿に黒髪の少女が肘鉄をあてた。
あの商館で憧憬の魔法使いについて聞いた時に、合点がいったように笑ったのは自分に妙なふたつ名がついている、という事実に気が付いたからだろうか。奴は、俺とは逆で、名前を知っているが、ふたつ名は知らない状態だったというわけだ。
「本当に憧憬の魔法使いなんですか?」
「ああ!本人でなくとも、ぼくが追い求め続けた、あの日の伝説に近しいか、それを受け継ぐ存在に間違いない。どんな感じでした?容姿は?絵にかいていないのかい?交戦したんだろう?どうだった?強かったかい?」
圧が、圧がすごい。少しでも理想と違うことを言えばぶっ飛ばされそうだ。
「カイエ、ちょっと聞いていいか。あれって男、女どっちだと思う?」
「え?私は遠くからしか見てないから、顔はわからなかったけれど……。声は男の人っぽかったかしら」
「そうか、ありがとう」
俺もそう思って彼、と言っていたが、聞いているうちに判らなくなってきた。夢の中の訳知りっぽい男も性別に言及しなかった。……確定じゃないが、おそらく奴は魔法兵器だ。兵器に性別はあるんだろうか?
「容姿だが、痩せぎすの少年といった感じだったか。背はそんなに高くなかったな。とにかく顔がきれいだった。彫刻みたいだった」
あえてローレンツ殿の方は見ないことにした。のだが、顔を寄せてくるのが視界の端に映っている。怖い。とりあえず今のところぶっ飛ばされてはいない。
「あー……部屋に飾るなよ」
フェルミのお小言は無視だ。
「あれとは戦ったが、特に戦う理由はなかったし、その点はあれも認識していたと思う。勝てる相手ではなかった、というのが正直な感想か。ただ、不意打ちの一撃目こそ殺す気で放たれて、その後は挑戦したければどうぞ、という感じだった。振り返ってみると、かなり手加減されていた。ギリギリ理不尽にならないよう攻撃が発生していたと思う」
「そう思うのは多分あなただけよ。」
まあ、命が1つだったら理不尽かもしれないが……。再挑戦できる以上あれくらいの難易度でなければ話にならないだろう。俺を直接狙ってくる攻撃は、光球とツタだけだった。他の攻撃の発生位置は恐らく据え置きだ。だから覚えて避けて、攻撃同士が被らないように誘導するのがきっと本来の勝ち方だ。予知めいて避けられた攻撃がいくつかあったから、もしかしたら攻撃に関する考え方が俺とあれでやや近いのかもしれない。だとしたらちょっと嫌だ。
最終的には有無を言わさずに俺に対して約束を取り付けてきたのだから、やろうと思えばいつでも勝負を着けられたところ、娯楽のために延長していたのだろう。話を聞かせるのだって、俺を無力化してからでいい。
「珍しく高評価じゃねえか。よほど楽しかったらしいな。」
「俺を戦闘狂みたいに言うのをやめろ。手放しで高評価というわけでもない。追尾してくる光球だけは許せないし、終わり方にも不満がある」
「負けてその有様というわけか!」
「……。」
「詳しい戦闘の様子や、使った魔法については後でじっくり聞くとして、なぜ君がそんな魔法を受けるに至ったかについて、憧憬の魔法使いは何か言っていたかい?」
「おそらく、約束を取り付けるための脅しだ」
脅しにしては実行が早すぎるとも思うが。
「約束?どんな約束だい?」
言葉に詰まった。魔王と夢についてはやんわり口止めされているし、僕の勇者になってくれ、と言われたが、それは恥ずかしくて言えない。殺せと言われたのも、ローレンツ殿の前で言及すべきではないだろう。そうなると、ああ、1つ言えることがあるか。
「全ての魔法兵器を壊せ、とのことだ。」
ローレンツ殿が顔を顰めて、それから何かを思い出したらしく唐突に部屋を出て行った。
彼自身を含む、すべての魔法兵器を滅ぼす。約束を履行しなければ、彼が直々に人間を滅ぼすらしい。早くこの体に慣れなければ。




