帰路
エンデの話を総合する。黒い箱は魔物の核で、これを引き抜かれた魔物は再度復活することが出来ないのだそうだ。
で、その原理についてだが、トンチキだったので、もしかしたら核というのも嘘かもしれない。一応頭の中を整理するためにも書き留めておくことにする。
全ての魔物は、同じ夢を共有している。夢は存在そのものの湖のようなもので、魔物はこの夢から生まれ、死ぬとこの夢に戻る。
夢の中にはいくつもの種類の魔物の資料、「核」が詰まっていて、魔物が現実に現れる際はその核の情報を基に個を形成する。上級の魔物は上手く出力できた個体、下級の魔物は出力に失敗した個体。
現実に現れている魔物を通じて、どういう手段か定かじゃないが夢に手を突っ込んで引っこ抜いた魔物の核がこの黒い箱。この核を抜き取られるとその後その魔物の存在は永久に夢から消える。つまり現実にも現れなくなる。
上位の魔物は核とほぼ同等の資料を内包しているから核を引っこ抜きやすい。夢に干渉しやすい。
さも当然のように語られたが、夢に干渉するなんてのが可能か?どうせ不可解な事象に対して後付けされたそれっぽい説明に違いない。
それで、核には魔物が集まると。自らの出どころたる夢を思い出すのか、仲間を失う恐怖を想ってか……。
核と夢は崩壊とも関係が深い。核が現実に長期にわたって存在すると、現実に穴が開いて夢の比重が重くなっていく。そうするといつか、現実が崩壊する。らしい。魔物が大量に集まっても同様の効果を得られるらしい。
ここからは俺の推測だが、フェーデのやっていることは核を集めて現実に穴をうがち、夢を拡げる、つまり崩壊を起こすことに類似している。魔王を復活させるということは、崩壊を起こすことと似ているのではないか?じゃあなぜ崩壊を起こそうとしているのかって話になってしまうので、推測はここで終わりだ。エンデも魔王についてはうすら笑いを浮かべて知らないと言っていた。絶対知ってる。ふざけやがって。
次、日照りの魔法。人除けの効果も確かにあるが、主な目的は魔物の力と相反する力を常時ぶっ放すことで、集めた核によって夢の比重が重くならないようにすることらしい。逆にあの拠点から集めた核を取り去ると現実が魔法に押しつぶされて大変なことになるそうだ。あの拠点にいる人間は具合が悪くならないものだろうか。
魔法を使いすぎる弊害はここにもあるのか。ちょっと中央の事が心配になって来た。あの都市は魔法兵器を動力にほとんどの事を成し遂げている。いつか崩壊じみたことが起きるんじゃないか――?
と、乱暴な殴り書きをして、手帳を閉じた。空は既に明るさを増していた。そろそろ日が昇る。
「なるほど、色々ありがとう。」
「こんなこと聞いてどうするんだ。フェーデの計画には関与しないんだろう?」
「まあな。」
正直いって、どうすべきか迷う。カイエに頼んで村の人間は退避させたいところだが、魔王の復活を止める必要があるのかはわからない。そもそも、どうやって止めるか、だ。核を破壊すれば魔法の方が暴発するし、魔法を止めれば核の方が暴発しかねない。核を破壊できるのかは不明だが……。
フェーデの人間を殺害したところでなにか解決するわけではないだろう。壊滅からは一歩遠のいた。
「それじゃあ、行こうか」
忘れ物と散らかしたものがないか確認して、商館を出る。エンデが扉を破壊してしまった以外は元通りになっているはずだ。大通りに出る。バチバチ、と何かが弾けるような音がして街灯の明かりがしぼんでいった。夜が終った。
通りの先を仰ぐ。想像通り、城から朝日が昇る様子は美しかった。採光の仕組みに工夫があるのか、あるいは光を遮る壁が壊れたのか、ステンドグラスを通過した色とりどりの光が古ぼけて誰もいない瓦礫の町に、静かに降り注いでいる。
「君、これが見たかったのか?……存外如才ないもんだな」
「行くぞ」
立ち止まって感心しているエンデに声をかけると、生返事が帰って来た。
城下の出口に至る、眼前は永遠と枯れた草の支配する大地だったが、草刈に精を出した甲斐あって街道は易々と辿ることが出来た。
「来るぞ。」
「うん。来るね。」
灯りが潰えたことで、夜の間息をひそめていた影たちが動き出した。
「行はよいよい帰りは怖い。君、草を刈っておいたのは妙案だったね」
「下がってろ。間違って切りかねん」
「ふうん。じゃあ僕は何もせず君の頑張りを見る係だ。10歩くらい下がっておくよ。君魔物切るの好きそうだし。寄ってこないよりいいだろ」
そうだった、コイツに魔物は寄ってこないんだった。じゃあ一緒に歩いた方が疲れなくて良いな。
「気をつけろ、後ろ……言う必要もないか」
俺の魔物討伐レースが始まった。
「ああ。長い道だったね」
本当に何の手助けもせずただ歩いていた奴がよく言う。俺は17体倒した後、数えるのをやめた。
「はは、暑そう。喋る余裕もなくしたか」
暑そうじゃなくて、暑いんだよ。流石に草刈よりは時間がかからなかったのか、往路では半日以上かかった道が、復路では相当短縮したらしい、まだ太陽は頂点に達していない。
「手伝ってくれても良かったんだぞ……」
「ん?不要だろう。だって楽しそうだったよ。君」
エンデは相変わらず距離を置いて俺の後をついてきている。明かに言葉の端に嘲笑が滲み出ている。小突いてやりたいが、振り返るのも面倒だ。
「……」
鼻先を伝う汗が不快だ。世の中で一番嫌いな物が、顔面の汗だ!
……フェーデは正味滅ぼさなくてもいい。コイツは、エンデは許さん。殺意でも当てにしてないとその場に倒れ込みそうだった。監視拠点へとつながる通路に降りる、冷気が心地いい。暗がりを進むため、壁に手を付いた。冷たい。一人だったら全身で壁に密着しているところだ。
俄かに風の音が聞こえる。もうすぐ階段だ。全く何の明かりもさしていないから、おそらく出口は封鎖されている。3回ノックが合図だったか。
金属の天板は叩くと地下通路に長く反響した。
「兵です。もどりました」
頭上から複数の足音が聞こえる。今開ける、と応答があった。天板が開かれ、上を向いていた俺の目にまばゆい光が飛び込んできた。地下から抜けると、相変わらず建造中の櫓がいくつもあって、黒服たちが作業をしていた。黒を着ていて熱くないだろうか。監視拠点は風の遮られた閉所であるため、平原よりもやや暑く感じた。
遠くから金刺繍がわき目もふらずに走って来た。
「おお、無事か!よかった。箱は?見つかったか?ヒィ、首を怪我しているではないか」
金刺繍は荒い息を落ちつけながら俺の周りの空気をなでている。
「無事です。箱はこれです。首はもともとです」
「ご婦人、そんなに急かずとも。我々の計画はその箱なしにでも十分遅滞なく進んでいるんですよ」
番兵の内一人がおろおろしながら金刺繍に声をかけた。
「そうだったな。しかし……ありがとう、よくぞやり遂げてくれた。」
金刺繍は袖を摘まんで手を出し、俺から箱を受け取った。気品のある動作だ。どこぞのエンデと違って……。
「夜は本当に暗かっただろう、この箱を探すのにどれほどかかった?お前を労わなくては」
「こちらの研究員の方の助力もあり、全く問題なく」
「研究員?お前ひとりではなかったのか?」
金刺繍の声に当惑の色が乗った。後ろを振り返る。番兵が2人立っているだけだ。
「……いえ、あの城下に一人」
「先行調査に向かわせた者は、報告を遂行した一人除いて全滅したはずだ。」
話がかみ合わない。
「エンデ、という魔法使いが。灰色の髪をした……。」
番兵たちと金刺繍が顔を見合わせる。番兵がゆっくりと俺に槍を向けた。
「そんな研究員は、ここにはいない。詳しく話を聞かせてもらおう」
少しばかり抵抗する素振りをしてから、番兵の拘束を受けることにした。頭が混乱する。
じゃあ、アイツは……自分をフェーデの一員だと思っているタイプの異常者……?いつ姿をくらましたか知らないが、いなくなってたんなら壁に張り付いて涼んでおけばよかった。




