一方そのころ
道のりはあまりにも長かった。街道らしき道から外れないよう、永遠と枯草を刈っては進み、刈っては進み……。方向感覚には自信があるものの、見渡す限りまったくエントの首都の亡骸などは見当たらず、これは同じ道を帰ってくる事すら至難の業であると思ってこうして、目印の意味でも草を刈り分けて西へ西へと進んでいるのだが暑い。何しろ。あつい。
「村とかもういいかも。カイエいるし大丈夫だろ!勇者もやめてやる……って俺クビになってるんだったな!ハハ」
と、戯言を言っていないと気が狂いそうだった。
果てなき道の彼方に輝く太陽が、俺という矮小な存在の後ろに長い長い影を作っている。
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一方そのころカイエ。クレフを見送り、村に戻ると、先ほどまでの蕭条とした雰囲気とは打って変わって村は賑々しい様子を見せていた。
「ああ、カイエゲルダさん。戻ったんですね」
困惑する彼女に気付き、最初に声をかけたのは村長だった。
「戻りました。あの、先ほどより人が増えているように見えますが」
「ああ、今日来ると思っていませんでして、説明しなかったんですが……」
村長は後ろを振り返って群衆を見やった。
「避難した村民たちです。食糧などを届けに度々来てくれていてね」
人混みの中心部には荷馬車が並び、穀物や保存食らしいものが村に運び込まれていくところだった。
「なるほど。私にできることがあれば手伝います」
「おお、それはありがたい。そうですね、あっちでうちの娘が薬草の仕分けをしているので、それを手伝ってやってください」
「わかりました。……彼らの避難先はここから近いのですか?」
「そうですねえ、半日あればつくような場所です。それで日照りの違和感に気が付いたところもありまして。おっと、すみません少し用があるで、外しますね」
そういって村長は駆け足で人だかりの中へ溶けていった。何やら荷馬車に軽い不備が出たようだ。その対応だろう、とカイエは見た。
もともと規模の大きい村ではなさそうだし、戻ってきている彼らを合わせたらもともとここに住んでいる人数程度になるのじゃないかと思う。荷解きの済んだ数名が家屋に駆け寄るが見える。
一人ぽつんと手持無沙汰になるのは嫌だから、指示をもらっておいて良かった。アシュハイムでは自分で決めて大それたことをしてしまったけれど、劇場では指示をもらって、その通りに動くことが多かった。その方が落ち着く。誰かの期待に背くことも少ないし。
村長が指したのは、彼の家の方だった。近づいてみると、家の前で姉妹が草の大きな山を小さな複数の山に分けている所だった。私が近づくとテルルが大きく手を振った。
「こんにちは。お父さんから手伝いをお願いされたの。何か私にできることはあるかしら?」
「えっと。色々あるけれど……」
アルルは少し眉をひそめた。妹のテルルは友好的だけれど、姉の方はどこか私達を疎ましく思っているように思えてならなかった。私よりも少し年下の、穏やかで賢そうな女の子はきっと私よりも多くの事を知っている。
「あれはテルルの仕事だからね!あのなんかつぶして混ぜるやつ!あれはダメ!」
「わかったわよ。てかあれはまだよ。……そうですね、とりあえず、そこの袋にこの山の薬草をつめてください。20袋で十分です。量は、その重りと同じくらいでお願いします。」
「わかったわ。ここに座ってもいい?」
「え、まあ良いですけど、汚れますよ」
「構わないわ。それに敷物も持っているもの」
「え!?なにそれ!テルルもそこ座る!」
「やめなさい、えっと……」
アルルが少し困ったようにこちらを見た。
「カイエゲルダよ。」
「……カイエゲルダさんの敷物が汚れるでしょ。あんたが座ったら」
「お姉ちゃんはケチ!ねえ、良いでしょ。」
「いいわよ」
「……すみません。」
彼女は頭を下げるとすぐに、草の仕分けに戻った。こちらと話すつもりはない、と言った様子だ。
「カイエゲルダって変な名前ね!全然聞いたことない!もう一人の人も変な名前だった!」
「ちょっと、テルル!」
アルルの取り付く島もないように見えた沈黙があっという間に破られてしまった。
「私もちょっと長い名前だと思うの。由来は……確か、童話?だったかしら」
「偽名じゃないんですね。少し気になっていたんです。ヴェルギリアから結構離れたところの伝承の、人をたぶらかす魔女の名前ですよね。」
「え?そうなの?初めて知ったわ。私の名前は両親が付けたものじゃないのだけれど、ちょっとだいぶ恨みがこもっているかも」
ほんとに初耳。名づけはカテリーナによるものらしいなのだけれど……。
「えっ……すみません。出身はどこなんですか?」
アルルの反応は、わざと素気無い言葉を掛けた、あるいは攻撃的な意図で発した言葉を後悔する色がのっているように思えた。謝罪の言葉も今までの形式的な調子ではない。どこかに当惑があった。
「アシュハイムよ」
「じゃ、じゃあ……きっと名前を付けた人は響きがかっこいいとか、そういう理由でよく知らず、深く考えずにつけたんですよ。」
「きっとそうね。」
多分そうじゃない。
「博識ね。すごいわ。村のみんながあなたを頼りにするでしょう?」
「そ、そんなことはないです。」
アルルは目を見開いた。何か理想めいたものに心を躍らせたように。彼女の心の障壁を揺るがすのは、それほど難しくないかもしれない。
そう、知識をむやみに披露するタイプは、大抵聞き手に飢えている!周囲はおおよそそれをどうでもいい事だと思っていて、だから話が合わない。劇の台本の細かい部分に感激したと言って詰め寄ってくる観客の殆どが、こういうタイプだった。私はただ頷いて、周囲の無関心を言外に煽るだけでいい。いつの間にか、相手にとっては理解者になっている。
……わかっていてやるのはなんか失礼だし、私は聞いた話を面白いと思っている。どうしてもムズカシイ時はあるけれど。
「全然だよ、ね。お姉ちゃん」
「……薬草の仕分けだって、私達しか知らないから物珍しさで任されていますけれど。あまり役に立つ仕事ではないんです。このあたりは毒草も少なくて、大体草は一緒ですから、細かく分けたところであまり加工もしませんし、口に入れば全部一緒のただの草なんです。」
「ほんとはねぇ、あれ、あっためるタイミングを草ごとに変えると良いんだっけ?だから、今仕分けしても意味ないんだよね」
「それはお茶にするやつね。運ばれてくるときには、もうだいぶ発酵が進んでいるって話。そういえば、ヴェルギリアの方でも薬草は売られているんですか?なんだか新しい回復薬というのが流れてきたことがあったんですが。」
「売られているわ。私、中央にはまだ一週間も滞在していないから詳しくないのだけれど……。とにかくヘンテコな薬がいっぱい。魔力を回復させる……という謳い文句のなんだか甘い水とか。薬草は当分現役だと思うわ」
「そうですか。ちょっと安心しました」
袋に葉を詰める。ちょっと詰めすぎたから、戻す。5袋出来た。ようやく手馴れてきた気がする。
「お姉ちゃん、物知りでしょ。エントの大図書館に勝手に行くのが趣味で、私ももう少ししたら連れてってくれるんだ」
「ちょっと、それ秘密って言ったでしょ!父さまに言っちゃ絶対だめだからね」
はーい、と返事をするテルルだけれど、反省しているようには見えない。
「大図書館って、あのエントの大図書館かしら?場所は首都から少し離れたところでしょう?かなり遠いのじゃないかしら」
図書館というのは、貸本屋の進化版みたいなものだとクレフが言っていたから知っている。エントには、征服したり、地方の身分を追われた王侯貴族たちの管理しきれなくなった文献などを引き受けたりでかなり沢山の蔵書を集めた図書館があるというのも教えてもらった。学者を集めることで、攻撃されることを避けたのだそう。
結局本は機関がかなりの数を持って行ってしまったらしいけれど。
「そうです。遠いんですが兵の方が一緒についてきてくださって。嘗て賑わったもう誰もいない場所が……凄く好きで。崩落した天井からは光がさしていて、書物を日差しから逃がしてあげなきゃいけないんです。たまに残りの本目当てに学者や魔法使いの方が来ていたりして。お互いに何もしゃべらずに頁を繰るんです」
「素敵ね。彼の仕事が終わったら連れて行ってもらおうかしら」
「テルルも行く~」
「ちょ」
「じゃあ、5人で行きましょうか。」
「5人?」
「あら、兵の方はただの付き添いだったかしら」
「ああ、ただの幼馴染です。親友と婚約が決まったので、……そう、だからもう図書館にはいけないかも」
掘り下げちゃいけない話題だったかも。彼女の表情に翳りが見えた。
「ずるい!約束でしょ!?いいもんね~カイエゲルダと行くもんね~魔法使いなんでしょ?強いの?」
「一応ね」
一応。闘技場は初出場だからという理由で初日だけ参加して一級の資格はもらえたし、それほど苦戦も強いられなかった。けれど……、出発日のクレフに、「憧憬の魔法使い」と来て、上には上がいることをまざまざと思い知った。
そうして打ち砕かれて初めて自分の力に自信があったんだと気が付いた。もう、自分を強いと表現するのは恐ろしいことのように思えて仕方がない。
「魔物がいなければ、強くなんかなくても、誰だってどこへだって行けるのに」
「そうね」
私は、どこへ行けるのだろう。あの尖塔から離れて、どこへ。私の目的は、もう終わってしまった。
私の勇者様はいつまで手を離さないでいてくれるかしら。




