カルネ村音楽隊
アルルとシャローはお互いに目配せして、先に話す権利を譲り合っていた。しびれを切らしたようにアルルが切り出した。
「シャローとお兄ちゃん、ネルルは幼馴染で、吟遊詩人になって中央に行くってずっと言っていたんですけど……」
アルルが、私と目が合ってすぐに困ったように目をそらした。すると、シャローが「いいよ、俺が話す」と言って割り込んだ。
「ずっと前から約束してたんだがナ。ある嵐の日、そう、シャルル村長の弟さんが亡くなった日だ。その日魔物が出て。あの時、兵でもある俺たちは戦いに出なくちゃいけなくなって。」
シャローはちらりとテルルの方を見やった。彼女はまったく気にせず井戸のまわりをまわって遊んでいる。話半ばで言葉を切ったシャローの代わりにアルルが口を開く。
「お兄ちゃん逃げたんです。楽器を持ってどこかに」
淡々と、事実を述べるだけの冷えた口調だった。誰だって、好んで魔物と戦いたい訳じゃない。
「ひでえ天気で、魔物もいて、アイツを探す余裕はなかった」
「嵐が止んだ後も、お兄ちゃん、出てこなくて。後から、楽器だけが見つかったんです。この村からかなり離れた街道沿いの森の中で拾ったって、行商の人が持ってきて……。」
アルルはシャローが抱えている壊れたリュートを見やった。野に落ちたという経緯を知らない人は、それに気が付かないでしょう。リュートは十分に手入れがなされているように見えた、柄は飴色に輝いていて艶やかだ。
「シャルル村長は、音楽なんかに現を抜かした所為で、アイツは死んだんだって言って。楽器も、音楽も……ついでに俺も毛嫌いするようになってさ。」
「もともと音楽には反対だったんです。家を継がせるつもりだったみたいだから。村の外に出したくなかったんでしょう。……叔父さんが亡くなったのも、お兄ちゃんが逃げたせいだって言い始めて。お兄ちゃん、悪者になっちゃった。」
アルルは嘲るように笑った。表情に落ちる暗い影からは、その笑みが行き場のない悲しみの発露であるように思えた。
「それで、このリュートは持ち主を亡くしちまって……でも、一級品なんだ。シャルル村長がネルルの奴に贈った一級品なんだよ。もう二度と何の音楽もさせてやらないなんてのは、酷なんだ」
シャローは折れてしまったリュートの首をなでた。
「俺のミスで、壊しちまった。あいつの大事な思い出なのに……」
音からして、村長が叩き折ってこうなったのだと思うけれど、村長もきっと冷静なら壊さなかったでしょう。
「傷みはしたでしょうけれど、絃は切れてないわ。緩んでいたのね。添え木があれば治せるものよ。貸してくださる?もう一度、鳴らしてみせるわ」
本格的な修理にはもっと技術が必要だけれど、音を鳴らす分には添え木で充分。慢性的に人手は足りなかったから、練習段階で音響と俳優を同時にこなすことだってあったし、舞台上で壊れた楽器をその場で治して演技を続行することなんてざらだった。私なら、出来る。
「よろしく頼むゼ!」
シャローは勢いよく頭を下げて、私にリュートを預けた。
「この木の棒いる?」
さっきまで興味なさそうにしていたテルルが木の枝を持ってこちらに駆け寄ってきた。きっと、会話の内容も聞こえていたんでしょう。彼女の幼稚性に都合よく期待して利用していたのは私達だったみたい。悪いことをしたかもしれない。この子は自分の出自について知っているのかしら。
「良い木の棒ね、貰おうかしら」
「うん。あげる~」
あとはこれを括り付けるものがあればいい。
「わ、私紐持ってきます。」
そう言うとアルルは村の中に走って行った。
「シャロー、久しぶり~」
「おう!久しぶりだなァ。ちょっと見ないうちにデカくなったんじゃないか?」
「なってない。全然。ちょっと見ないうちに目見えなくなったじゃないの」
「おっと、こりゃ手厳しい。」
テルルにどつかれたシャローがカラカラと笑った。
「ロッテ姉は?元気?」
テルルはシャローを見上げてぴょんぴょん跳ねた。4回目のジャンプで掴まれてシャローの肩に乗せられた。
「ああ、そりゃもう。今日は居ないんだが、次回は絶対来るってさ」
「へえ~」
「もしかして、あなたがアルルを図書館に連れて行っているの?」
何となくそんな気がした。アルルと親しい兵で、アルルの親友と婚約している人物。それはシャローではないのかと。
予想は当たったのか、シャローは珍しく微妙な顔をして頬を掻いた。したがってアルルの親友はロッテ姉なる人物だろう。
「あたり。珍しいなァ、アルルが図書館のことなんか話すの……。」
「もう行けないかもってお姉ちゃん言ってた。ねえ、ホント?」
テルルはシャローの肩の上で暴れた。シャローは物ともしないから、慣れているのかも。
「う~ん。ロッテも一緒に行ければいいんだがなあ……。あいつは体弱いからさァ」
「ふ~ん」
「イテテ!やめてくれ。」
テルルがシャローのやや長い髪をむんずと掴んで引っ張っている。
「戻ったわ!紐、って、テルル!降りなさい!」
お姉ちゃんは忙しそうだ、と思った。
きつく括りつけられた木の枝で、リュートの折れた首を支えた。背面の膨らんだ構造と、ペグ部分が直角に曲がっていることもあって十分な長さが取れず、支えはちょっと心許ない。ペグを調節して、音を整える。リュートで設定すべき音階までは覚えていないから、前に触った別の弦楽器……。音楽班の創作物だった気がする。と同じに調律する。
揺れ動く振動が、既定の幅にそろって1つの音に収束していく。波の中に正体を探して名前を付けてあげる。音感にはあまり自信がないけれど、きれいな音を聞き分けるのは得意。和音になると気持ち悪かったりするのを少しずつ治していく。叩きつけられたダメージは首に入っただけでボディーには何ら影響を与えていないようだった。
全ての絃を軽く触れて鳴らす。確かに、良い品だと感じた。軽妙な音の響きの中にたっぷりとした余韻と過行く時の厳格さがあった。
「すごい……ほんとに治っちゃった」
アルルが口元を抑えて小声で言った。シャローの頬を涙が伝うのを見て笑ってしまった。
「応急処置よ。しっかりなおせば、もっと素敵になるわ」
「う、うおお……おおお!」
そう叫ぶと、シャローはどこかに走って行ってしまった。
「気にしないでください。シャローはああいう人だから」
「テルルもなんか楽器やれる?」
幼い妹は、姉の服の裾を引っ張った。
「あんたは草笛でも吹いてなさい」
そういわれて、適当な草を探しに行ったのか。テルルもどこかに行ってしまった。
アルルはその様子を見送って、大きく息を吐くと枯れ井戸に腰かけている私の隣に座った。
「私ね、中央の人嫌いなんです」
アルルは空を見上げて、晴れやかな顔で言った。
「何となく、わかってたわ。」
「いっつも、傲慢で。すぐ移住を勧めてくる。全然ここの言葉も喋ってくれないし、逆に私たちがヴェルギリア語が喋れて当たり前~みたいな態度で来るのだもの」
私はその場で適当に音を鳴らして好きな演目の楽曲の音程を真似た。
「父さまも、いつもは村の外の事を悪く言うくせに、機関の人には媚び諂っちゃって気持ち悪い!」
アルルは伸びをしてから、葦色の髪を触った。言ってやった、とケラケラと笑う彼女はつま先に靴をひっかけて足をのばした。
和音を混ぜてみる、音に迷うのを聞かれるのは少し恥ずかしい。
「だからね、私カイエゲルダさんの事、嫌いになれなくて今すっごく困ってるの」
「カイエで良いわよ」
「いいえ、カイエゲルダよ。あなたってば、人をたぶらかす魔女でしょう?」
アルルは意地悪く笑った。
プピ~と、どこからかテルルの草笛の音がした。
「ちょっと待ちなさいテルル!それ多分かぶれる葉っぱよ!」
アルルが大きく身を捻って後方にいるらしいテルルに向けて大声を出した。精一杯のいじわるの笑みはお姉ちゃんセンサーにかき消されてしまった。
「はあ。」
この溜息、かっこよくしようとして失敗したときのクレフにそっくり。
「ふふ」
「笑わないでください。……私もね、お兄ちゃんに楽器を教わったから少し弾けるの。」
それならと、リュートを手渡そうとして、小さく阻まれた。
「でも私は父さまの味方だから。誰かがちゃんと分かってるって示してあげないと。家族だし。」
アルルははにかんだ。血縁のいない私には言葉の裏に流れる時間を想像することしかできなかった。
食卓の椅子をそのままにしているのも、カルトに息子を向かわせるととっさに嘘を付いたのも、ネルルがいつか帰ってくるんじゃないかという期待の表れなのかもしれない。シャルル村長がネルルに罪の所在を求めるのも、村の外を嫌がるのも、アルルが父親に文句を言うのも、大切だと思っているから……。難しいことね。
「それじゃあ、図書館に行くのは小反逆ね」
「たまには必要よ」
「ねえ、口痒い」
いつの間にかテルルが横にいた。
「ほら言ったじゃない!」
とほぼ同時にシャローが笛をプイプイ言わせながら歩いてきた。簡単な音を適当に鳴らして、プイプイに伴奏をつける。リズムが次第に変則的になって、追いつくのが難しくなる。
「変な曲~」
「ね、変な曲。」
姉妹は楽しそうに笑った。




