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もう勇者やめる  作者: ぷぷぴ~
エント
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振り返り

 ずっと視線を感じていて寝苦しい。めっちゃこっち見てくる。つらい。いち早く離れたい。……カイエ、助けてくれ。

 こっちを見ていたかと思えば、聞いたこともないような意味不明の言語で突然何もない方に向けて話し出すし、最悪だ。しかも、発狂している訳でもない。せめて発狂していて欲しい。今まで出会った魔法使いで、性格に難がないやつも珍しかったが、コイツは段違いにヤバい。会話はこちらに合わせてくるし、性格が終ってるわけじゃない。むしろとっつきやすい方だ。だが、何かがおかしい。名状しがたいヤバさだ。

「頼む……こっちを見るのをやめてくれ」

「はは、ごめんよ」

 と、言いつつ全く視線を逸らす様子がない。俺はどうしたらいいんだよ。

「俺なんか見ても面白くないだろ」

「うん。面白くないね」

「……」

 打つ手なし。

「なあ、俺下で寝るからさ、お前にこの部屋やるから。頼むからこっちを見ないでください」

「下に寝具はないよ」

 んなの知ってるわ。

「じゃあ、俺はどうすればいい?」

「ここで寝ればいいんじゃないかい?」

 研究員のあまりにもあっけらかんとした態度のせいで、俺が何かおかしなことを言っているような気分になってくる。

「それが出来ないから困ってんだ!」

「うん?……眠れない?もしかして見られてると眠れないかい?」

「はい。そうです」

 ……俺はもう疲れたよ……。

「じゃあ、僕が下階にいくよ」

 そういって魔法使いは特に悪びれるでも、怒るでもなく部屋を出て行った。いや、視線をそらしてくれればそれで良かったんだが……。まあ、この機会にありがたく眠ることとする。

 寝具に積もった埃を窓の外にはたきおとす。部屋の中の埃も風に扇がれ舞い上がったが、同室者がいないので遠慮する必要もない。さっきまで埃を払わずに寝そべってしまっていたので、自分の体についた埃もついでに払った。そういえば奴も埃まみれだったし、服が黒い分目立っていたが気にしている様子がなかった。そういうところも通常の神経を持ち合わせていないのだろうかと、余計な不安を煽る。

 ようやく落ち着いて横になることが出来た。情報を整理しよう。と言ってもあまり進展はない。組織を壊滅させるのはあくまで情報収集が終ってからだ。カイエと別れてからもうすぐ半日、時間は限られている。

 何となく寝返りを打った。必要な質問内容でも考えておくことにするか。あの金刺繍よりも、研究員を名乗った奴の方が口は軽そうだ。信用できるかと言われると怪しいが。漠然と今日の会話と事前情報を思考に浮かべる。

 組織の名前はフェーデであること。

 この土地の日照りは魔法によるものであること。広範囲かつ既に数か月は続いているので、強大な魔法であること。

 フェーデにとって日照りの魔法は重要らしいこと。

 フェーデは魔王を復活させようとしていること。

 フェーデは黒い箱を手に入れようとしていること。

 黒い箱には魔物が集まるということ。

 ……そうだな、目的と手段に分類すると、日照りと、黒い箱が手段、魔王が目的と言ったところだろうか。その他は関連情報だ。

 さっきは、日照りは周辺の人間を計画に巻き込まないための物ではないかと考えたが……。再検討しよう。

 研究員の話によればフェーデは魔王が復活することのリスクは考慮済みだ。そして、シャルル村長によれば、脅しは受けたものの、実際にフェーデから危害を受けたことは無いらしい。危害を加える事は本懐ではないということだろう。

 また、研究員の発言から、あれが魔法であると暴かれることはおそらく計画外だとわかる。憧憬を使った宣戦布告の線はなくなったと言える。こんな感じだし、少なくとも、あの魔法は誰かに害を与えるために作られた、攻撃的な類ではないだろう。

 住民たちにどうしても自分の意志で避難してほしかった……、ならフェーデは村への干渉をできるだけ避けるだろう。とすれば、脅しは過剰だ。

 そして、仮に日照りに住民を避難させる目的があったとして、逆に自分たちは魔王復活の犠牲になることは厭わないということになる。いや、逃げる算段でもあるのだろうか?無関係の人間を逃がす姿勢のあるようなまともな団体が何故魔王を復活させようとするのか。フェーデの持つ、自力救済という意味が引っ掛かる……。

 そも、住民を避難させるためだけにあんな巨大な魔法を起動させるか?もっといい手があるように思う。それに、あの空に張り付いた怨嗟からはそういった他人に対する配慮のようなものは微塵も感じられなかった。あの魔法にはもっと、別の意味がある。フェーデにとって重要な意味が。

 これ以上は考えても確実なものは何も出てこないだろう。魔法については門外漢だし。次は黒い箱か。

 懐から、黒い立方体を取り出す。両の手のひらで包み込めるサイズのそれは、金属を思わせる硬質な見た目の印象と触り心地とは裏腹に、木でできたように軽い。黒くてよく見えないので、窓辺から差し込む光にかざした。特に何か模様があるわけではない。淡い光に照らしても、何の溝も見つからなかった。光沢のある漆黒のそれは継ぎ目も、蓋も、底もない。一度、どこかの特産品だというカラクリ箱を見たことがあるが、ああいった細工でもないだろう。振って音を確かめる。何の音もしなかった。中にはなにも入っていないらしい。何かを入れる箱、というわけではないようだ。

 金刺繍はこれが何なのかイマイチ把握しきれていない様子だった。しかし、必要であるということはわかっているあたり、フェーデの目的は確実に遂行できるとわかっているものではなく、実験的な意味も含まれているのかもしれない。そしてこの実験はかつての文献、伝聞などを根拠に見様見真似でやっている、と言ったところだろうか。であれば学者連中という情報が出てきてもおかしくはない。

 この箱、集めて一所に置いておいて大丈夫なものだろうか?この小さな箱1つで魔物が8体以上集まるのだから、あの監視拠点で複数保存するのは相当危険だろう。今もまた魔物が湧いたのか街灯から逃げ惑う気配がいくつかある。

 魔物が集まらないように釘があるか、魔法使いが大勢いるか……。どこかの都市から釘が盗まれたなどという事件はとりあえず起きていない筈だ。大勢の魔法使いの線はないだろう。何人いようが、魔物の方はおそらく無限湧きだから箱の物量で押される。

 そして、この箱は何故エントの首都にあるのか。崩壊と何か関係でもあるのか。長く中央にいて、魔物と対峙し続けてきたが、こんなものを見聞きした覚えはない。

 で、あの研究員は何者なのか。ただ者ではないのは確かだ。……憧憬の魔法使い、について知っているか。あの魔法の強大さを鑑みると、他に魔法を使うなんてとんでもない……、この町に灯が付けられるのだから、奴が憧憬というわけではないだろう。

 眠い。草刈り行進が響いている……。手足の重みに思わず黒箱を放り出した。天井を見上げる。木目を目で追う。ベッドはそれなりの物のようで、自重で沈み込んだ体に何かに包まれているような安らぎを与えてくる。窓から流れ込んでくる夜風と薄明りの静謐さが心地良い。思えば、まともな睡眠環境にありついたのはいつ振りだろうか。自室はあの有様だし、アシュハイムでは歌いのせいで碌に眠れなかった。

 目を閉じた。きっと明日の朝、起き上がるのが苦痛だろう。


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