チャラ男
「姉ちゃん、音楽やるのかい」
なんとなく軟派な印象の男の人が声をかけてきた。袋詰めした薬草を荷馬車に運んでいる間、鼻歌を歌っていたのを聴かれたかしら。
「ええ、少し前まで舞台にいたの」
「ほえ、それじゃあプロだ」
男は薄い眉毛を吊り上げた。
「なあ、姉ちゃん、ちょっと来てくれよ。イイコトしようぜ……」
男は豹変して何かに飢えたような目をしてこちらに迫ってきた。タイミング悪く人が捌けてしまっている。後退りしたが、手を掴まれてしまった。
「離してちょうだい。興味ないわ」
やな予感がする。さっさと撒いて、村長さんのお家に……上手く行かなかったら最悪ぶっ殺す他なくなってしまうわ……。殺人はちょっと。まだ、まだ早い。
「セ、から始まる楽しいこと、あんたならわかんだろ……なあ、都会の女だろ?技巧、見せてくれよぉ。ここじゃ相手が居ねえんだよォ!」
舌なめずりしながらにじり寄ってくる、すぐ後ろは壁だ。逃げ場がない!
男は背中から横笛をちらつかせた。
「セッション……しようぜぇ!」
「受けて立つわ!」
セッション、大好き!
「俺はシャロー、こいつは俺の相棒のイブ」
楽器に名前をつけるタイプ、ね……。
「私はカイエゲルダ。専門は歌だけれど、弦楽器もちょっといけるわ」
「歌で舞台に立てるん、すごいなぁ」
「まあね」
井戸に腰掛けたシャローは、夢に想いを馳せたのか、まあなんかそんな感じの顔をしている。
「俺な、前はイブ以外にも相棒がいたんだ。人間だぜ、そいつと吟遊詩人をやって中央に出ようって約束したんだ……」
果てしない夢。叶わなかったのでしょう。彼の目には、かつての日の楽観と永遠に叶いようもない夢を背負う苦痛が映っていた。吟遊詩人の需要自体が減ってる、何があったのかは聞くのは野暮ね。
「そいつの楽器がまだある。弦のやつだ。弾き語りはできるか?せっかくだから、豪華にしようぜ」
「少し時間が必要よ」
「時間なんざ、音楽の前じゃサマツってやつだい。取ってくる。早速やれるか」
シャローはせわしなく身振り手振りをしている。
「少し用があるけど、多分すぐ済むわ。終わったらここで待っていればいいかしら」
「おうバッチリ。頼むぜェ!」
彼はすっと立つとこちらに手を振りながら走って行った。私もアルルたちに薬草運びが終わったことを報告しなくちゃと、村長の家がどっちだったかと周囲を見て気が付いた。……シャローが走っていったの、村長さんの家がある方向ね。
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「そうだ、正直言って誰も読んでないと思うから無用とも思うが、1つ補足をしておくよ。目の前の文章は、現地の言葉を日本語におおよそ同等の意味になるよう処理され君の眼にお届けされている。吹き替え版と言うのがわかりやすいかな。まあ、ジーザスとかアウフヘーベン、ハンバーグ。急にそういうの出てきたら、訳者のセンスかなんかの事情だと思ってくれたまえ。気にするだけ無駄だ。この世界にはジーザスも、ヘーゲルも、したがってドイツもない」
「え……キモ。急に虚空に向かってしゃべるタイプの魔法使いだ……」
「声に出てるよ」
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「アルル。薬草運び、終わった――」
「出ていけ!何度言えばわかる、この盗人めが!」
一足遅れて村長さんの家の前についた、家の中からくぐもった怒号が響き渡った所だった。アルルとテルルが身を固くした。声は村長さんのものだ。私たちの前では終止穏やかな人だったから、こんな風に怒鳴るなんて予想だにしなかった。
「ああ、良い!そんなに欲しいならその廃物なぞくれてやる!」
アルルがテルルの背に手をやってそそくさと家から離れていく。なにやら村長さんはシャローの事をよく思っていないらしい。まあ、いい人か悪い人かはおいておいて、誤解されやすいとは思うけれど。ただ、家の中から漂う空気の険悪さは、彼の外見の軽薄であることが責任を負うには少々重すぎる。アルルの険しい視線からも、何か重大な確執があるように思えた。
バキン、と何か木でできた物の折れる音がして、少ししてシャローが玄関から小走りで出てきた。その腕にはいくらかの木片……無残にもへし折られたリュートが抱えられている。
「へ、へへ……失敗しちまった。」
「シャローだ、久しぶり~」
急激にやつれた様子のシャローに何の遠慮もなくテルルが声をかける。テルルは彼女の義姉の手から離れ、こちらに駆け寄ろうとしている。
「テルル、あっちに行きましょう、ね」
アルルはバツが悪そうにテルルの手を捕まえた。アルルは家とこちらを焦燥したようにそれぞれ一瞥して、小声で義妹を呼んでいる。
修羅場、かも。
私がどうしていいかわからずに立ち尽くしていると、アルルが妹をどこかに向かわせた。困ったように私たちに向かって手招きしてすぐ、彼女は足早に妹を追いかけていく。私は落胆しているシャローの手を引いて彼女を追いかけた。
村に戻って来た人たちの多くは、自宅に戻るか寄合の建物にいるらしかった。どこもかしこも穏やかで、賑やかで、この土地は何の問題も内包していないかのようだった。その人々の気配から逃げるようにアルルは進んでいく。村はずれの廃井戸のある空き地が見えた。
「ねえ、シャロー、もう家には近づかないでって言ったよね」
「すまねえ、どうしてもさ……」
アルルの咎める様な発言には、怒りの感情は含まれていないような気がした。
「裏から入れば親父さんとは鉢合わせないと思ったんだ」
「呆れた。カイエゲルダさんまで巻き込んで、何のつもり?」
「……なんでもねえよ。ただ音楽やりたかっただけでさ」
「絶対嘘。だったらお兄ちゃんの楽器なんか必要ないでしょ」
「……」
テルルは年上同士の喧嘩には興味がないようで、塞がれた井戸を眺めている。
「ネルルだって、」
「そうやってすぐお兄ちゃんを口実にする。シャローのやりたいことでしょ?それで責任逃れしようなんて思わないでよ」
「う、うるせぇ!何がわかるんだよ!……」
「何年あんたがうじうじしてるの見せられたと思ってるの!?なんもわかってないのはあんたよ!」
新たな修羅場だ……。どうしよう。
知らない人の聞き覚えのある名前が出てきた。クレフのために用意された偽名と同じ名前が。口をはさむのは野暮だと思ったけれど、このままじゃいたたまれないから、思い切って聞くことにした。
「ねえ、聞いてもいい?ネルルさんに何があったの?」
渦中の二人はすっかり私の事を忘れていたみたいで、目を丸くしてこちらを見た。
「……」
そして、だんまりを決め込んでしまった。
どこにも一人フェルミが居れば勝手に解説してくれてよさそうなのに、と思った。
どこでもフェルミ君、好評発売中
中傷機能はどこぞの圏外専用なので、なじってくれません。




