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もう勇者やめる  作者: ぷぷぴ~
アシュハイム編
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呪い

「7年前か?歌が始まったのは。」

 セローが首をひねる。

「そうですね。カテリーナが初めて当選した2年前からですから、確かそうです。」

「もっと前から歌っぽいものは聞こえてたよな。それで渡航者が減ったんだ。」

「じゃ、歌が聞こえ始めたころから、話を始めよう。」

 セローが語りを担当するらしい。

「何故こんなことが始まったのか原因はわからないんだ。」


 秋になるとアシュハイムは霧に覆われる。「ウタウタイの夜」はその時期に起きる。初め、小さな歌が海から聞こえていた。海に出ていた漁師によれば、歌を聴いた何人かが正気を失って海に入って行ったらしい。

 次の年になると、歌は岸にも響くようになっていた。夜の海を眺めていた観光客が行方不明になった。 

 その次の年は、都市の広場まで歌が聞こえたらしい。外に出ていた人々が海に向かっていくのを多くの人が見た。

 そして、その次の年、「歌い」が海から上がってきた。小さな子供ほどの大きさの泥の塊のようなそれは、出来そこなったようにうごめきながら地上を徘徊した。


「それが7年前です。議会は外出禁止令と原則渡航禁止令を出したんです。秋の、霧が出る時期に。」

 歌は、霧または雨の日に始まった。最初のうち、歌は美しいものだったそうだ。歌詞を聞き取った者もいた。歌は次第に苦悶の声に変っていった。苦悶の歌とともに都市を徘徊する歌いは、人を見つけると捕らえて海に連れて行った。

「それで、皆が呪いだと騒ぎ始めたんだ。」

「呪い?」

「17年前に一家全員処刑が決まった、アシュハイム王家の呪いだと」

「彼らは、霧の深い秋の日に、海に沈められたんです。」


 歌いが上陸してから、歌が次の日の夜も響くようになった。本来観光客で賑わう歌劇の町の秋が鬱屈としたものに変わった。夜の恐ろしい歌が終わったあと、上陸した歌いは夜明けまでに海に帰っていく。例年何匹かの歌いがはぐれて陸に残り、それらは陽の光を浴びると溶けて消える。はぐれた歌いは攻撃性を持たない。3日目、日陰にはぐれた歌いが残っていないか住民総出で捜索を行い、いれば日の当たる場所に連れていく。これが「歌狩り」であるのだと。

 そうして「ウタウタイの夜」は終わる。

 

「歌いが、何か持っていることがあるんですよ。例えば海底に沈んだ貴金属、古いコインとか」

「だから、歌狩りは祭りみたいなものでな」

「中にゃ2日目の日中に罠を仕掛けて歌狩りしようとする連中もいる」

 陸に攻撃的な歌いが残ることになるから議会は禁止令を出している、とヴァージルが言う。

「今年はどうなるだろうな。」

「カテリーナの野郎がいなくても乱獲したがる奴はいるさ。」

「カテリーナと歌狩りには何か関係があるのか?」

「……あいつは、歌狩りの提案者というか、ウタウタイの夜を使って当選したというか」

 セローの歯切れが悪い。

「歌いが上陸した翌年、霧が出始める前にクジラ座が新しい演目を始めたんですよ。」

「題名は『ウタウタイの夜』だ。」

 セローとヴァージルは特にカテリーナの事をよく思っていないようだ。苦々しい顔をしている。

「忌々しい3部構成でな。内容はこうだ。」

 セローとヴァージルが寸劇を始めた。嫌いなわりにはかなりノリノリで劇を演じている。

 ……要約すると、

 第一部。滅亡と勝利。

 かつてある地を支配した、魔法によって人の意思を操る王家と、その悪事を見抜いた議会、栄光の共和国について。

 第二部。ウタウタイの夜。

 死後も共和国に災いをもたらす王家とその手先、歌を歌う海の者たちに、議会と民衆が立ち向かう。

 第三部。狩りと夜明け。

 共和国が王家と海の者との闘いに勝利し、海の者が共和国から奪った財宝を取り戻す。

 と言った内容のようだ。

「あのカスプロパガンダ劇のいいところはカイエちゃんが出てるところくらいだ」

 さっきまで何故か裏声で演技していたヴァージルが戻し損ねたのかやや声を裏返しながら文句を垂れた。

「まあ、この劇に民衆は少なからず救われてるんですし、ウタウタイの夜が始まる警告にもなっています。」

 確かに、あの呻き声……歌を心の支えなしにやり過ごせというのはいささか過酷であると思う。

「それはこの俺だって認めてる。だが、王家の扱いは気に食わん。」

「エリス女王や、ミケラゴーシュ王は、我々の友だったからな。年寄りどもは少なからずあの劇を嫌ってるさ。」

 王家一家は処刑されていることを踏まえるに、なにやら、色々あるようだ。……踏み込まないでおこう。そしておそらくカテリーナはこの劇で政治的な人気を博して議会に当選したのだろう。

「それで、今年はクジラ座に異変が起きてその劇が上演されなかったんだな。」

「そうだ。時間になっても扉が開かないもんだから、市民たちは大混乱だ。」

 セローは溜息をついている。ようやくこのアシュハイムで起きていることがわかった。魔物どころではない。やはりすぐ帰りたい。歌いは魔物ではないだろう。釘がある場所に魔物は近づけないし、朝日で溶けるというのも魔物と性質が異なる。俺に打てる手はないというわけだ。

 三人は他に説明することがあるか確認している。

「これが今アシュハイムで起きていることです。何か他に聞きたい内容はありますか?」

「……クジラ座と機関に何かつながりがあると聞いたことはあるか」

 三人は顔を見合わせた。なさそうだ。セローは考え込んでいる。

「聞き捨てならないな」

「ないならいい。俺の推測が外れただけだ」

「外交担当の目が覚めたら聞いてみます」

 ベッケンは不可解そうにそう言うと、議場で伸びている議員の山の方に目を向けた。

「よろしく頼む」

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