約束
「それでは、クレフさんは私の息子、という設定でよろしくお願いします。言語に関しても彼女のレベルであれば申し分ないでしょう。細かい点で疑われたら長いこと中央へ出稼ぎに出ていたと言えば問題ないと思います。」
「わかりました」
「どうか、よろしくお願いします。」
「必ずや、日照りを止め、組織を放逐することを約束いたしましょう」
これで、話はまとまった。
村長、名前はシャルル。齢は四十出前。奥さんとは死に別れている。娘が二人、17のアルルと6歳のテルル。テルルは魔物の襲撃で亡くなった弟夫婦の娘だそうだ。俺はしばらくぶりに帰ってきた長子という設定で潜入するが、カルトが突貫工事的に集める兵の家族構成を気にするかと考えると、特段身構えなくとも良いように思った。
そして、村長は息子についてとっさについた嘘であると言ったが、本当にそうだろうか。家族の食卓と思われるこの居間には、椅子が5つある。座面に布を敷いている椅子は3つ。1つは昇降用の台が置かれている。テルルの椅子だろう。残りの2つがシャルルと、アルルの椅子だとして、何も敷かれていない椅子があと2つ。奥さんと、あとは誰のだろうか。客人のために出しているだけか。
「黒服たちのタイミングを窺っていてはいつことが終るのかわかりません。クレフさんの用意が出来次第向かっていただいてもよろしいですか?」
「構わない。」
カルトの拠点はここから1時間ほどで到着できるらしい。まずはカイエに歌ってもらうこと、それから、一応俺も日照りの魔法を見ておきたい。準備はこれだけだ。
村から離れ、敵組織の拠点を目指す最中だが、何と言うか遮蔽物がない。遠景に山々が連なっている以外、ずうっと平たい地面が続いていて、なおかつ木は枯れ、川は干上がる寸前と言った様子でどうにも厭世的になる殺風景だ。もう秋だというのに、直接的な日差しは目に焼き付いて視界に染みを作るように眩しく、思考力を奪っていく。
カイエによれば、魔法は極広範囲に影響を及ぼしているものの、あの村は直接的な圏内からは外れているらしい。魔法の中心は例のカルトの拠点で間違いなく、彼女はあまり近づきたくないと言っている。当初から潜入は単独で行う予定だったため支障はない。彼女には村の警護を任せることにした。が、魔法について詳しく知るにはもう少し近づく必要があるらしく、歌のタイムリミットも考えて途中までは同行してくれることになった。
「そういえば、クレフ。あなたが制服以外の服を持っているか、フェルミが心配していたわ。」
「失礼な奴だ。俺だって何着かは持ってる。」
今着ているこの服はタンスの肥やしになっていたものではあるが……。
「白、結構似合っていたわよ」
「そ、そうか」
この感じ、暗に今の服が似合ってないと言っていないか……?たしかに全身茶色はちょっと自分でもあまり良くないんじゃないかと思ったが。俺は髪も茶色いし……。でもこの種類しか服ないし。
彼女が急に歩みを止めた。
「あなたなんだか、蒸かし芋みたいね」
芋……?何か重大なことを言うのかと身構えていた俺は拍子抜けした。
「美味しそうよ」
……どう返事をすればいいんだ?
「蒸かし芋に失礼じゃないか?」
「そうね」
暫く歩いてきたため、集中力でも切れたか。カイエ、さては適当に話をしているな?上の空で何か考えている……、気がする。そうであってほしい。日射で体調を損ねたか?……いや、いくら暑いとはいえ、ダウンするほどではない。彼女も汗をかいている訳でもない。
「俺は犬が大好きだ。特に濡れた惨めな犬」
「そうね」
「この間鞄の中にカブトムシが入っていて、間違えて食べてしまったんだ」
「へえ」
うわのそらだ。というか、上の空を見ている。ぼうっとしているが、顔色は悪くない。体調が悪いわけではないようで少し安心した。
周囲に原因を探すために見渡し、ようやく気付いた……熱でやられたのではない。このどこか思考に靄のかかる感じ、ぐらつき、魔法の圏内に入ったらしい。
カイエの肩を叩く。
「え、ええ。聞いていたわ。カブトムシの犬に襲われて食べたのよね、……?」
「そうだ。それより、魔法の区域に入ったよな。何かわかるか?」
「……ローレンツさんにわかる以上の事がわかるはずもないわ。ただ、直感的にわかるのは「格上」がいるということね。」
俺は魔法の感度が鈍いからか、照り付ける太陽が瞼の裏では真っ黒に溶けているような想像が頭をよぎるだけなのだが、カイエは空を見上げたまま硬直して、その声は震えていた。
「アシュハイムの魔法兵器と比べてどうだ?」
「あの壊れかけではくらべものにならない。これだけ複雑かつ緻密で、それでいて簡略化された乱れの無い魔法。間違いなく術者は1人よ。そして、相当魔法を使い慣れている。全体は憎悪と執念の産物としか思えないのに、細部を見れば感情が乖離してしまったのかと思うほど整然としている。絶対に戦ってはいけない相手よ。」
そういわれても、それを相手取る他ないのだ。
「偉大な魔法使いは捕らえられていて、何か大切なものを担保に無理やり魔法を行使させられた、とかでもない限り、この日照りが終る事はないわ。あなたがどれほど強くても倒せないもの、絶対に。」
悔しい。俺も強者に慄きたい。
「主と戦った時は次第に洋上の魔法が見えてきたんだ。だが、今は見えていない。魔法の強力さと見え方は関係ないのか?」
「……そうね。あれは魔法が強力になったから見えたんじゃなくて、魔法の感度が高い私の影響下にあったから見えたのじゃない?歌の影響が強くなればなるほど、あなたの視界も明瞭になった……。それから、あなた変な機械を持っていたでしょう?見たければ今も見えるんじゃないかしら。」
スカウターの事をすっかり忘れていた。これはいけない。鞄から処分決定とラベルの貼られたスカウターを取り出し、装着する。
「ガッピ―、肉眼でタイヨウをミルべからズ。計測カイシ。……ピピピピピピ測定不能、測定不能」
警告音が鳴り渡り、突然視界が爆ぜた。警告音はその間隔を短くしていく。スカウターが火花を散らした。
「いてッ、うお痛って!」
急いで頭から外す。カシャんと軽い音を立てて地面に落下して猶、警告音は止んでいない。
「コレモ、スカウターのシュクメイ……ガッピ―!」
何らかの負荷に耐えられなくなったのだろうと思わせる警告音と共に、そう言い残して、スカウターは爆散した。
地面に小さな炸裂痕と焼け跡が出来た。外して良かった。危うく顔面が爆発するところだった。
「大切な仲間が……」
「お墓を作ってあげましょう。」
スカウターex,5-23更新,最終版,処分決定、ここに眠る。
……ゴミは持ち帰るべきだろう。焼け焦げた破片を再び荷物に入れた。
「それじゃあ、歌ってもらえるか?」
「潜入の直前の方がいいんじゃない?歌の効果はまる4日しかもたないのよ」
「いや、魔法を見たい。どうせここから30分経たずに到着するんだ。近づきすぎて目撃されるのも嫌だ。」
「……そう。わかったわ」
背筋が凍った。これが、恐怖か。
……目を開けると、空一面に神聖さすら感じる怨恨が張り付いていた。




