憧憬
日照りは想像以上に深刻で、大地は浅く網状にひび割れ、乾燥した地表は風に捲られ土煙が舞っていた。
依頼のあった村についた。村の名はカルネというようだ。見れば井戸はまだ生きているようだが、次第に人は遠方に移っていくようで、人の名残を見せるものの、打ち捨てられたであろう家屋が散見された。見通しは明るくないらしい。
しばらく立ち往生していると、背丈の小さな女の子が村の奥から短い手足を振り回しながら駆けてきた。
「やいやい、なんか来たぞ。……あんた勇者だよな!この時分に来るんだから!勇者だとも!おい!勇者が来たぞ!」
木の棒を振り回して、やや舌たらずに声を張り上げている。
「どうも、勇者クレフ・レインハイムです。こちらは魔法使いのカイエゲルダさん。」
カイエが会釈した。
「変な名前!あたしテルル」
彼女が名乗った所で、第二村人が奥から飛び出してきた。葦のような色の髪で、柔らかい雰囲気の人がよさそうな女性だ。髪の色などが似ているので、テルルという少女の血縁者だろうか。姉……くらいに見える。
『テルル!勝手に外に出ないの!』
姉に見える女性はテルルの元に駆け寄り、彼女を自分の背の方に引き寄せると瞬きの間に不信感をにじませて、会釈した。
『妹のテルルがすみません。勇者さん、たちなんですよね。ここの言葉はつかえますか?』
やはり姉妹だったか。
姉が喋って、ようやく違和感に気がついたが、テルルという少女は統一言語を喋っている。聞いたときに違和感がないほど流暢に。
『はい。そう。そして、はい、使えるでごます』
『わたくしはアルル。依頼をだした村長の娘です。父のところに案内します。ついてきてください』
『はい、わかった』
進もうとしたところでカイエに肩を叩かれた。
『クレフ、あなた本当にそれで仕事ができる?』
「え!?変か?」
『変よ。すごく』
カイエがエントの言語を使っているのは礼儀のようなものだろう。おかげで心証が回復したのかもしれない。アルルはこちらを見て少し笑った。妹の方は俺のエント語を嘲笑っているのだろう。すごくいい顔してる。俺はダシにされた。まあ……いい。
「あたしねえ、勇者来るってきいて、ヴェルギリア語覚えたの。すごい?」
「すごいわ。とってもすごい。」
『ねえ!聞いた!?姉さん、あたしすごいって!聞いてる?ねえ!』
『何?どこで拾ったのその木の枝、捨てなさい!』
テルルは嬉しそうに木の枝で姉を叩いている。何がどうあれ、彼女らに恥じない仕事をしなければならない。
『はあ、妹がすみません……』
『いいえ、かまわぬ』
奥へと進むほど村はさびれていった。彼女たちは責務のために、ここに残っているのだろうか。
「もうすぐ着くよ!あれがねえ、家。おおきいでしょ。あれはねえ、木。あれが樽」
「そうね、大きいおうちね」
カイエが心なしか笑っている。視線を上げると、今は動いていない粉挽の水車のついた、木と、古ぼけた赤色のレンガの家があった。世辞にも大きいとは言えない家だ。だが、大きな家だ。
『父さま、勇者さまが来たわ』
アルルがそう言いながら走って行って、戸を叩いた。俺たちが家の前についた頃、ギイという音とともに薄暗い屋内が垣間見え、娘たちと同じ色に少し灰をまぶしたような髪をした男性が姿を現した。どこか悪いのだろう。彼は顔色にも灰をかぶっていて、屋内からは薬草の匂いがした。
「これはこれは、勇者どの。ようこそカルネへ。込み入った話もありますし、どうぞ中に。」
父親は目を細めて朗らかに笑った。
「それで、先の戦火で我々の避難に力を尽くしてくださったゲールクリフ殿であれば、信頼できるとかんがえましてね。」
彼は謎の薬草で煎じられたのだろう茶を飲んでいた。正直なんかめっちゃ匂う。そして、彼は俺たちにも茶を淹れてくれた。これは匂わない茶だ。嬉しい。水は貴重であろうに。
応接室として設計されたであろう間取りは、長い年月を経て家族の食卓になったのだろう。木製の大きな机に椅子が5つ。食器棚や、果実入れは布で覆われて隠されていた。
「村の兵達はすでに移ってしまったのか」
「ええ。私が指示しました。彼らでは到底敵わないですからね」
穏やかな口調だ。どことなく、諦念の響きを含んでいるように思えた。屋外から外させた娘たちの遊ぶ声が聞こえる。
「それでも、何人かは残ってしまい。娘たちもここから離れないといって聞かないものでして。」
困ったものです、と続けるが、その奥深くには人間同士の縁があるのだろう。どこか嬉しげでもあり、寂しげでもあった。
「解決を急ごう。それで、怪し気な集団について教えてもらえるか」
「魔法については、先に来ていただいていたローレンツ殿から聞き及んだ情報しかございません。連中もこの村と積極的な関わりを持とうとはしていないので、目的や、人数などの情報も詳細でございません。申し訳ない。黒服たちは、エントの言葉を喋る者もあれば、ヴェルギリアの言葉を喋る者もあります。しかし、帝国由来の特殊な単語を使うものが多いので、どこか学者筋の連中かもしれません。」
「なるほど。十分だ。潜入の手立てについては、そちらに策があると伺っているが」
要項に算段はあると書かれていた。
「ええ、少し事情がありまして。半月ほど前のことです。黒服たちが村に来まして、兵を寄こせと言って来たのです。さもなくば村に火を放つと。兵たちの退避を命じたのも、中央にしたためましたのも、この指示で危機を感じたからでございます。」
……外部に戦力を求めるということは、魔法の行使によって、魔法使いたちは戦力に数えられないと考えて良いのだろうか。しかし、何故、兵がいるのか。戦力ではなく、単に力仕事をさせたいだけかもしれないが……。
「それで、とっさに嘘をついてしまったのです。20日以内に、私の息子が帰ってくると。彼を渡すからそれまでは待ってくれと。」
待てよ……?機関からここまでだいたい5日かかる。村長が手紙をだして、機関に到着する、機関からローレンツ殿が出発する。ローレンツ殿が帰ってくる。俺が出発する……。
「過ぎていませんか?期限。」
「過ぎてます。」
「大丈夫なんですか?」
「まだ燃えていません。」
「ローレンツ殿を息子だと言い張るつもりだったんですか?」
「はい。」
うーん。カルトはそれほど脅威ではないのかもしれない。
「クレフはあまりエントの言語に堪能ではありません。ご指導を賜りたかったのですが、時間に余裕はないのですね」
黙っていたカイエが口をはさんだ。
「いえ、まだ先延ばしに……」
「危険かと。」
「そうですよね……」
「クレフ、このために私は猛勉強をしたわ。覚えている?あなた発声練習の歌、できたわよね。あの歌、クジラ座秘伝なの。」
ゲッ。あの醜態がフラッシュバックした。カイエにできることなら歌で俺にさせることもできる、つまり歌の効果で俺がエントの言語を喋れるようになる。言いたいことはこれだろう。
……拒む理由もございません。カイエのエント言語は、俺の目にはかなり熟達したものに見えた。そういえば、彼女は馬車に乗っているとき何やら御者に多くの代金を支払っていたし、頻繁に話していた。あれは言語のレッスン代だったというわけだ。2日強、馬車には世話になった。はあ。俺のなんと情けないことか。
「猛勉強と言ったけれど、劇団ですこし習ったことがあったから、苦労はなかったのよ。気にしないで」
不機嫌が顔に出てしまったか……?フォローしてくれているようだが、嫌気がさしているのは俺の怠惰に対してだ。……むくれている場合じゃない、これ以上の迷惑をかけてはそれこそ恥晒しだ。
「何か秘策が?」
蚊帳の外に弾かれた村長が不思議そうに尋ねた。
「ああ、すまない。強制的に言語能力を向上させる裏技を使おうという様な話だ」
「ほう、そんなことが出来るのですか。流石中央の勇者さまだ」
……すごいのは中央の勇者ではなく、アシュハイムの魔法使いだ。溜息を心の中にしまった。




