ノーコスト
「どうしたんだい?急にぼうっとして」
「お前、大丈夫か?」
遠くからご婦人の声がする。……暗い、ここはどこだ。足元からドパァと、何かが落下していく音がした。あ、ナメクジ行進か。先ほど起こったことを思い出して、とっさに首の傷に手を当てる。出血はなく、血が手に刺さることもなかった。エンデの薄紫色の暗い瞳が感情を宿さずにこちらを見ている。ようやく状況が掴めた。否、つかめたとは言い難い。受容するほかない。魔法か、夢でも見ているのか。
――もどった。時間が。
「ともかく、目的を教えろ!兵はすべての攻撃を避けたぞ」
「……そこの君、僕の目的を知らないか?」
ぎょっとした。いつも弧を描いている口許が一文字に結ばれている。こちらの目を覗くようにまっすぐ視線を向ける目も、何の感情を映しているか、さっぱりわからない。コイツの目的を知っている、いや聞いたが。……普通によくわからなかったから説明できない。
「フェーデを邪魔する目的か?……崩壊を止めたい、とか?」
とりあえず不正解の解答を述べておく。コイツが何を知っているかは俺に起こった不可解な状況を説明する鍵になるかもしれない。コイツの話のわかりにくすぎるのが難点だが。
「……」
エンデは黙った。口を手で覆って何か考え込むように視線を逸らした。
「僕は魔王を倒したいんだ。」
めっちゃわかりやすい目的がきたな。最初からそう言えよ。
「そのために、魔法は不可欠なんだ。そして、今大規模な崩壊を起こされると、僕は持たない。ともかく、崩壊は起きてはいけない。」
エンデは珍しく切羽詰まって弱ったように語った。その言葉はここにいる誰に向けている訳でもないように聞こえた。
彼が自分の目的に気を取られている間に、俺は何が起きたのか考えることにした。俺は、たぶん……死んだ?か何かして、さっきのは……天国の幻覚でも見たんだろう。だが、俺は生きていて、死ぬ少し前の処にいる。この辺を深く考えるよりはとりあえず今後の事を考える方がマシだろう。
ちらりとエンデとご婦人を見やる。エンデはまだ口元に手をやって俺の方を見ている。ご婦人は不可解そうな顔をしている。彼女は魔王の存在を信じてはいないからだろう。もしくは、認識妨害の影響を強く受けているのか、という考えが頭をよぎった。
……俺が死んだ直接の原因はご婦人の攻撃だ。あれが起きたのはエンデが核を破壊してご婦人を挑発したからだ。核がどのタイミングで破壊されたか、詳細には不明だが、攻撃は既に3度行われた後だ、つまり核は破壊済み。彼女の計画は既に頓挫している。計画が頓挫して気持ちが滅茶苦茶になっているときに煽られたから発狂したんだろう。……あの倒れている味方(黒服)すら巻き込んだ攻撃は発狂に等しい。
今はまだ核が破壊されたことを彼女は知らない。
「この場所の地下に何を保管しているかはそこの女性の方が詳しいだろう。崩壊は……」
「う、うわ~~~!」
な、何でもいいからこの話を止めた方がいいだろう。ご婦人とエンデが目を丸くした。俺は、その白い視線に耐えつつ、剣を掲げてエンデに向かって突っ走った。
思いっきり斜めに振り下ろした。その剣はエンデに届く前に下から生えてきた黒い何かに弾かれた。ガン、と音を立てて白と黒がぶつかった。
視界に白銀が映って驚いた。というのも、振り下ろしたのは盟約の剣だったのだが、とっさに手に取ったのがそれであるのに違和感があった。この鈍らを間違えて手に取らないようにいつもは他の剣と分けて装備しているのに。
弾かれた剣に意識が向いてしまって、後ろから伸びる黒いツタのような何かに足を取られた。絡まったそれに体勢を崩され後ろに転ぶ寸前、襟元を握られて引き留められた。
「やはり君、様子がおかしい。懐かしい匂いがする。夢に飲まれたか?あの神が唯一残した呪いに?まさか。」
襟を掴んでいるのも黒いツタだ。よく見ると細かい棘が生えている。素手で掴めば怪我をするだろう。エンデは俺の真横について俺の顔を見上げた。おとなしく観察されるのも癪なので、ツタを切って宙返りでその場から離れる。足を追いかけてきたツタも着地してから切り落とした。
「伝言を頼まれた。長くは持たない、とのことだ。エンデュミオン」
その名前を口にした途端、エンデは瞳の奥に極一瞬泣きそうな光を宿した。顔の半分を覆っていた手が乱暴に降ろされた。その手が隠していたのは吊り上がった口角だったらしい。彼は小さく信じられない、と呟いた。
「その剣、その古ぼけた盟約、その輝き……!ああ、盟友よ。初めての死はどうだったかな」
やっぱり俺は死んだらしい。とても気分がいい。死を気にせず戦えるなら、どんなに良いかといつも夢想したものだ。どんな依頼もノーコストだ。魔物たちは狡い、ずっとこの状態で戦っていたんだと思うと羨ましいとすら思う。……そうでもないか?
「あっけなかったな。」
「可哀想に。酷い死に方はしなかったと見える。僕の攻撃じゃないな」
エンデは横目でご婦人を見て、小さく笑うと、彼の足元から無数のツタが伸びて俺たちの視線を遮った。
酷い悪寒がした。機械の周囲を囲んでいた影の木が瓦解したと同時に、足元の機械が大きな音を立てて起動した。少し遅れて外の雨が止んだ。のだが、確実に外で何か新たな魔法が展開した。俺ですらわかる、異常な何かが空を走っていくのが崩れた壁から見える。空が落ちてくるのではないかと思うほどの重圧が遅れて圧し掛かる。己の足元が本当に存在するのかと不安になるほど天の印象が頭を支配する。
「核は破壊させてもらった。目論見はここで潰えた。我ら魔法の治世は続く。」
明らかに遠くから声がした。ご婦人が息を飲む音が聞こえた。それでも彼女は取り乱さなかった。いや、取り乱せないのだろう。今、この場から一歩でも動けば存在ごと世界から損なわれるのではないかという恐怖が空気を満たしている。彼女の深紅の目は零れんばかりに見開かれていて、唇は震えている。彼女の怒りを絶望が塗りつぶしたようだ。
「その栄華に異を唱える者に死を。この捨てられた土地を全てお前たちの墓標としよう。」
声は監視塔の全体から聞こえるかのように反響しているが、姿はどこにもない。奴は、俺たちの上位にいる。おぞましい世界の摂理と対峙したいと考える者がどこにいようか。
「逃げたまえよ、勇者くん。あるいは剣を取れ、我ら伝説に名を連ねる者の介錯人に足ると示すがいい。」
瞬きの間に、再び目の前に現れていたらしい。灰色のうざったく跳ね散らかした髪、薄紫の目、恐ろしくうつくしい相貌に微笑みをたたえて、
光輪を背負った世界の終端が、ここに居る。
今度はご婦人がアウェーですね。
お分かりの通り、説明が下手くそなのは作者であるぷぷぴ~が責任の全てを担っております。




