【エンデ戦】盟約【初見ノーデス】
「話を聞いてもらえない場合、結構話し手に問題があるもんだぞ」
ご婦人を確認すると、意識がないだけで生きてはいるらしい。とりあえずカイエも大丈夫だろうと推測し、自分のやるべきことに集中する。
「ふむ、そうか。じゃあ座って聞いてくれるかい」
天井の明かりをカイエが吹き飛ばしてしまったので、目の前の怪物が背負っている光輪がより一層まぶしい。こいつがヨレている間に管を破壊しなければ。
「聞いてくれないみたいだね。僕も勝手に話すよ」
追いかけてくるツタが明らかに先ほどより太い、棘も異様に伸びていてもはや棘付きこん棒のような何かにすら見える。よく見ればうっすらと夜空の透けるそれだが、神秘と呼ぶには見た目が物理的すぎる。切るのは労力だ、避けることだけ考えよう。光線と光球は発生源が上の光源だったらしく、降ってくることはなかった。一番避けにくい光球がなくなったのはでかい、復活でもする前に終わらせたいところだ。
管に手が届くか、というところで俺の剣を溶かしたあの攻撃が再び放たれようとしている。キラキラと、ウィンドチャイムの音色にも似た死の予兆が収束していく。今度はエンデを視界にとらえているため、攻撃発生の様子を見ることができる。光輪の変形攻撃だったらしい。それは周囲から何かを吸収するように明滅すると、……見るのをやめよう、見とれて死にそうだ。先ほどと同じタイミングであるのなら、攻撃は3連、1撃目と次には間があるが、その次は間髪入れずに放たれる。あの光の槍に管を攻撃させられたら楽なんだが、と考えている暇もなく、いやな予感がしたので、跳躍した。
光の槍の花が咲いて、周囲を薙ぎ払った。
「ッぶね」
「魔王、それに魔物がいなくなれば、魔法兵器は用済みだ。極端な力は世界を歪める。無いほうがいいんだ。だからこそ、盟約が結ばれた。」
ツタがどこまでも追いかけてくるため、なりふり構っていられない。ガンガンと乱暴に剣の柄で管を殴りつけて、裂けた部分をこじ開けて引きちぎる。あと一本!あの中央の太い管。
目標達成が間近になって急に不安が押し寄せた。
この増幅器にダメージを入れる方法として地に落とすことを選んだ。確かに高さはモノが壊れるには十分だ。だが、もし壊れなかったら?どうやってあの魔法を止める?そもそも、機械の上にいる俺とご婦人はどうなる?最悪俺はいい。この高さなら骨折で済むだろう。だが、ご婦人は?意識のない彼女が無事で済むとは限らない。この機械に括り付けられているから頭から落ちることはないだろうが、ぶっこわれた破片でも刺さったらどうする。
「勇者の存立は、魔法兵器を殺すことを目的としていた。彼らに与えられたのが、輝く白い剣だ。唯一、不死に届く救いの剣。」
その輝く白い剣は鋳つぶされて別の金属と混ぜられ無数のレプリカになって現在手元にございます。なるほどアシュハイムの主に効いたのはそういうわけだったか。完全に殺しきれていないあたり剣の効果はだいぶ失われているのだろう。下から棘生えてきやがった。危うく踏み抜くところだった。
「約束は果たされなかった。僕ら、今も古い夢に囚われたまま、ゆっくりと魔王の呼び声を聞いて、朽ち、人間を蝕んでいる。」
エンデが中央の太い管の前に立ちふさがった。淡々とした語り口調だ。伝説の発祥たる帝国が有名無実化したのは大体……大体大昔だ。1000年は経つ。2000年に届くか、そこらだったか。1つの失意を抱え続けるにはあまりにも長い時間だ。受け継ぐにも古臭すぎる。
そろそろ集中力の限界だ、早く決着をつけなくては。一度でも惰性で剣を振れば隙をつかれて攻撃が当たる。ここまで来て死ねない。あと一本、あの一本だ。あと2発、いやもう一撃必要か?深呼吸する。剣を構えなおす。落ち着け、落ち着け。タイミングを見誤るな。手が震えているのに気が付いた。こんなのいつぶりだろうか。
「伝説の継承者よ」
高ぶった神経をなだめるように、目の前の敵は静かに顔をあげてこちらを見据えた。神秘のにおいがする。これ以上直視するとまずい、具合が悪くなってくる。顔のことをかんばせ、というんだったか。そういったどうでもいいことが脳裏を通り抜けていく。どうにも月下の細やかな花びらみたいに綺麗だから攻撃する気が削がれる。ずっと黒い液体吐いていてくれればいいのに。大丈夫関係ない、攻撃対象はあれじゃない、後ろの管だ。剣を握りなおす。
「君と約束がしたい。」
だめだ、目がそらせない。灰色の髪から覗く紫の目には縋るような絶望がこもっている。伝説に賭す熱量が違う。俺は職業で、成り行きで勇者をやっているだけだ。物心つく前に生まれ故郷が突然なくなって、拾われて、気が付いた時にはこれ以外の道を選ぶことが裏切りと死に値する行為になっていただけだ。目の前のあれはなんだ?神聖の光と、何を背負っている?
「魔王と全ての魔法を葬り去り、盟約の光を再び。さもなくば、僕が人間を滅ぼそう。」
エントで見せた都市全体の灯りも、今のこの空も、今ならわかる。こいつは異常だ。人間ごとき滅ぼすことくらいは容易いだろう。俺も攻撃対象が管だから何とか戦えているだけで、こいつに接近しなければならないならとっくに降参している。こいつは姿を現さずに攻撃を放てるのだ。勝てるわけがない。
「僕なら魔王より、よほど良い終わりを提供してあげられる。正気が保てていればの話だけれどね」
どうだい、といって笑ってみせた。どうもこうも、俺は世界の命運を握れるほど碌な人間じゃない。だが、脅しに屈するほかない。俺の一存で世界がどうにかなっては困る。
「俺は何をすればいい」
「君はただすべての壊れた魔法兵器に剣を突き立てるだけでいい。僕が彼らの力を引き継ぐ。魔王が倒せたら、僕を殺してくれ。それで魔法は全部消える。簡単な話だ。そこの女性の願いも叶うね。」
アシュハイムでの一件が頭をよぎった。簡単と言うが、そもそも魔法兵器は戦ってはならないものの類なのだ。眠っている分には問題ないかもしれないが、起きている個体をどうにかするのに一筋縄でいかないのはあの件で思い知らされた。
「お前はおとなしく首を差し出してくれるんだろうな」
「一応言っておくけど、魔法兵器は首、弱点じゃないからね」
相手が一歩ずつ距離を詰めてくるだけで肝が冷える。距離を取らなくて大丈夫か、下手に動くとまずいだろうか?
「刺突しろ。動かなくなるまで引き抜くな。手ほどきくらいはしてやる」
妙な力に腕を引っ張られて反射的に手元に目をやる。内心で舌打ちをした。大剣にいつの間にか細いツタが絡まっていて、その切っ先が徐々にエンデのほうへと引っ張られていく。彼は左手の人差し指で剣の表面を撫でつつ根本まで辿り、さらにこちらに歩みを進めて、いともたやすく俺から剣を奪った。おかしい、指が動かない。いや、動きはする、だが感覚がない。
「僕の勇者になってくれるかい?」
――指どころじゃない、肩から先、全部感覚がない。強烈な違和感が頭からつま先までを駆け抜けた。腕、付いてるよな。体がバラバラになってしまったんじゃないかという恐怖が、それよりもこれからどうするのだ、という不安が俺を突き抜けて猛烈に暗い光を放った。今、死んでやりなおすべきか?これは失敗か?いや、剣は盗られてしまった。もう一本あるが、手が動かない。
「……」
何が起きた?何をした?口を噤んで出掛かった疑問を封殺する。これは、口答えしちゃだめな類の質問だ。しゃべっちゃ、いけない。
「時間が惜しくないのか?次は両足の感覚をもらおうかな」
もう、息をするのがやっとだ。こっちに近づかせたのが間違いだ。脅しに余念がなさすぎる。さっき口を開いておくべきだった、声が出ない。引き攣れた喉を息が通っていくだけだ。
「頑なだな、君は強い。あまり損ないたくないんだけれど」
ふつ、と体が宙に浮いた気がする。接地面を認識できないだけで、こんなにも姿勢を維持するのが難しいとは。頑な?違う。怖くて声が出ないだけだ。瞳の紫が俺の目をのぞき込む。なんで俺より背が低いはずのこいつを俺が見上げている?ぽた、硬質なものに液体の落ちる音がしてようやく手足にツタが巻き付いているのに気が付いた。刺さった棘が皮膚を貫いている。なんの痛みもない。
「ッ……わ、わかった。」
目の前の影はほっとしたように笑った。
「約束。守ってね」
逆光、エンデの後ろで何かが光って、管が破裂した。キーン、という耳鳴りの後に浮遊感がして、内蔵で胸のあたりが圧迫されるような感覚がした。ああ、前にも味わったことがあるな、あれは機関の昇降機が壊れて、執務室の階から受付の階まで落下した時のことだ。あれは、こわかったな……。一人で、暗くて、出られなくて。どこまで落ちるのかわからなくて。
「気絶しちゃったか。……ここまで1回も死ななかったの?君もたいがい化け物だなあ。タイトルにつけたほうがいいよ、エンデ戦初見ノーミスって。」
気分の悪い冗談を言って、気味の悪いツタのような魔法を使って、僕の名前を冠した機械から黒いフードの女性と、勇者くんをゆっくり下した。あの上のほうにいた……声からしてたぶん女の子だ、彼女も近くにいさせてあげたほうがいいかな。
見るも無残に潰れた機械の残骸をかき分けて僕の手足を取り出す。動力だなんてひどい使われ方をしたものだ。おかげで魔法を制御しやすかったから、悪いことばかりでもなかったが。大体、今僕に引っ付いてるの誰の手なんだろうこれ、感覚もないし適当に付けられてるから使い勝手がよくない。
外の魔法が停止したのを確認する。広がっていった魔法陣が砕けてはらはらと落ちてきている。日の光に輝いて溶けた。勇者くんの作戦では魔法は停止しなかったわけだ。それは彼の外聞のためにも黙しておこう。
「腕も、足も感覚がないだけで本体は残っているんだ。少し仕事をしたら返してあげるから、許してね。」
少し疲れた。隣に座っていたかった。許されないだろうと思ってやめた。
光を失った盟約の剣を見下ろす。これじゃあ、僕は死ねない。今なら僕でも触れるんじゃないか?そんな程度に、希望と呼ぶには弱々しかった。それでも、自棄になりつつあった今眼前に現れてくれたことにどこかに掻き消えた光を呼び起こされて、これが希望か、と打ち震えた。
それで変な気を起こして、しないようにしていたことをした。記憶を覗いた。勇者という言葉の意味も、僕の知らない間にずいぶんと変わってしまっていたらしい。それを嚙みしめる。僕という勝機を逸した存在に立ち向かってくれるのも、彼が勇者だからではないみたいだ。もう誰の記憶も覗くまい。
「悪い夢を見るのは罪悪感のせいじゃなくて、殺しを楽しんでしまった焦りからだとは、僕もちょっと人選を間違えたかなと思ったものだよ。」
とてつもない破壊衝動をうちに秘めて、まともな人間面しているこの男、まあ、そんなのは隠れているだけでゴロゴロいるだろうが早晩破滅する。なら、大義を与えて、破滅の道に乗せてやれば彼は被害者のままだ。友人、恩師や、それからぼんやりと、水色の髪のきれいに笑った誰かのためにまともでいたいとは少なからず思っているらしかった。「勇者」という職業はその破滅の道にふさわしいに違いない。いずれにせよ、夢に招かれたのはこの男なのだ。
「勇者、やめられないね」
思わず口角が上がった。やめてもらっては困るのだ。僕のためにも。
どうしてエンデを明確に女の子にしなかったんだろう。おいしいところ持っていきやがって、という気分です。
お疲れさまでした。