勇者、クビになる。
これで中央の話は終わりです。
晴れやかな秋空に、盛大な歓声。轟く魔法と、剣のぶつかり合い。ずいぶんと久しぶりに模擬戦を観ている。こんなにも無味乾燥なものだっただろうか。舞いあがる砂塵をどこか遠いもののように眺めながら、客席で販売されていた弁当を食べている。
……無味乾燥と言ったが、弁当は味が濃くておいしい。
チラチラとこちらに視線を向ける人間がいる。フードを目深にかぶった。円型の闘技場はどこから湧いてきたのか、呆れるほど観客を収容し、その野次やら応援やらを増幅させていた。円柱の、その中身がくりぬかれたような形状は、ここで行われていることを象徴しているようだ。
昨日行われたのが、階級分けのための試験。今日行われているのは、上級の順位付けのための試合で、端的に言えば不要だ。
周囲は何かと俺が闘技場に固執していると勘違いをしているが、俺はこの場所にはさほど興味はない。圏外の烙印と闘技場との懸隔が罰に相当すると考えているらしいが、的外れだ。ここで手に入るのは、名声、金、そんな些末なものだ。あるいは俺がその価値をわかっていないだけかもしれないが。
ひと際歓声が大きくなったかと思えば、決勝戦が始まったらしい。見覚えのある金髪……フェルミが舞台にその足を踏み入れた。首位の座をほしいままにしているらしい。というのも、元来の目にもとまらぬ剣技に何を考えたか魔法を取り入れ、追随者を大きく引き剥がしたからだという。
奴は強さよりも生き残ることに重きを置いていると思っていたが、そうであれば魔法に頼らずとも十分だった。何か新たな目標でも見つけたのかもしれない。見ものだな。
……と、思ったんだが、アイツ魔法使ってるのか?全然わからん。特異な攻撃と言えば飛び膝蹴りだったくらいで、全く魔法らしい魔法が使われているとは思えない。俺にわからないだけで使っているのか?ダメージが2倍になる魔法……とか。
結局全然わからないまま、試合が終わってしまった。実況がこれでもかというほどフェルミの名前を叫んでいる。これで検査はすべて終了だ。がやがやと席を離れていく観客たちで通路が塞がれ、観客としては勝手があまりわかっていない俺は身動きが取れなくなってしまった。熱狂冷めやらぬ退出者の波に呑まれば下手すると圧死しかねない。それぞれが利己的に大きな声で話すものだから、その賑わいはとんでもないもので、さらに闘技場はそれを増幅させ、頭がくらくらしてくる。内容は似たり寄ったりで、魔法部門の混乱がどうだとか、フェルミドールが調子にのっているだとか、誰それが不調だったとかそういった事柄ばかりか。
この場所からの追放のおかげで、俺は群衆の過剰な視線にさらされずにすむ。悪いことはそれほどない。それに、アシュハイムの一件に介入するには俺が闘技場から離れていなければならなかった。この場所から離れて良かった理由がまた1つ増えた。
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「エント……か」
よりによって、エントか……。
「そうだとも、何か文句があるのか?」
「いや、ないが……。」
「ないならヨシ!それでは任務内容を伝えよう。」
受付嬢からゲールが呼んでいるとの伝言を受けたので、執務室に来ている。余程のやらかしでもなければ本来これほど頻繁に訪れる場所ではないのだが。またしても最高執政官さま直々の依頼だ。さぞかし厄介なことだろう。しかも目的地はエントと来た。移動だけで何日かかる?今は崩壊に巻き込まれて跡形もないとはいえ、中央と対立していた政治勢力の息がかかった土地だ。何より面倒なことに、統一言語が通じない。
「今より、お前はクビだ!機関とは一切の関係のない人間として振舞え!」
「はい?」
「そこで機関とかかわりのない貴様には機関のもたらす平和をかき乱す反乱分子を叩きのめしてもらう」
「……はい?」
「聞こえなかったのか?反乱分子の粛清が任務だ」
何か機関が攻撃されたなどという話は聞いたことがないが。
「それは……、機関がやって良いことなんですか」
「無論、駄目だ。」
「はあ……」
だからってクビにした人間が勝手にやったんです〜は通用しないだろう……。むしろその方がまずい。
「わからん奴だな!つまり、敵対勢力に潜りこみ、情報を収集し、壊滅させて戻ってこい。ということだ!そのために機関を名乗ることを禁ずると言ってるんだ!」
わかるか。クビって言いたかっただけっぽいな。
「とりあえず聞いておくとしよう。どんな勢力なんだその反乱分子というのは」
「周辺住民から、俺宛てに報告があってな。連中はカルト的なものだと言っていたが、謎の魔法団体だ。」
「それなら魔法に詳しいやつが適任だろう」
「そう思い、先行させた愉快なお友達……、魔法部門の執政官が精神をやられて帰ってきてしまってな!」
「それは俺になんとかなるとは思えないんだが」
「まあ、待て。己を役立たずと罵る前に、しかと聞け。奴が言うには、魔法が高度過ぎて病んだ。だそうでな。つまり魔法に明るくないやつでないと落ち込むそうだ。お前ほど魔法に鈍感な奴もそういない。お前が適任だ。」
「……」
「そのカルトが居ついてからというもの、日照りが続いて住民たちは移住を余儀なくされている。いくらかが残ってしまったのだが、彼らはカルトに脅かされているらしい」
ゲールは机の中から書類をいくつか出した。
「エントからの依頼を機関は受けられない。だが、残り火が救いを求めたのなら、力を貸すのが俺にできるせめてもの償いだ。連中が中央に移住を申し込んでいて、その妨害を行っているカルトがいるので調査し、必要があれば壊滅させるというのが偽装シナリオだ。これは上層部全体で承認済みだ!住民の居住地回復が本来の目的だが、そのためにとりあえずカルトは壊滅させなければならない」
「そいつらを倒して日照りが解決するものか?」
「さあな。だが魔法使いの中で最高の栄誉を持つ者が言うにはそうだ。」
ゲールクリフの友達で、魔法部門の一番上となれば、魔法部門の最高執政官であるローレンツ殿か。
「ずいぶんと信憑性のある意見だな。……しかし壊滅か、相手が魔物じゃないのによくこれが上層で通ったな」
「機関の破綻も近いかもしれんな。まあ、クビはそうなったときの予行演習とでも思っておけ。それとも他を当たった方がいいか?」
機関の掟の1つとして、模擬戦以外で人間に刃を向けるな、というものがある。2重の意味で機関の敵は人ではない、というわけだ。上層はエント市民のことを考えているとも思えないし、偽装の筋書きなどには興味がなく、危険因子が崩壊すればそれでいいと思っていそうなものだ。
仕事内容に関して考えるなら、勇者の肩書なしに信頼できる仕事主であることを示すのは難しいことかもしれない。俺は結構ミスがおおい、なおさら不安だ。
まあ、勇者なんか所詮は人殺しの暴力集団だ。信頼もへったくれもない。それはその成立が物語っている。征服と他勢力の崩壊、抑圧の上に成り立つ平和。さも文化的であると歌う文明……嫌になる。
そういえば、エントを含む中央に反抗的な政治勢力を実質的崩壊に導いたのは今目の前にいるこの男だったか。猛将ゲールクリフ。国墜とし。カイエの言った正義の概念とは、鏡写しの虚像のようなものだ。
考えただけで誇りが翳るというものだ。差し出された指示書を受け取った。番号、内容、期限、報酬。
「わかった。引き受けよう。期限までに帰らなければ死んだと思ってくれ。」
「増援は送らないぞ。貴様以外にこなせるとも思えないからな。そうだ、カイエゲルダは連れて行っていい。魔法の嗅覚は多少なりと必要だろう。」
魔法の察知にはスカウターで十分なのだが、戦力として期待できるカイエを連れていけるのならそれは万々歳だ。本人が了承するのならば。
「言葉が少々不安なのだが」
「喋らなければいい。その首のおめかしがあれば何とでもいい訳できよう。それか字引きでも持っていけ!違法な貸本屋でちょうど見かけたぞ!」
そういえば首に包帯を巻いたままだ。怪我は治っていないので当然と言えば当然だが。
……期限まではそれなりに余裕がある。潜入するならば、現地住民たちに協力を仰いて言語で疑われないよう工夫が必要か。しかし、よく依頼を出してくれたものだ。自らの国が滅びた直接の原因は崩壊という天災だったとはいえ、中央の侵略も間違いなく彼らを傷つけたという。ゲールクリフ個人への連絡と言っていたか。カイエの時もそうだったが、この男が世界に残した痕跡は大きいのだろうな、と常々思う。
……俺が生まれる前にすべては終わっていたが、歴史は流れている。
荷造りでもするか。
「クビの意味は理解しているつもりだ。あんたの望む結末を持ち帰ってみせるよ」
「思いあがるな。俺の顔にどれだけお前の泥遊びの痕跡が残っているか言ってみろ!」
「すみませんでした。」
執務室を後にした。
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カイエの承諾はあっさりと得られた。色んな土地を見て回りたいそうだ。エントまでに多くの都市を経由するから、その目的と今回の依頼は合致しているだろう。カイエの諸々の手続きと、荷造り、休息を待って、準備が済んだ日の夜明けには出発することになった。
そして、都市の門を出て少し進んだところで、思わぬ見送りを受けた。
「待て、圏外。次はエントに行くそうだな。」
なぜかフェルミドールが木剣をもって立ちはだかっている。
「そうだ。」
「試合に出られずふてくされているだろうお前のために、こんなものを用意した。」
こんなもの、として示された先、木剣が地面に刺さっている。地面は石で整備されている、どうやって刺したんだ。
「剣をとれ。クレフ・レインハイム。奪われた機会を取り戻しに来た。手合わせ願う。」
決闘の機会を用意した、ということか。どうやら真剣らしい。使うのは木剣だが。何もこんな明け方に戦わなくたっていいじゃないか。まあ、良い機会かもしれない。野次も、歓声も、悲鳴もない静かな環境で勇者と戦える機会なんか滅多にない。しかも相手はフェルミドールだ。剣を引き抜く。軽い。
「……がっかりさせるなよ」
「それはこちらのセリフだ。」
何が魔法なのか、見せてもらおうじゃないか。
充分な間合い……、が、本能的な焦りを感じさせる速度で詰められた。目の筋肉が引き絞られたような感覚。闘技場で上から見るよりも速く、鋭く感じる。大ぶりの一撃、……攻撃を誘っての素早い2発目、3、4……。重い。これを相手させられるとは他の1級も可哀想なものだ。
「数年戦わないうちに、腕がなまったんじゃないか!?」
「黙って戦え。舌を噛むぞ」
連撃を防ぎきって、奴が体勢を立て直す一瞬の隙をつくのがこちらの取るいつもの筋書きだ。が、やはり!蹴りが来た。試合通りだ。フェルミの舌打ちが聞こえた。足元がお留守だ。
1発入った。すぐに体制を立て直されてしまった。剣が軽すぎる。そういえばルールはなんだ?終わらないということは、先に当てた方が勝ちとかではない。闘技場と同じならば、戦闘不能になるかギブを宣言するまでだ。そういえば業務に支障が出るので、大抵ギブが先に出るんだったか。
「何考えてる!こちらを見ろ!」
「ルールが何か考えてたんだよ!」
「そこに陪審員がいる。そいつが終わりを宣言するまでだ!」
思わず振り返ろうとした刹那に、視界の端でフェルミが飛んだのを捕らえた。よく見たらあいつの剣、俺のより長くないか?……滞空時間がおかしい。まるで水の中で飛び跳ねているかのようなゆったりとした飛翔……あれが魔法か?
思考を咎めるように、刃の切り裂いた風が俺のすぐ横を貫いた。寸でのところで避け、られた。が、真横にフェルミがいる。避けられない。……と思ったら避けられないのだ!死に対する防衛本能によるそれをねじ伏せて屈ませる。転がり、間合いから脱出した。剣は俺のすぐ上の空気を切り裂いた。攻撃によって前進したフェルミと俺はお互い背を向けている状態だ。切れる。あれから4日経った!切れる!思いっきり体をひねって振りぬいた。
……が、それをフェルミの剣が弾いた。乾いた甲高い音が響いた。その反動を利用してフェルミが引く。……今、足元が光ッ……飛びのいた瞬間に光の柱が音を立てて立ち上った。これが、魔法だ!俺でもわかるぞ!着地を狩られる!
「で、なんで彼らは戦ってるの?」
「知るかよお。なんか知らねえが、ここに居たら陪審員やれって突然言われてさ。見ろ、あのレインハイムの気色の悪い満面の笑み。これだから殿堂入りは……」
彼は情報屋だという。そういう職業もあるのね。フェルミの攻撃は今のところ当たっていない。
「彼、強いのね」
「強いなんてもんじゃないですぜ。あいつの二つ名、聞いたことねえか?レインハイムから来た悪夢、機関の最終兵器、それから闘技場壊し……」
「ないわ」
「アシュハイムまでは届かなかったか。今後の情報網に期待してくだせえ」
「ねえ、彼は闘技場で何をやったのか、教えてくださる?」
「是非俺の本を買ってくれ、と言いたいところだが……あんたの美貌に免じて教えてやるとするか。奴が起したのは『存在しない替え玉事件』だ。」
あんまりかっこよくない名前ね。
「なにそれ」
「やつはな、試験で毎度お決まりの、一位だったんだ。それ以外の順位なんかあり得ないような実力を発揮してな。それでまあ、これは奴の実力を見誤った側にも問題はあるんだが……。対戦相手を何人か戦闘不能に追い込んだりで、奴を怖がって勇者やめるやつまで出たもんで、特例で試験を免除された1級、史上初の殿堂入りってことで――まあ出場拒否になったんだ。」
「だがな、奴は戦いを求めるあまりなのか、何なのか知らないが、存在しない人間を騙って試合に出ては相手を打ちのめし続けた。顔を隠してな。やつの暴挙で迷惑を被ったのは、賭博に手を染めている連中と、当たらなくていいはずの強敵と当たった連中、主催側、事務……そして奴自身だ。出場に関するルールが厳しくなって……とはいえ、この改正は奴を狙い撃ちにしたものだから、他の誰も影響を受けなかった。自らが替え玉になって1人分以上戦いたい奴は1名しかいないからな。」
「それで圏外に……」
正当な処置ね。
「馬鹿な奴だよ。戦ってない時はまともそうに見えるんだがなあ……。おい!そこまでにしろ!」
視線を彼らに戻すと、戻したけれど……何が起きてるのか正直よくわからない。思考が後からついてくるような速度の応戦が続いていた。木剣から出るとは思えない音が響いていて怖い。まったく壊れる様子を見せない木剣と対照的に、地面が戦いの被害を被っているように見える。制止の声が聞こえていないのか、追い詰められたフェルミが魔法を繰りだした。すぐさま距離をとったクレフめがけて魔法によって弾かれた敷石が飛んで行ったかと思えば、クレフがそれを剣で跳ね返した。不意を突かれたのだろうフェルミに直撃し、石ごと体を持っていかれた。痛そう。剣がその手から離れた。カラカラ、とようやく木剣に相応しい音を鳴らして地面を滑った。
……勝負がついた、ように見えたのだけれど、クレフは剣を構えたまま間合いを詰めている。
「おい……、そこまでに」
間に入って止めようとした情報屋さんが気押されて後ずさった。
「……動けよ。まだなんかあるんだろ?」
うわぁ、というのが正直な感想だった。視線のぎらつきも、上がり切った口角も隠そうともしていない。例えるなら、狩り終わった獲物で遊ぶ猫科の生き物のようだった。本能的で、悪びれのない狂気。短い付き合いではあるけれど、初めて彼が楽しそうにしているのを見た。初めて彼を怖いと思った。
「クレフ、どう見ても終わりよ。」
「そんなはずない。まだ1撃ももらってないんだぞ?闘技場の首位だろ、お前。まだやれる」
声には反応したけれど、こちらの事はまるで眼中にないのか、振り向く様子もない。フェルミは昏倒しているのか膝をついてうつむいている。
「いいえ。終わりよ。」
注意を払われていないのなら、好都合よ。クレフの背後に射出点を設定する。主の魔法の劣化コピー、お披露目はまだ先だと思っていたのに。
光が瞬いて、視界が一瞬で逆光に包まれた。
それがまずかった。
目くらましを喰らったのは私だった。光線は彼には掠りもしなかったようで、数秒も持たずにその射出幅を細めていった。
いつの間にか喉に木剣が食い込んでいる。ひえ~。
お疲れさまでした。




