崩壊
地下牢に入れられてしまった。フェーデが作ったものではなく、おそらく監視拠点にもともとあった施設だろう。
入口の扉は鉄格子になっていて、そのほかは石壁だ。扉には錠がかけられている。ここに降りるまでの階段などから察するにおそらく地面を掘って形成され、それを石で舗装しているのだろう。殺風景だ。牢の中は円筒のような形になっていて、高い天井に格子が嵌められている。その間から空が見える……日照りの魔法のおかげで雨ざらしになることは無いだろう。
俺はというと、剣の他すべての荷物を剥奪され、後ろ手に縛られている。足には何も拘束するものを与えられていないので、うろつきまわることが出来る。
こういう場合、脱獄手段は何となくでも考えるものだ、見たところ怪しい床や壁もなく、床から天井までは俺4人分くらいだろうか、かなり高さがある。よく見るとどうやら、天井に行くにつれ壁が内側に窄んでいるらしく、錯覚で天井がより高く感じる。壁に角度がついているためよじ登るのは容易じゃないだろう。登った所で格子があるだけなのだが。
まあ、俺は別に悪いことをしたわけではない。金刺繍によれば尋問が済んだら出す、とのことなのでそう心配する必要もないだろう。それに、俺に限った話だがやる気があれば錠も、縄も破壊できる。
壁に背を預けた。なんの風も吹いていない。目を閉じていも、上からさしてくる日は瞼をすり抜ける。微かに、人の立てる音がするのみで、ここに長時間いては退屈で死んでしまうかもしれないと思った。
「やあ、捕まったのか。無様だね」
幻聴か。ついさっきまで一緒にいたはずで、その後急に消えたせいで俺がここに閉じ込められる原因ともなったエンデの声が聞こえる。
「幻聴じゃないよ」
幻聴だな。思考を読んでくるんだから。幻聴じゃないって言ってるだろ、上だよ。……地の文を侵食してきた。早急に対応したほうが良いだろう。仕方がないので、目を開けることにした。真上から差して牢屋の床に落ちる格子状の光は、人の形に阻まれていた。
「エンデって名前の研究員はいないそうだ。」
「ふうん。なあ、制服って厄介なものだと思わないかい?」
そりゃそうだ。こんな狂人が組織に入り込んでしまうのだから。そんなことを言い返そうと上を見た。エンデは興味なさげに手?爪?を見ているようだった。
「鍵、開けてやろうか?扉を吹き飛ばすことなんか、僕にとっては造作もないんだ。」
エンデは周囲を少し窺った後、コツコツと踵で格子を叩いた。野蛮なやつめ。鍵を開けることと、扉を破壊することは同義でないだろう。
「やめてくれ。余計怪しまれて情報収集が難しくなる」
「じゃあ、尋問を受けるのか。素直な奴だな。内容は僕という不審人物についてかい?笑かすな、知らないだろう僕の事。」
そう言ったあと、何を思ったか格子を形成する直線の上をバランスを取って歩きはじめた。あまり運動神経がよろしくないらしい。どうにもフラフラしていて見るに堪えない。と、目線を下げても影が揺れる。安寧を求めて目をつぶった。
「う~ん。ここで僕が自己紹介をすると、君は答えなければならない事項が増えるわけだ。手間を増やすつもりはないよ。幸運でも祈ってあげようか。じゃあね」
と、唐突に別れを告げられたので、とっさにその行方を目で探した。すでに狭い視界の中からは離れた後だったようだ。
ガチで何なんだよアイツは。誰の黒服を奪って着てるのか知らないが、深追いしてもろくなことにならないだろう。幸いなことに、フェーデの一員でないのなら、俺が関心を払う必要もとりあえずはないのだ。また、フェーデの敵であるのならば俺とも共通の敵であるという構えを取ることが出来る。
しばらく誰もこの牢に近づくことは無く、床に落ちる光はもうすぐ全てが壁にかかるだろうという位置に移動していた。俺がカイエはどうしているだろうな、などと考えていると、上からギイという音がして、その後すぐに数名が階段を降りてくる足音が聞こえた。
姿を現したのは金刺繍と、3名の黒服だった。番兵とは背格好が違うから、彼らではないだろう。色々な対応に金刺繍が出張ってくるあたり、フェーデはやや暇なのかもしれない。金刺繍は黒服から頻繁に「ご婦人」と呼ばれている。背の高い彼女は銀の剣を携えてこちらにゆっくりと向かって来た。そういえば、これはエントの剣だろうか。自分の持っていたものとどこが違うのかまじまじと見つめてみるものの、わからない。これはエントの剣ではないのか。鉄格子越しに見る銀の剣はこちらに届きようもなく、滑稽だ。
「先の活躍、大儀であった。そのお前を牢に入れることは我々の本意ではない、真実を語ってくれるよう希う。」
旧世代の歴史に基づく権力を思わせる静かで、芯のある厳かな口調。貴婦人でもなく、ご婦人、だが実にしっくりくる呼称だ。俺も呼びたい。そして、牢屋内の俺に敬意を払う必要があるほどにはエンデは相当要注意人物らしい……と取るべきか。
「お前が出会ったのはなんだ。どの様な背格好で、どの様に話し、どの様な話をした?」
何か怪異の様子でも探るような問い方だ。生憎、俺が会ったのは人間で、言葉を喋り、冗談を言い、こちらの言葉に反応して笑うような怪異に心当たりは……あるな。魔法兵器だな。いや、流石にありえない。
「研究員のエンデと名乗りました。細身で、背は私の肩か顎くらいまでだったかと。淀みなく、あなた方の組織の名前、目的についてペラペラと喋りました。」
ありえない。というのも魔法兵器が喋るのは、今までに聞いた音声を復唱しているからで、冗談を言ったり笑ったりするというのはその様子に尾ひれはひれが付いただけ、というのが最近の定説だ。今のところ、勇者の中に魔法兵器が冗談を言うのを聞いたことがあるやつはいない。喋るからと言って同情心を刺激されるな、という訓戒に近いものだ。助けて、とかは普通に言うらしいし。
……見た目に関してはアシュハイムのあれが強烈な印象を残しているが、俺は博物館で魔法兵器の一部だという腕やトルソを見たことがあるので否定はできない。
「そ、そうか。えっと、お前知ってしまったのか。目的は何と?」
「魔王の復活であると」
俺がそう言うと、後ろの黒服の一人が噴き出した。そのほかの2人はご婦人が笑っていないのを見て口の端をもごもごさせている。
「お前、首都の亡霊かこだまにでも化かされたんじゃないか」
ご婦人がそう不可解そうに言った途端、残りの2名も笑い出した。ん?騙されたか?くそ、アットホームな職場だな。職場?悪(?)の組織って給料払われるのか?さっきエンデを見たが、亡霊だったら俺についてきてるじゃんね。最悪だよ。
「いや、しかし。その名は……。」
と、最初に笑い始めた黒服が思い出したかのように神妙な顔をした。
「組織の名はフェーデで間違いないのですか」
「そちらは合っているな……。そのエンデが何者であろうと安心なさい、魔王などという伝説上の化け物など、復活させようもないものだよ」
金刺繍は、子供に諭すような調子でそう言った。そうして、手で犬を制すような仕草をして後ろの黒服たちに振り返った。こいつら、何を思って俺を牢に入れたんだ?質問する立場にはないので、口をつぐんでおこう。輪から外れた黒服が一人こちらに寄ってきた。
「兵よ、俺たちはな……そのエンデってやつが首都の先行者を壊滅させたんじゃないかって怪しんでたんだ。でもなあ、その戻って来た一人に詳しく聞いた感じ違うぽかったんで、お前牢に入れちゃったしどうする的な感じでさ。お前もう仕事ないし、多分すぐ釈放されるからもうちょい我慢してくれよな。悪い!」
と言って、黒服の輪に戻って行った。だいぶ崩れた言葉を使うやつだ、若いのだろう。
首都への先行者が何人いたか不明だが、複数名がかりで未達の仕事を一人に任せようとは、エントの箱は本当に計画にとってなくても大丈夫なものだったらしい。しかし、本当に魔物に詳しくない。フェーデの上層はエントの住民ではない、と。少なくとも日常的に魔物を警戒すべき彼らなら、どんなハイリスクローリターンな仕事だろうが、複数の魔物に単騎で突撃させるなんてことは絶対しないだろう。ただの自殺命令になってしまうからだ。敢えてそういう凶悪な命令を出す中央みたいな組織には見えない。
「お前、私たちの目的が知りたいか?」
ご婦人が振り返った。彼女は他の黒服たちよりも背が高く、その分口調が冷ややかであると恐ろしい存在であるように思えた。
「村に手を出さないのでいただければ。」
ご婦人は突然銀の剣で手のひらを切った。ボタボタと、血がしたたり落ちた。噎せるような鉄の匂いが充満する。
「この世界は、多くの物に阻害されている。」
零れ落ちた血は、意思を持ったように円を描き、牢の前で編まれたように何かを形作っていく。
ハラキリ系の魔法使いか。ハラキリ流行世代以外には伝わりにくい表現であるため、別の言い方をしよう。
……エルナリンドの血族。その魔法の祖エルナリンドの名を冠し、血を扱う魔法使いは例外なく、血縁でなくとも血族と称される。彼らが共有する誇りのために。
血は、細い幹に枝葉をつけ、小さな赤い木の形となった。
「例えば、魔法。例えば、魔物。これらは古の帝国以前の時代には存在しない。」
小さな木は彼女が例えを上げると、その一本の枝葉に多くの花を咲かせた。その分、幹がやせ細った。
「そして、外世界の言葉、思想、技術。これらは我々が何者であるかを迷わせる。我々の歴史に傷をつける。」
枝は、その花の重みで折れ、地に落ちた。
「あれらは、目に触れたものを魅了し受け入れることを強要する。もはや、歴史を辿ることすら難しい。」
地に落ちた枝が、根を張りもう一本の小さな木になった。
エンデやご婦人の言う「外世界のもの」は統一言語に変換するならば、「遺物」の事だ。語として同じものを指すが、ニュアンスの異なる言葉として注意が必要であると辞書にあった。外世界からの遺物混入ってか。
「私たちは私達の存在を賭して、世界からそれらを消す。」
それは実に素晴らしいことだ。
「どうやって」
「崩壊を利用する。」
ご婦人はきっぱりと言い切った。エンデの言っていたこともまるっきり嘘というわけではないらしい。
エントの首都が崩壊によって滅びて久しい。あの都市は戻って来たが、帝国の壊滅原因たる黄金のエルクは、未だ消失したままだ。その地には厭味ったらしい平地だけが残っている。他にも、崩壊の被害に遭った箇所はある。人が住んでいなかったために話題にもならないだけだ。
「これまでに何度も崩壊は起きている。そうして魔法に魔物、外世界の物が消えたか?」
「私の宿世だ。同じ轍は踏むまい。」
答えになっていない。……これ以上、彼女は語らないだろう。崩壊の裏に何が隠されているか知らないが、成功する確証がないのであれば単なる集団自殺だ。彼らは中央の……人間の敵ではない。死を許すわけにはいかない。
しかし、頑なな主張とは、得てしてすれ違うものだ。俺には、その片方をねじ伏せ、存在しなかったことにできる暴力がある。ご婦人の魔法の展開速度は遅い。今から後ろの兵士の槍を奪ってこの場を制圧することなんか、おそらく簡単だ。
「あの黒い箱の正体も知らず、計画の遂行にどれほどの見込みがあるものか。見ものだな」
「……」
ご婦人は黙った。血で出来た木が、べしゃりと形を失った。感情を乱された証拠だ。
あの箱がどんなに要らないものであれ、不確定要素がある状態で成功した前例のない事を成し遂げようなどとは、ずいぶんと甘い考えだ。後ろの黒服は慌てたように後ずさりをした。
突然、鼻に冷たいものが当たった。とっさに拭う。――水だ。
不審に思って上を見ると、ぽつり、ぽつり。と水が降ってきている。曇天の、重そうな、空。降ってくる水は、次第にその間隔を短くして、あっという間に牢の中を濡らした。
降るはずの無い、雨が。降っている。
呆気にとられる黒服たち。
理解を待たずに響く爆発音、怒号、悲鳴。
俺の真上の格子に誰かが立った。
「ご婦人、緊急事態です!エンデが、――増幅器エンデが暴走しました!」
「あ、ああ!拠点が何かから襲撃を受けています!すみません、見えません。わかりません!キャ、ハ。キャハハハ!グ……。」
金刺繍は狼狽えたように、半歩下がり、意を決したようにこの場を去って行った。3名の黒服たちも彼女を追った。階段を駆けていく音がする。
ど、どうするか……。取り残されてしまった。地上は聞こえる音からして地獄の様相を呈している。
……一方そのころカイエは、カルネ村でのど自慢大会をやっていた。大盛り上がり。
聞かれてもいませんが、喋りたいがために語ると、
背の順は、クレフ>ご婦人>カイエちゃん>エンデ の順です。
エンデは比較的ちっちゃいです。ご婦人はデカいです。高貴なご婦人はデカい方が嬉しいからです。
因みにクレフもかなり背は高い方ですが、ゲールクリフ(上司)はクレフから見てもデカいので、2メートル以上あります。




